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文字数 4,966文字

 物々しい雰囲気の中で、浅井刑事が遺体の身元を確認していた。
「殺害されたのは、高階秀樹(たかしなひでき)さん。職業は商社マンで年齢は51歳。遺体は首がない状態で発見されていた。そして、彼は――幸福研究会の信者だったと」
「そうだ。浅井刑事、やけに来るのが早かったが――もしかして、ホールの前で待機していたのか?」
「もちろんです。これは――警部からの命令ですけどね。ああ、紹介します。こちらにいるのが、兵庫県警捜査一課の警部――守時博章(もりときひろあき)さんです」
 この黒縁眼鏡をかけた男性が――守時警部なのか。年齢は40代前半といった感じだった。
「私が守時博章と言います。まあ、仁美さんの上司といえば良いでしょうか。卯月くん、よろしく」
「それで、守時警部は一連の事件をどう考えているのでしょうか?」
「もちろん、同一犯による犯行だと思っています。しかし、3つの事件の死因は――それぞれ毒殺、刺殺、そして斬殺です。ここから共通点を見出すことは難しいでしょう。卯月くん、逆に質問しますが――この3つの事件はそれぞれ何の見立てだと思いますか?」
 守時警部の質問に対して――僕は答えた。
「そうだな。毒殺はパズズ、刺殺は天使、そして斬殺は――デュラハンだと思っている」
「なるほど。そういえば、仁美さんから『1つ目の事件はパズズの見立て』という伝言を貰っていましたね。まさかとは思いますが――この事件の被疑者は、人間じゃないと言いたいんですか」
「そう思っていたが、矢っ張りその考えは捨てた。――犯人は、宴会場にいる『誰か』だろうな。即ち、人間だ」
「そうですよね。――普通に考えて、人間の犯行でしょうね」
 僕と守時警部の質問に対して、西本沙織が口を挟んだ。
「警部さん、私からも質問させて。――一連の事件について、被疑者の目処は立っているんでしょうか?」
「うーん、今のところはなんとも言えないですね。でも、『怪しいな』と思う人物は何人か唾を付けています。もちろん、卯月くんとその周辺人物はシロですよ」
「そうだな。沙織ちゃんはともかく――僕が殺人を犯す理由は見当たらない。それで、被疑者候補は誰なんだ?」
「1人目は『幸福研究会被害者の会』のメンバーである金子敦美、2人目はフリージャーナリストの羽島慶太。そして、3人目は――紫村克彦という人物だ」
 ここに来て、被疑者候補に意外なダークホースが加わった。紫村克彦は、確かに被害者の会のメンバーではあるが――彼は東京在住である。この集会に来ているとは思えない。そう思っていたが、どうやら来ていたらしい。
 中肉中背の男性が、声をかける。
「確かに、僕が紫村克彦です。でも、いくら幸福研究会に対して恨みを持っていても――信者を殺害するなんて、もってのほかですよ」
「紫村さんに質問したい。君は、どうしてこの集会へと来たんだ?」
「金子さんのフォローのためです。彼女だけじゃ、信者を脱会させることは難しいですからね」
「なるほど。――良く分かった」
「卯月さん、そういうことです。正直――私だけじゃ信者の脱会って難しいんですよ。紫村さんは、東京における幸福研究会の信者の脱会に対して多くの実績を持っていますからね」
 今のところ、紫村克彦が一連の事件の犯人ということは――考えにくい。かと言って、金子敦美や羽島慶太があの状況下で人を殺すことは可能なのだろうか? 僕は、浅井刑事経由で3人の被疑者から不在証明を聞くことにした。
「――それでは、金子さんからどうぞ」
「私は、高階さんの遺体が見つかった時に――トイレへ行っていました。だから、殺人を犯すことなんて不可能です」
「そうですか。――次に、羽島さんの行動を聞かせて下さい」
「えっと――僕は、あの時信者に対する聞き込み調査を行っていました。もちろん、幸福研究会に関する記事を書くためです。僕はジャーナリストですからね」
「――最後に、紫村さんの行動を聞かせて下さい」
「あの時間、僕は――ある信者に対して接触していました」
「接触? 詳しく教えてもらえないでしょうか?」
「良いですよ。僕の友人で――幸福研究会に入信してしまった人物がいるんです。名前までは明かせないんですけど、僕はその友人を脱会させるべく東京から神戸へと来たんです」
「なるほど。――ありがとうございました」
 3人共――不在証明は持っていたようだ。トイレに行っていたという点では、金子敦美が怪しい。しかし、羽島慶太が信者に対する聞き込み調査を行って、そのまま殺害したということも考えられる。更に、紫村克彦は――友人を何らかのカタチで殺害したかもしれない。さて、どうやって3人のアリバイを崩すべきか。
 考えを巡らせていると、西本沙織が声をかけてきた。
「――悩んでるわね」
「当然だ。3人共シロかもしれないし、3人共犯人かもしれない。――どっちもあり得るんだ」
「まあ、ここは刑事さんたちに任せて――私たちは一旦ラウンジへと行きましょ」
「そうだな」
 どうやら、現場検証を行うということで――僕たちは「部外者」として追い出されることになってしまった。当然だろうか。
 ラウンジでは、幸福研究会の信者が多数集まっていた。しかし、なんだか空気が重い。多分、「次は自分が被害者になるかもしれない」と考えているのだろう。
 西本沙織はオレンジジュースを、僕はコーヒーを注文した上で――ラウンジのテーブルに座った。そして、(ようや)く持ってきたダイナブックを開いた。
「――そんな所でパソコンを開いて何すんのよ。小説でも書くの?」
「いや、小説は書かない。これから、3人の証言を整理するんだ」
「なんだか、ウッディらしいわね」
「そうか? まあ――そうなんだろうな」
 彼女に見守られつつ、僕は3人の証言を整理することにした。――ちょっと、恥ずかしい。
 証言を整理しつつ、僕は彼女と話をした。
「沙織ちゃん、本当にこんな僕を友達にしてよかったのか」
「今更だけど、良かったと思ってるわよ。私、こう見えて――小学校の時は虐められてたの」
「沙織ちゃんが、虐められていた? 僕の目にはそういう風に見えないけどな」
「多分、出来すぎるから嫉妬していたんでしょうね。テストでも90点以下を取ったことが無かったし、スポーツは万能だったし、何よりも――小学6年生で高校生レベルの英語を勉強してたからね」
「それは、何のためだったんだ」
「ほら、ウチの親ってそういうモノに厳しかったから――多分、エリートに育てたかったんでしょうね。結局、エリートにはなれなかったんだけど」
「そんな事はない。特別支援学校に進学して夢を諦めた僕と比べたらマシだ」
「そうは言うけど――矢っ張り、私が京大に行けなかった事は今でも後悔してるわよ。両親にもこっぴどく叱られたし」
「――難しいな」
 僕の母親は、「特別支援学校へ進学する」と言ったら、逆に喜んでいた。中学3年生の2学期終盤の時点で――僕の進路は宙吊りになっていたから当然だろうか。僕としては不本意だったが、「妥協すること」の大切さを、あの時に学んだような気がした。その結果として、僕は友人たちと離れ離れになることを決意したが――今となっては、それで正しかったのかもしれない。
 仮に、僕が豊岡なんかじゃなくて神戸で生まれていたらどうなっていたのだろうか? 阪神大震災からは避けられないのであまり考えたくはないが――多分、もっと幸せな生活を送れたのかもしれない。
 最近「親ガチャ」という言葉をよく聞く。それは「生まれた家庭が裕福かどうか」とか「生まれた家庭がエリートかどうか」とか、そういうモノだった気がする。僕は――母親から愛されて育ったので、多分親ガチャには成功しているのだろう。しかし、親ガチャに失敗すると――どうなるのか。貧しくて、まともな勉強も受けられずに、そのままやさぐれてしまうのか。とあるディスカウントショップに屯している人間は――まさしく親ガチャに失敗した人間なのだろう。僕はそのディスカウントショップへと買い物に行く度に思う。
 とはいえ、親ガチャに失敗しても――本人の努力次第でなんとかなるのも実情である。要は、自分の心構え次第なのかもしれない。――そういえば、新興宗教の家で育った子供というのは、矢張り親ガチャに失敗しているのだろうか? 宗教にもよるんだろうけど、とある新興宗教ではクリスマスや正月すら祝えないと聞いた。なんだか可哀想だ。
 少し前に小説の資料として取り寄せた資料の中に「宗教二世で心が壊れた子供の本」というモノを読んだことがあった。件の元総理大臣暗殺事件の時に発刊されたので――思想としては左翼寄りだったが、二世信者の大半は僕のように精神に対して何らかの異常を来していた。多分――親は神にも縋る思いだったのだろう。どうせ、神に縋ってもどうにもならないのに。神に縋るぐらいなら、僕みたいに心療内科の受診を行ったほうがいい。その方が――現状よりマシになれる。
 ――もしかしたら、3人の被疑者は全員そういう宗教二世なのだろうか? 僕はそれが気になった。
「沙織ちゃん、少しいいか」
「ウッディ、急にどうしたのよ?」
「もしかしたら――この事件の犯人は、『宗教二世として幸福研究会を恨んでいる人間』による犯行かもしれない。3人の被疑者で、そういう宗教二世の子供がいないかどうか――調べたほうが良さそうだ」
「鋭いわね。――浅井刑事に聞いてみましょ?」
 僕は、現場検証を終えた浅井刑事を捕まえて――ラウンジの席に座らせた。
「卯月さん、何か分かったんですか?」
「3人の被疑者のうち――『幸福研究会の信者の子供』、即ち宗教二世の人間がいないかどうかを調べてくれ」
「宗教二世ですか。――最近、その手の子供による犯罪が増えていますからね。多分、親に対する叛逆心から来ているんでしょうけど……」
「テロリストを英雄視するのもどうかと思うが、元総理大臣が暗殺されたのをきっかけに――宗教二世の間でそういう機運が高まっているはずだ。僕はれっきとした浄土真宗の信者だから気持ちは分からないが――多分、そういう新興宗教の信者の子供は、自分の置かれた立場に対して苦しんでいるんだ。それはもちろん、幸福研究会の信者の元で育った子供も――そう思っているはずだろう」
「ここは、3人の被疑者の経歴について慎重に調べる必要がありますね。――卯月さん、これは良いヒントになったかもしれません」
「僕は――そんなつもりで話した訳ではない。そこは視野に入れておいてくれ」
「分かってますよ。――でも、卯月さんがいなかったら、この事件は御宮入りしていたかもしれないですよ?」
「言っておくが、僕は探偵じゃなくて――ただの小説家だ。それも、筆を折ろうとしている崖っぷちの小説家だ。それでも――浅井刑事は僕を信じるのか」
「そりゃ、信じますよ。――卯月さんの事、絢奈さんって呼んでも良いですか?」
「急にどうしたんだ」
「なんか、絢奈さんを見ていると――昔の親友を思い出すんです。クールで、男っぽくて、常に気だるい声で話している。その親友は――残念ながら自殺したんですけど」
「そうだったのか。友人の名前は覚えていないのか」
「もちろん、覚えています。――織原伶奈(おりはられな)って言うんです。そういえば、彼女の家も宗教的に苦しんでいたと言っていたような……」
「矢張り、彼女の自殺の原因も――宗教絡みなのか」
「もしかしたら、そうかもしれませんね。センシティブな話題だから、敢えて触れませんでしたが」
「――それで、今後はどうするんだ?」
「とりあえず、私は3人の被疑者の宗教的な事情について調べます。絢奈さんは――どうしますか?」
「少し引っかかることもあるし、僕は厨房(ちゅうぼう)へと向かうことにする」
「厨房? 確かに、こういうホテルでの殺人事件は、厨房に隠されたトリックが基本ですけど……」
「調べるべき場所は――もちろん冷凍庫だ。そこに――『あるべきモノ』が隠されていると思う」
「分かりました。とりあえず許可は出しておきますので、絢奈さんは厨房へと向かって下さい」
 僕は、浅井刑事からの許可をもらって――ホテルの厨房へと向かった。こういう時、大体冷蔵庫や冷凍庫には――「アレ」が隠されている。しかし、本当にそんなベタな展開があるのだろうか? 僕は少々不安だった。
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  • Phase 01 女子シングル フリープログラム

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  • Phase 02 悪魔が来たりて人殺す

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  • Phase 03 非実在被疑者

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  • 9
  • Phase 04 3人の被疑者

  • 10
  • 11
  • Phase 05 悲しみの果てに僕が見つけたモノ

  • 12
  • 13
  • 14
  • Final Phase 僕が生きている理由(ワケ)

  • Epilogue

登場人物紹介

卯月絢奈(うづきあやな)

主人公。売れない小説家見習い。女性だが一人称は「僕」。

メンヘラ気質でありすぐネガティブに物事を考えてしまう。

友達は少ないが西本沙織とは仲が良い。

西本沙織(にしもとさおり)

講談社で働くゴシップ記者。担当は『週刊現代』。

絢奈に対してある事件の解決を依頼したことにより物語が始まる。


文芸第三出版部への異動を希望している。

浅井仁美(あさいひとみ)

兵庫県警捜査一課の刑事。

絢奈とは事件現場で知り合う。


曰く「卯月さんは昔の友人に似ている」とのことだが……?

福城泰輔(ふくしろたいすけ)


幸福研究会の信者。何者かに刺殺される。

金子敦美(かねこあつみ)


「幸福研究会被害者の会」のメンバー。

紫村克彦(しむらかつひこ)


「幸福研究会被害者の会」のメンバー。

羽島慶太(はしまけいた)


フリージャーナリスト。幸福研究会の動向を追っているようだが……?

守時博章(もりときひろあき)


兵庫県警捜査一課の警部。仁美の上司。

大山流法(おおやまりゅうほう)


幸福研究会の教祖。

店長(てんちょう)


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