8
文字数 5,390文字
事件が混迷を極める中でも、1日は過ぎていく。ちなみに、この数日間は――特に何もなかった。西本沙織からの連絡はもちろんだが、浅井刑事からの連絡もなかったのだ。その間僕は何をしていたかというと――普通に仕事をして、普通に小説を書いていた。しかし、実在の事件を基にして小説を書いて良いのだろうか? 僕は悩んでいた。
大山流法が神戸に来る1日前。そういう悩みを抱えながら――僕はダイナブックで小説の原稿を書いていた。多分、400字詰めの原稿用紙に換算して50枚は越えていただろうか。一応、メフィスト賞の最低規定枚数は軽く越えたことになる。目標としては――100枚、いや、120枚ぐらいだろうか。多分、75枚ぐらい書いた所で今後の方向性は定まるだろう。そのためにも、あと25枚をどうにかして書かないといけない。
ダイナブックと仕事用のノートパソコンを交互に見ていたら――首が痛くなってきた。とりあえず、レンジでネックウォーマーを温めて――首に装着した。それだけで何かが変わるかと思えば――そうでもないのが実情なのだけれど。
小説を書いている途中で、上長から仕事が入ってきたので――僕は執筆を中断した。仕事内容は「今月の派遣社員の勤怠チェックをしてほしい」とかそんな感じだっただろうか。月末の仕事だ。
本業としての仕事があるだけでもありがたいのだが――小説を執筆している時に限って入ってくるのがネックである。まあ、アイデアを練りながら仕事をすればいいだけの話なのだが。――そういえば、勤怠チェックの中で気になる人物を見つけた。名前は「紫村克彦 」か。取材メモに載っていた名前と同じだ。とはいえ、彼は幸福研究会の信者という訳ではなく――被害者の会のメンバーなのだけれど。
僕は、紫村克彦という名前をスマホで調べた。どうやら――彼は本当に被害者の会に対して深く関わっていたようだ。スマホで閲覧していた被害者の会のサイトによると、西本沙織の父親と共に幸福研究会からの脱会相談に乗っているとのことだった。
仮に、紫村克彦が事件の犯人だとしたら――怨恨による殺人としても合点がいく。数年前に発生した元総理大臣が凶弾に倒れた事件も――遠回しながら、宗教の怨恨 が絡んでいた。もっとも、あの事件の場合は――噂レベルに近い怨恨なのだけれど。
紫村克彦は、東京で派遣のエンジニアとして働いていたようだ。派遣社員とはいえ――僕と違ってほぼ無期雇用に近い状態だったのだけれど。勤怠シフトは――夜勤が中心とはいえ、週休二日が保証されていた。
被害者の会の面々は、紫村克彦だけではない。北は北海道、そして南は鹿児島まで――その人数はおよそ100人にも及んでいた。そして、被害者の会の代表は西本幸雄 である。要するに――西本沙織の父親だ。彼は面倒見が良くて、どういう訳か、僕が遊びに来る度に――サッカーをして遊んでいたような気がする。
被害者の会の中で神戸在住者は――いた。名前は「金子敦美 」か。これは、一度接触してみるべきだろうか。しかし、どうやって接触すべきだろうか。ここは――ユースタグラムを使うべきか。ユースタグラムは、本名登録が基本の写真共有サイトだ。一応、僕もアカウントは取得している。
早速、ユースタグラムで「金子敦美」を検索すると――一発で見つかった。所在地に「神戸市東灘 区在住」と出ていたので、間違いないだろう。僕は、フォローした上で彼女に対してダイレクトメッセージを送信した。
――初めまして。小説家の卯月絢奈と言います。
――小説の取材をしている最中に、「幸福研究会被害者の会」の存在を聞いてあなたをフォローいたしました。
――私も芦屋在住なので、都合さえ良ければあなたとお会いできないでしょうか?
――返事をお待ちしております。
多分――これで良いんだと思う。ちなみに、写真はペットと思しき犬やスイーツの写真が多かった。僕ですら――ロボットアニメのプラモデルの写真しか上げていないのに。こういう所で、僕は周りから「女子力が低い」と言われてしまうのだろう。まあ、僕は僕らしく生きていくしかないんだろうけど。
返事が来たのは1時間ぐらい経った頃だった。というよりも――返事に気付いたのが、丁度その頃合いだっただけの話なのだけれど。
――新興宗教の信者を題材にした小説をお書きになられているのですね。一応、私は元信者です。
――こんな私で良ければ、じゃんじゃん取材して下さい。
――今日の夕方、住吉 駅のスタバでお待ちしております。
随分と急だな。とはいえ、金子敦美との接触は僕にとって有益なモノになるだろう。僕はそう思っていた。
仕事を切り上げたタイミングで、僕はJRの芦屋駅へと向かった。住吉なら――快速を選ぶべきか。普通でも2駅で着くとはいえ、矢張り時間が勿体ない。ここは、快速に乗ろう。
快速に乗って5分ぐらいで、目的地である住吉へと辿り着いた。
住吉は――神戸市東灘区の中心部と言って良いのか。駅の近くには、区役所と図書館がある。そして何よりも――六甲ライナーによって対岸の六甲アイランドと橋渡しをしている。そんな場所だ。
スタバへと向かうと――ピンク色の髪の女性が、限定フラペチーノを飲みながら待っていた。多分、彼女が金子敦美なのだろう。見た目年齢は僕よりも少し年上だろうか。多分、35歳ぐらいだと思う。
僕は、ピンク髪の女性に声をかけた。
「あなたが、金子敦美さんでしょうか? 僕が、卯月絢奈です」
「確かに、私は金子敦美ですが――女性なのに、僕?」
「ああ、すみません。つい口から漏れてしまって」
「良いんですよ。あなたの事、ぱっと見男の子に見えましたから」
「そうですよね。周りの女性と比べて、僕は声が低いと言われますし」
「大丈夫ですよ。私も声は低い方ですし」
確かに、金子敦美は声が低かった。僕よりは声が高いんだろうけど――なんというか、しゃがれた声をしていた。
早速、僕は――被害者の会に関する話を振った。
「それで、被害者の会の話なんですけど――実は、僕は『幸福研究会の信者が相次いで殺害される』という小説を執筆しているところなんです」
「なるほど。確かに、幸福研究会の信者を狙った殺人事件は神戸で相次いでいますが――卯月さんはその事件を題材にして小説を書いているのですね」
「そうです。――まあ、僕はプロじゃなくて、アマチュアの小説家なんですけど」
「アマチュアでも、小説家なら立派じゃないですか。私に『小説家になれ』って言われても、多分無理だと思いますよ」
「そうですか。それで――実際に幸福研究会ではどのような事をしていたのでしょうか?」
「そうですね――」
彼女は。幸福研究会で何が起きているのかを洗いざらい話してくれた。
「幸福研究会は、『セミナー』と称して週に2日集会を開いています。とはいえ、集会は毎日開かれているので――好きな日に出席すれば良いんですけど。『セミナー』では、流法さんが死んだ人の幽霊を呼び出して『霊言』を私たち信者に話すんです。脱会するまでは――それが事実だと思っていました。でも、友人から『幸福研究会はヤバい』って言われて、ネットで検索したんです。そうしたら――被害者の会に辿り着いたんです。そこから先は――説明しなくても分かりますよね?」
「ああ、よく分かった。――つまり、友人に説得されて脱会を決意したと」
「そうですね。話の飲み込みが早くて助かります。思えば、なんだかおかしいと思っていたんですよ。なぜか『お布施』を請求されるし、布教ビデオを見るために映画館には毎日行かないと行けないし――」
「毎日映画館は――流石にしんどいかもしれない。僕ですら2日が限度なんですけどね」
「卯月さん、映画がお好きなんですか?」
「そうですけど――それがどうしたんでしょうか?」
「今度、見に行きたい映画があるんです。タイトルは『劇場版FAKE ×FAMILY 』っていう冬休み映画なんですけど」
「ああ、それは僕も見に行こうと思っていました。テレビアニメの方は配信で見ていますからね。ちなみに超能力を持った女子高生が推しキャラです」
「超能力ですか……」
「どうかされたんですか?」
「実は、幸福研究会では『超能力戦士の育成』を目論んでいたみたいです。なんでも、『天使の加護を受けた状態になると超能力が使えるようになる』とかそういう馬鹿馬鹿しい考えだったんですけど」
超能力はカルトに付き物の話ではあるが――幸福研究会でも、そういう事を目論んでいたのか。
新興宗教と超能力といえば――矢張り、オウム真理教による一連の事件を忘れてはいけない。彼らは自分の政党が選挙で惨敗した結果、「シャンバラ」を作るべく、数多の人物を殺害した。そして――我が国における最大最悪のテロ事件である「地下鉄サリン事件」を引き起こした。一方で、超能力戦士の育成と称して人体実験を行っていたのも事実である。しかし、平成が終わる少し前に――教祖は死刑が執行された。正直言って、教祖に対する死刑執行はどうかと思ったが――矢張り、最悪のテロリストなので相応の報いを受けるべきなのだろうと、僕は思っていた。
とはいえ、幸福研究会も「幸福党」という政党こそ持っているが――どんなに選挙で惨敗しても、テロに手を染めるということはしていない。それだけでも、オウム真理教と比べてまだマシなのかもしれない。――そういえば、とある漫画家が幸福党から出馬して、惨敗していたな。
それはともかく、僕は金子敦美と電話番号を交換した。いつでもメッセージアプリで連絡できるようにするためだ。
「これ、僕の電話番号です」
「ありがとうございます。――卯月さん、小説のネタに困ったらいつでも連絡してくださいね」
「分かっています。今日はありがとうございました」
こうして、僕は住吉を後にした。多分――彼女は悪い人じゃないんだろうけど、少し引っかかる部分があったのも事実だ。
芦屋に戻った時点で――午後7時。とりあえず、スーパーで割引シールの惣菜を買って――アパートへと戻った。中華丼が3割引だったら、思わず買ってしまうじゃないか。
中華丼を食べながら、僕はダイナブックで小説を書いていた。金子敦美という協力者を得たことで――僕の小説にはブーストというか、バフがかかるようになった。矢張り、彼女の存在は大きい。
新興宗教と――それに対する被害者の会。それだけでも、話の内容としては面白いと思う。その気になれば京極夏彦ぐらい分厚い小説を書くことだって出来るけど――そんなことをしたら、流石に指が死んでしまう。ここは――適度な分厚さの小説でいいだろうか。まあ、西本沙織を介して原稿を提出したところで――講談社の文芸第三出版部がどういう判断を示すかは知らないけど。
小説を書いているうちに――時刻は午後11時になろうとしていた。流石にそろそろ寝なければいけない。明日は西本沙織と午前9時に待ち合わせをすることになっている。
幸福研究会が集会を開く場所は、件のビルではなく――ワールド記念ホールだ。多分、兵庫県中から信者が来るということで――ワールド記念ホールが選ばれたのだろう。そして――そこで大山流法という教祖はどういう言葉を口にするだろうか。もしかしたら、件の殺人事件について触れる可能性もある。
僕は、動画サイトで信者が撮影したと思しき集会の動画を閲覧していた。どの集会を見ても、基本的に――教祖が彼の世から霊を呼び寄せて、自分に憑依させたカタチで説法を行っていた。どの説法も似たり寄ったりだが――矢張り、その年の大河ドラマに便乗したモノが多かった。今年なら徳川家康 、一昨年なら渋沢栄一 。中には――坂本龍馬 を呼び出したこともあった。多分、あの年だろう。
集会を見ているうちに――こんな事をやっている自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。取材とはいえ、どうしてこんな事をしているのだろうか。そう思うと――傷痕ガ痛イ。胸ガ苦シイ。心臓ノ鼓動ガ、早クナル。見エルモノ全テガ、醜イ。コンナ僕ナンテ、死ンデシマエバ良イノニ。息ガ苦シクナル中デ、僕ハ右手ニ剃刀ヲ握ッテイタ。ソシテ――静脈ニ沿ッテ傷ヲ付ケタ。ドクドクト流レ出ル赤黒イ血ガ、床ヲ汚シテイク。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。
ドウセ、僕ナンテ生キテイル価値ナンカナインダ。生キテイルグライナラ――死ンダホウガマシダ。ソウ思ッテ。僕ハ叫ンダ。
――あああああああああああああああああっ!
僕は、裸になって発狂した。そして、脈という脈に対して剃刀 で傷を付けた。流れ出る血が――僕の白い肌を紅く染めていく。その光景は、どんな芸術作品よりも美しく見えた。血に濡れた右手で、自分の恥部にある花弁を触っていく。花弁に触ることで――僕は性的な快楽を覚えた。花弁から吹き出る透明な液体と紅い血液で、僕の体はぬめぬめと濡れていた。果たして、脈を打つ心臓の鼓動は性的な快楽によるモノなのか。それとも――自傷行為によるものなのか。いずれにせよ、その夜の僕は正気でいられなかった。多分――動画サイトで幸福研究会の集会を見たせいだろう。
やがて、心臓の鼓動が遅くなる。視界がぼやける。僕は――意識を失った。
大山流法が神戸に来る1日前。そういう悩みを抱えながら――僕はダイナブックで小説の原稿を書いていた。多分、400字詰めの原稿用紙に換算して50枚は越えていただろうか。一応、メフィスト賞の最低規定枚数は軽く越えたことになる。目標としては――100枚、いや、120枚ぐらいだろうか。多分、75枚ぐらい書いた所で今後の方向性は定まるだろう。そのためにも、あと25枚をどうにかして書かないといけない。
ダイナブックと仕事用のノートパソコンを交互に見ていたら――首が痛くなってきた。とりあえず、レンジでネックウォーマーを温めて――首に装着した。それだけで何かが変わるかと思えば――そうでもないのが実情なのだけれど。
小説を書いている途中で、上長から仕事が入ってきたので――僕は執筆を中断した。仕事内容は「今月の派遣社員の勤怠チェックをしてほしい」とかそんな感じだっただろうか。月末の仕事だ。
本業としての仕事があるだけでもありがたいのだが――小説を執筆している時に限って入ってくるのがネックである。まあ、アイデアを練りながら仕事をすればいいだけの話なのだが。――そういえば、勤怠チェックの中で気になる人物を見つけた。名前は「
僕は、紫村克彦という名前をスマホで調べた。どうやら――彼は本当に被害者の会に対して深く関わっていたようだ。スマホで閲覧していた被害者の会のサイトによると、西本沙織の父親と共に幸福研究会からの脱会相談に乗っているとのことだった。
仮に、紫村克彦が事件の犯人だとしたら――怨恨による殺人としても合点がいく。数年前に発生した元総理大臣が凶弾に倒れた事件も――遠回しながら、宗教の
紫村克彦は、東京で派遣のエンジニアとして働いていたようだ。派遣社員とはいえ――僕と違ってほぼ無期雇用に近い状態だったのだけれど。勤怠シフトは――夜勤が中心とはいえ、週休二日が保証されていた。
被害者の会の面々は、紫村克彦だけではない。北は北海道、そして南は鹿児島まで――その人数はおよそ100人にも及んでいた。そして、被害者の会の代表は
被害者の会の中で神戸在住者は――いた。名前は「
早速、ユースタグラムで「金子敦美」を検索すると――一発で見つかった。所在地に「神戸市
――初めまして。小説家の卯月絢奈と言います。
――小説の取材をしている最中に、「幸福研究会被害者の会」の存在を聞いてあなたをフォローいたしました。
――私も芦屋在住なので、都合さえ良ければあなたとお会いできないでしょうか?
――返事をお待ちしております。
多分――これで良いんだと思う。ちなみに、写真はペットと思しき犬やスイーツの写真が多かった。僕ですら――ロボットアニメのプラモデルの写真しか上げていないのに。こういう所で、僕は周りから「女子力が低い」と言われてしまうのだろう。まあ、僕は僕らしく生きていくしかないんだろうけど。
返事が来たのは1時間ぐらい経った頃だった。というよりも――返事に気付いたのが、丁度その頃合いだっただけの話なのだけれど。
――新興宗教の信者を題材にした小説をお書きになられているのですね。一応、私は元信者です。
――こんな私で良ければ、じゃんじゃん取材して下さい。
――今日の夕方、
随分と急だな。とはいえ、金子敦美との接触は僕にとって有益なモノになるだろう。僕はそう思っていた。
仕事を切り上げたタイミングで、僕はJRの芦屋駅へと向かった。住吉なら――快速を選ぶべきか。普通でも2駅で着くとはいえ、矢張り時間が勿体ない。ここは、快速に乗ろう。
快速に乗って5分ぐらいで、目的地である住吉へと辿り着いた。
住吉は――神戸市東灘区の中心部と言って良いのか。駅の近くには、区役所と図書館がある。そして何よりも――六甲ライナーによって対岸の六甲アイランドと橋渡しをしている。そんな場所だ。
スタバへと向かうと――ピンク色の髪の女性が、限定フラペチーノを飲みながら待っていた。多分、彼女が金子敦美なのだろう。見た目年齢は僕よりも少し年上だろうか。多分、35歳ぐらいだと思う。
僕は、ピンク髪の女性に声をかけた。
「あなたが、金子敦美さんでしょうか? 僕が、卯月絢奈です」
「確かに、私は金子敦美ですが――女性なのに、僕?」
「ああ、すみません。つい口から漏れてしまって」
「良いんですよ。あなたの事、ぱっと見男の子に見えましたから」
「そうですよね。周りの女性と比べて、僕は声が低いと言われますし」
「大丈夫ですよ。私も声は低い方ですし」
確かに、金子敦美は声が低かった。僕よりは声が高いんだろうけど――なんというか、しゃがれた声をしていた。
早速、僕は――被害者の会に関する話を振った。
「それで、被害者の会の話なんですけど――実は、僕は『幸福研究会の信者が相次いで殺害される』という小説を執筆しているところなんです」
「なるほど。確かに、幸福研究会の信者を狙った殺人事件は神戸で相次いでいますが――卯月さんはその事件を題材にして小説を書いているのですね」
「そうです。――まあ、僕はプロじゃなくて、アマチュアの小説家なんですけど」
「アマチュアでも、小説家なら立派じゃないですか。私に『小説家になれ』って言われても、多分無理だと思いますよ」
「そうですか。それで――実際に幸福研究会ではどのような事をしていたのでしょうか?」
「そうですね――」
彼女は。幸福研究会で何が起きているのかを洗いざらい話してくれた。
「幸福研究会は、『セミナー』と称して週に2日集会を開いています。とはいえ、集会は毎日開かれているので――好きな日に出席すれば良いんですけど。『セミナー』では、流法さんが死んだ人の幽霊を呼び出して『霊言』を私たち信者に話すんです。脱会するまでは――それが事実だと思っていました。でも、友人から『幸福研究会はヤバい』って言われて、ネットで検索したんです。そうしたら――被害者の会に辿り着いたんです。そこから先は――説明しなくても分かりますよね?」
「ああ、よく分かった。――つまり、友人に説得されて脱会を決意したと」
「そうですね。話の飲み込みが早くて助かります。思えば、なんだかおかしいと思っていたんですよ。なぜか『お布施』を請求されるし、布教ビデオを見るために映画館には毎日行かないと行けないし――」
「毎日映画館は――流石にしんどいかもしれない。僕ですら2日が限度なんですけどね」
「卯月さん、映画がお好きなんですか?」
「そうですけど――それがどうしたんでしょうか?」
「今度、見に行きたい映画があるんです。タイトルは『劇場版
「ああ、それは僕も見に行こうと思っていました。テレビアニメの方は配信で見ていますからね。ちなみに超能力を持った女子高生が推しキャラです」
「超能力ですか……」
「どうかされたんですか?」
「実は、幸福研究会では『超能力戦士の育成』を目論んでいたみたいです。なんでも、『天使の加護を受けた状態になると超能力が使えるようになる』とかそういう馬鹿馬鹿しい考えだったんですけど」
超能力はカルトに付き物の話ではあるが――幸福研究会でも、そういう事を目論んでいたのか。
新興宗教と超能力といえば――矢張り、オウム真理教による一連の事件を忘れてはいけない。彼らは自分の政党が選挙で惨敗した結果、「シャンバラ」を作るべく、数多の人物を殺害した。そして――我が国における最大最悪のテロ事件である「地下鉄サリン事件」を引き起こした。一方で、超能力戦士の育成と称して人体実験を行っていたのも事実である。しかし、平成が終わる少し前に――教祖は死刑が執行された。正直言って、教祖に対する死刑執行はどうかと思ったが――矢張り、最悪のテロリストなので相応の報いを受けるべきなのだろうと、僕は思っていた。
とはいえ、幸福研究会も「幸福党」という政党こそ持っているが――どんなに選挙で惨敗しても、テロに手を染めるということはしていない。それだけでも、オウム真理教と比べてまだマシなのかもしれない。――そういえば、とある漫画家が幸福党から出馬して、惨敗していたな。
それはともかく、僕は金子敦美と電話番号を交換した。いつでもメッセージアプリで連絡できるようにするためだ。
「これ、僕の電話番号です」
「ありがとうございます。――卯月さん、小説のネタに困ったらいつでも連絡してくださいね」
「分かっています。今日はありがとうございました」
こうして、僕は住吉を後にした。多分――彼女は悪い人じゃないんだろうけど、少し引っかかる部分があったのも事実だ。
芦屋に戻った時点で――午後7時。とりあえず、スーパーで割引シールの惣菜を買って――アパートへと戻った。中華丼が3割引だったら、思わず買ってしまうじゃないか。
中華丼を食べながら、僕はダイナブックで小説を書いていた。金子敦美という協力者を得たことで――僕の小説にはブーストというか、バフがかかるようになった。矢張り、彼女の存在は大きい。
新興宗教と――それに対する被害者の会。それだけでも、話の内容としては面白いと思う。その気になれば京極夏彦ぐらい分厚い小説を書くことだって出来るけど――そんなことをしたら、流石に指が死んでしまう。ここは――適度な分厚さの小説でいいだろうか。まあ、西本沙織を介して原稿を提出したところで――講談社の文芸第三出版部がどういう判断を示すかは知らないけど。
小説を書いているうちに――時刻は午後11時になろうとしていた。流石にそろそろ寝なければいけない。明日は西本沙織と午前9時に待ち合わせをすることになっている。
幸福研究会が集会を開く場所は、件のビルではなく――ワールド記念ホールだ。多分、兵庫県中から信者が来るということで――ワールド記念ホールが選ばれたのだろう。そして――そこで大山流法という教祖はどういう言葉を口にするだろうか。もしかしたら、件の殺人事件について触れる可能性もある。
僕は、動画サイトで信者が撮影したと思しき集会の動画を閲覧していた。どの集会を見ても、基本的に――教祖が彼の世から霊を呼び寄せて、自分に憑依させたカタチで説法を行っていた。どの説法も似たり寄ったりだが――矢張り、その年の大河ドラマに便乗したモノが多かった。今年なら
集会を見ているうちに――こんな事をやっている自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。取材とはいえ、どうしてこんな事をしているのだろうか。そう思うと――傷痕ガ痛イ。胸ガ苦シイ。心臓ノ鼓動ガ、早クナル。見エルモノ全テガ、醜イ。コンナ僕ナンテ、死ンデシマエバ良イノニ。息ガ苦シクナル中デ、僕ハ右手ニ剃刀ヲ握ッテイタ。ソシテ――静脈ニ沿ッテ傷ヲ付ケタ。ドクドクト流レ出ル赤黒イ血ガ、床ヲ汚シテイク。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。死ネ。
ドウセ、僕ナンテ生キテイル価値ナンカナインダ。生キテイルグライナラ――死ンダホウガマシダ。ソウ思ッテ。僕ハ叫ンダ。
――あああああああああああああああああっ!
僕は、裸になって発狂した。そして、脈という脈に対して
やがて、心臓の鼓動が遅くなる。視界がぼやける。僕は――意識を失った。