文字数 4,023文字

【202X0908取材メモ.docx】
 私は、運良く幸福研究会本部への取材を敢行することができた。これは、講談社としても社運を懸けた記事になると思われる。
 教団の本部は――本当に日本なのだろうか? そういう雰囲気を感じた。まず、建物はエルサレムにある「岩のドーム」を思わせる雰囲気を持っていた。多分、本当に岩のドームをモチーフとしているのだろう。しかし、中へ入ると――異様な光景が目の前に広がっていた。
 岩のドームといえばイスラム教のメッカとして知られているが――飽くまでも幸福研究会はイスラム教から派生した新興宗教という訳ではない。教団の教えは、キリスト教と神道(しんとう)を混ぜたようなモノだ。
 施設の中には――鳥居があった。これは神道としての要素なのだろう。そのくせ、窓にはステンドガラスが()め込まれている。なんというか――キリスト教の教会と神社が1つの施設に混在しているという雰囲気を覚えた。
 教団のスタッフから色々な話を聞いた上で、私は教祖である大山流法と接触する機会を得た。彼は、派手な法衣を着ていた。
 以下――私と大山流法との会話である。
「初めまして。私は『週刊現代』の記者です。名前は西本沙織と言います」
「週刊誌の記者ですか。普段、あまり雑誌の取材を受ける事はないのだが――まあ、良いだろう。私が幸福研究会の教祖、大山流法だ。今後ともお見知り置きを」
「それで、あなたへの取材を申し込んだ理由は――『教団の信者の子供たちがあなたから性的加害を受けている』という噂を聞いたからなんです」
「私がそんな事をする訳がないだろう。私は神の子孫だ」
「まあ、そうなりますよね。それで――現在の幸福研究会の信者数は何人ぐらいいるのでしょうか?」
「一応――公称では100万人いるとされています。とはいえ、これは日本国内での数字ですので――海外まで広げるともう少しいるかもしれません」
「そうですか。――大体250万人ぐらいだと思えばいいでしょうか?」
「そうですね。それぐらいになるでしょう」
 それから、私は本殿のような場所へと案内された。大山流法が「彼の世へ渡った霊」を此の世に呼び戻すらしい。しかし――よりによって呼び戻す霊は先々代の総理大臣である。彼は左系のテロリストによって射殺されたという壮絶な最期を迎えているが、正直言って「そっとしておいてやれよ」と感じた。
 流石に霊を呼び戻す様子を取材メモにまとめることは憚られたが――仕方がない。
 まず、大山流法が巫女のような格好をする。多分、これは東北地方に伝わる「イタコ」を意識したものなのだろう。それから、彼はトランス状態になった。一般的に、口寄せで霊を召喚している間はそういうトランス状態になるのが基本だが――なんというか、催眠状態といえばいいのか。そんな感じだった。
 そして――先々代の総理大臣の霊が、彼の肉体に宿った。
「私が、先々代の総理大臣――阿倍野晋作です」
 そこから先は――取材メモにまとめる価値すらない話だった。なんというか、私の目には「インチキ」に見えたのだ。多分、私以外の目で見てもインチキだと思うけど。
 一応、阿倍野晋作の霊が語っていたのは――増税とか戦争とか環境問題とかそんな感じの話だったと思う。彼が射殺されるきっかけを作った「カルト教団との関係」については――矢張りダンマリを決め込んでいたのだが。
 それから、私は布教ビデオを見せてもらった。布教ビデオは映画館でも上映されることが多いので――かなりクオリティが高いと感じた。布教ビデオの内容は、アニメから特撮までとにかく何でもアリといった感じだった。どの布教ビデオでも必ず大山流法が本人役として出演していたのだが――矢張り、他のキャストから考えると浮いて見えた。
 そんな中でも、ある布教ビデオで大山流法が仏陀役として出ていたので、私は当時の様子を聞くことにした。
「『仏陀降臨(ぶっだこうりん)』というアニメ映画で、あなたは仏陀役として出ていましたよね。その時の様子って、実際どうだったのでしょうか?」
「自分で総指揮を取ったアニメの話をするのも正直恥ずかしいですが――矢っ張り自分が仏陀の役をやるのは楽しかったですね。実際、『仏陀降臨』は布教ビデオの中でもかなりの興行収入を叩き出した記憶がありますからね」
 幸福研究会が制作する布教ビデオというのは――コンスタントに興行収入ランキングの上位に入ることが多い。それは信者が映画館で見に行くからというのもあるのだが――何も知らない一般人がその映画を見に行くのだろう。そして、その興行収入が幸福研究会の活動資金として流れていく。――永久機関と言っても過言ではないのだ。
 布教ビデオを見終わった所で、私は取材を終えることにした。取材で許可された制限時間をほぼ使い切ってしまったので当然だろうか。大山流法は思ったよりもいい人だったので――私は彼に取り込まれないようにしなければならない。
 今回の取材は実入りがいいものだった。この取材メモは一応編集長に提出するつもりだ。それで――新たなスクープを得られたらいいのだが、今の私にそれだけの力があるのだろうか。私がやりたいのは、ゴシップ誌『週刊現代』の記者じゃなくて――文芸誌『メフィスト』の担当者だ。
【202X1027取材メモ.docx】
 あの取材から2ヶ月が経とうとしていた。取材をしていく中で、矢張り性加害は事実だったようだ。忖度しているのか、テレビでは教団による性加害を取り上げていない。
 2ヶ月前の取材を元に、『週刊現代』では幸福研究会に対する攻撃的な記事を掲載した。当然、講談社には教団からのクレームというか――抗議の電話が殺到していた。もちろん、攻撃的な記事を書いたのは上からの命令なので――私は何も悪くないはずだ。しかし、講談社自体が責められるとなると――私の精神まで崩壊してしまいそうだ。
 そんな中で、幸福研究会が「神戸のポートアイランドをまるごと宗教施設にする」というプレスリリースを出した。神戸なら――私の方が土地勘に詳しい。私は、編集長に頼み込んで神戸への取材を申し込むことにした。もちろん、編集長からは二つ返事で快諾を受けた。
 とりあえず、私は神戸へと向かう前に――豊岡へと向かった。つまり、私の実家がある場所である。そこで、何かが分かるかと思えば――そうでもない。しかし、この豊岡でも幸福研究会の信者は増えつつある。私はその実態を調査することにした。
 豊岡のアーケードは――「テナント募集中」の看板に混ざって幸福研究会のポスターがあちらこちらに貼ってあった。豊岡で青春時代を過ごした人間からすれば、ゴーストタウンと化した今の豊岡はとても見ていられない。
 私の家族は厳格なキリスト教信者なので、豊岡において幸福研究会の信者が増えている現状を嘆いていた。そして――私の父親は「被害者の会」を設立したらしい。大山流法も、所詮はペテン師ということなのだろう。
「幸福研究会被害者の会」は――SNSを中心に勢力を拡大していた。いくら田舎町といえども、ネットの海へと放流してしまえば一気に拡散する。
 豊岡での現状を取材し終わった所で、私は改めて神戸へと向かった。そして――ポートアイランドで私は信じられないものを目の当たりにした。それは、田島真珠の本社ビルが、幸福研究会の施設へと変わっていたことだった。
 田島真珠といえば、神戸でも有数の大企業だったが――不景気が続く中で、宝石業の衰退に伴って倒産した企業のひとつだ。倒産してから長年本社ビルは買い手が付かない状態だったが――つい先日、幸福研究会が本社ビルを買い取ったというニュースが入ってきた。つまり、「ポートアイランド全体を宗教施設にする」というのはこういうことだったのだろう。ポートアイランドには、政府が使用しているスーパーコンピュータや動物園があるので――地元住民からの反対の声が聞こえてきそうである。
 私は、周辺住民に対する取材を申し込むことにした。私が「幸福研究会の事を追っている」と言ったら、二つ返事で快諾(かいだく)してくれた。
 これは、ある住民との取材の一部始終である。
「実際、ポートアイランドがまるごと宗教施設になることについてどう思っているのでしょうか?」
「当然、私は反対ですよ。確かに最近のポートアイランドは少し元気がなさそうに見えましたけど――新興宗教の施設が入るなんて、とてもじゃないけど私は許せません」
「ところで、田島真珠の本社ビルを幸福研究会が買い取ったというニュースはご存知でしょうか?」
「もちろん、知っていますよ。田島真珠の本社ビルは長年買い手が付かずに『幽霊ビル』と言われていましたからね。IT企業が買い取るならまだしも、よりによって新興宗教が買い取るなんて――私は許せません」
「そうですよね。――ありがとうございました」
 複数人への取材の結果、周辺住民の大半は――矢張り幸福研究会によるポートアイランドの宗教施設化を反対していた。当然だろうか。
【202X1201取材メモ.docx】
 ポートアイランドが幸福研究会の宗教施設に変わってから1ヶ月ぐらいが経っただろうか。そうこうしているうちに今年も終わろうとしていた。そんな中で「ポートアイランドで信者が殺害された」というニュースが入ってきた。その一報を聞いた私は、すぐに神戸へと向かうことにした。
 殺害現場は――幸福研究会のビルの前だった。遺体の損傷は傷ひとつ付いていない状態で――なんというか、「安らかに眠っている」という表現が似合うかもしれない。
 遺体の近くには、小さな石像が置いてあった。私はそれを天使だと思ったが――天使としては異質なモノを感じた。もしかしたら、これは天使じゃなくて――悪魔なのかもしれない。
 そう思った私は、昔の友人のツテを頼ることにした。友人の名前は「卯月絢奈」。多分、彼女なら何かを知っているだろう。
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  • Phase 01 女子シングル フリープログラム

  • 1
  • 2
  • 3
  • Phase 02 悪魔が来たりて人殺す

  • 4
  • 5
  • 6
  • Phase 03 非実在被疑者

  • 7
  • 8
  • 9
  • Phase 04 3人の被疑者

  • 10
  • 11
  • Phase 05 悲しみの果てに僕が見つけたモノ

  • 12
  • 13
  • 14
  • Final Phase 僕が生きている理由(ワケ)

  • Epilogue

登場人物紹介

卯月絢奈(うづきあやな)

主人公。売れない小説家見習い。女性だが一人称は「僕」。

メンヘラ気質でありすぐネガティブに物事を考えてしまう。

友達は少ないが西本沙織とは仲が良い。

西本沙織(にしもとさおり)

講談社で働くゴシップ記者。担当は『週刊現代』。

絢奈に対してある事件の解決を依頼したことにより物語が始まる。


文芸第三出版部への異動を希望している。

浅井仁美(あさいひとみ)

兵庫県警捜査一課の刑事。

絢奈とは事件現場で知り合う。


曰く「卯月さんは昔の友人に似ている」とのことだが……?

福城泰輔(ふくしろたいすけ)


幸福研究会の信者。何者かに刺殺される。

金子敦美(かねこあつみ)


「幸福研究会被害者の会」のメンバー。

紫村克彦(しむらかつひこ)


「幸福研究会被害者の会」のメンバー。

羽島慶太(はしまけいた)


フリージャーナリスト。幸福研究会の動向を追っているようだが……?

守時博章(もりときひろあき)


兵庫県警捜査一課の警部。仁美の上司。

大山流法(おおやまりゅうほう)


幸福研究会の教祖。

店長(てんちょう)


???

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