第5話 極東ロシア

文字数 11,257文字

 埼玉県の川越にある自宅を出て、関越自動車道に乗る。下り方面の道路は様々な荷物を積んだトラックが多く目立ち、自家用車の数は少なかった。陸上自衛隊の情報本部に所属する岡谷一俊三等陸佐は、愛車のボルボ・C70のハンドルを握りながら新潟方面に向かって進み、時折道路上に表示される情報表示を見ながら車を走らせた。
「自分が隣に乗るのは、ちょっと不思議な感覚です」
 助手席に座る部下の中田翔壱一等陸曹が漏らす。岡谷はセンターコンソールのオーディオを操作して、HDDに記録させた音楽を再生し始めた。選んだ歌曲はパパ・ローチの二番目のアルバムだった。
「確かこの高速道路は田中角栄総理が作ったんだよな。冷戦期に新潟にソ連軍が上陸すると、陸路で東京急行が出来るとか言われていたな」
 岡谷が漏らすと、中田はこう答えた。
「今だって東京急行ですよ。中国に新潟を取られたらひとたまりもありません。北陸を守るのは軽装備の第十二旅団ですから」
「敵の侵入を許す前に、北陸の原発を全て自爆させてもいいな」
 岡谷はそう答えた。非情な物言いだったが、敵の侵入を防ぐには一番手っ取り早い戦術だった。
 高坂サービスエリアに彼らは立ち寄り、そこのタリーズコーヒーでコーヒーを二つ買った後、二人は再び車に乗り込んで新潟方面に向かった。そして高崎の出口で関越自動車道を降りると、そこから下道を通って倉渕に向かった。
 十一月も半ばを過ぎた倉渕は稲穂が刈り取られ、田んぼには灰色に乾いた地面が露出して一足早く冬の装いをしていた。色とりどりに色づいた山の木々を見ると、その乾いた地面とのコントラストがはっきりとして、季節の移り変わりと境目を表しているように思えた。
 岡谷はガソリンスタンドと道の駅が向かい合わせにある道路を進み、そこから左折して小さな道に入った。山の中に入るとさらにそこから左折して、山奥にある小さな田舎道を進むと、目の前に監視カメラと鉄格子のゲートが現れた。岡谷は窓を開けて流暢なロシア語でこう告げた。
「日本陸軍情報部の岡谷少佐だ。イーゴリ提督に会いに来た」
 すると鉄格子のゲートのロックが外れる音がして、電動でゲートがゆっくりと開いた。岡谷は車を進め、二十メートルほど走った所で見えて来た日本建築の前で車を停めた。それから間髪を入れずにラフな格好をした屈強なロシア人の男が二人現れ、鏡の付いた棒で岡谷の車の裏に爆発物が無いかを確認し始めた。そして今度はジェスチャーでトランクとボンネットを開けるように指示されると、岡谷は言われるままトランクとボンネットを開いた。
 確認が終わると、岡谷と中田はようやく車から降りる事を許された。すると四十前後の一人の男が家から出てきて、岡谷にロシア語でこう言った。
「こんにちは岡谷少佐。遠いところをありがとうございます」
「出迎えありがとうヒョードル大尉。イーゴリ提督は中かな?」
「中にいらっしゃいます」
 二人はロシア語で会話を交わすと、岡谷と中田は三人に囲まれ屋敷に入って行った。
 靴を脱ぎ板張りの廊下を進み、奥にある客間に通される。そこには畳の上にカーペットが敷かれ、高級そうな布張りのソファーとガラスのテーブルが用意され、作務衣に身を包んだ初老のロシア人が座っていた。
「お久しぶりです。イーゴリ提督」
 岡谷がそう恭しくロシア語で挨拶すると、今度は日本語で中田にこう耳打ちした。
「ここからは俺とこの人だけだ。お前は外せ」
 その言葉を聞いて中田はその場を離れた。すると中田は無言で頷いてその場を離れた。岡谷は作務衣姿のイーゴリに促されて席に着くと、廊下から日本人の女中がやって来て膝をついた。
「お飲み物はいかがいたしますか?」
「私にはハバナクラブ七年をロックで。こちらの方にはブラックオリーブを入れたダーティーウォッカマティーニをお出しして」
 イーゴリが日本語で指示すると、女中は頭を下げて下がって行った。
 女中が過ぎ去ると、岡谷はイーゴリの事を改めて見た。ロシア人でありながら作務衣姿が板につき、あと数年で日本のおじいちゃんになりそうなほど日本に浸食されていた。
「大分この国にも慣れたよ。ここから四季を楽しむ習慣も身に着けた」
「そうですか」
 日本語で話すイーゴリに岡谷はそう答えた。
「君がここに来たのは、北海道を拠点にしている例のカルト教団の一軒かな?」
「はい。もう提督の耳に入っておりましたか」
 岡谷が答えた。
「GRUの友人が教えてくれた。極東を拠点にしているロシアンマフィアと軍の一部が、北朝鮮には禁制品、日本の犯罪組織に武器を売っているとね。見返りは覚せい剤やら現金やら。今回は後者の方だろう?」
「はい、防衛省の各セクションが感知しました。課税逃れの中規模宗教法人が一個歩兵中隊分の武器を手に入れ、おまけにソ連時代に廃棄されたはずの化学兵器製造技術の資料まで入手したと聞いています。アメリカのエシュロンシステムもこれを感知しています」
 岡谷はそう答えた。すると、イーゴリはテーブルの上に置かれた煙草入れからキューバ産葉巻を取り出した。岡谷はその葉巻に自分のジッポライターで火を点けてやった。
「私はまだクレムリンに顔が利く。コネを使えばプーチン大統領には報告されるはずだ」
「攻撃の部隊はこちらが出します。必要なら不正な事で私腹を肥やす一派にも制裁を」
「それは有難い。クレムリンの友人に頼んで武器を売っている奴らの名簿も渡しておこう。北朝鮮はともかく、日本の宗教団体に我が国の資産と技術が流出しては困るからな」
 煙を吐きながらイーゴリが答えると、岡谷は頭を下げた。すると女中が襖の向こうから「失礼します」と言って飲み物を運んできた。



 関東よりも早く冬将軍の足音が近づいてきた北海道の旭川駐屯地では、いまだに不便を強いられている地震の被災者支援の為に、「災害派遣」と書かれた輸送トラックが毎日往復していた。その様子を眺めながら、神埼は自分が災害派遣に出動していた時の事を思い出そうとした。だが東日本大震災が起きた時、彼は今所属している部隊の選抜試験を受ける資格を手に入れたばかりだった。彼と同じく選抜試験を受ける資格を得た隊員の中には、試験を諦めて災害派遣行きを希望する隊員も何人かいたが、彼は残って選抜試験を受ける事にした。機密情報扱いの通知書類には「我が部隊に必要なのは平和を仕事にする自衛官ではなく、あらゆる任務をこなす優れた兵士である」と言う一文が書き添えられていた。その時彼は自衛官ではなく兵士になる事を選び、最初で最後の災害派遣に出動しなかったのだった。
 そして気が付けば様々な戦地に足を運び、自衛官より兵士である期間の方が長くなってしまった。普通の自衛官として勤務すれば得られるものもあったかも知れないが、今となってはもう遅かった。
 彼はプラスチックのガンケースを片手に駐屯地の中に備えられた屋内射撃場に行き、警備に建つ警務隊の隊員に身分証明書を見せた。ここの射撃場は神埼達の部隊が駐屯地に間借りする間、射撃許可証があれば練度維持の目的で利用可能だった。
 中に入ると、神埼と同じ部隊に所属する隊員二人が、グロック19とホロサイト付きのMP5SD6を紙のマンターゲットに向かって撃っていた。
 神埼は急ごしらえの射撃レーンに立ち、自分から十メートルの距離に紙のマンターゲットをセットした。イヤーマフラーをしてガンケースからS&W・M649を取り出した。そしてシリンダーをスイングアウトして、38スペシャル弾を五発装填すると入り口に立つ赤い鉄帽覆いの管理官に射撃すると合図して、マンターゲットの心臓の辺りに照準を合わせた。トリガープルが重いダブルアクションオンリーのリボルバーは、トリガーを引く力加減が難しかったが、何とかうまい具合にハンマーが落ちる感覚を指に覚えさせて五発撃った。前段撃ち尽くすとマンターゲットを時分のブースまで呼び寄せて、弾のグルーピングを確認した。心臓付近に直径約十五センチ。二インチのスナブノーズリボルバーとしてはいい方だった。
 シリンダーをスイングアウトして空薬莢を取り出すと、射撃場の天井に備えられた赤いサイレンが点灯し、強烈な高周波音をイヤーマフラー越しに聞かせた。その場で射撃訓練をしていた隊員はイヤーマフラーを外し、次のアナウンスに耳を傾けた。
「Sセクション所属隊員は十分後に駐屯地体育館に集合」
 そのアナウンスを聞いた神埼達隊員三人は、すぐに後片付けをしたあと、管理官と見張の警務隊員に礼を述べて、駐屯地にある体育館に向かった。
 体育館には神埼の同僚隊員達がほぼ全員集まっていた。神埼は吉岡と村瀬を見つけると、二人と一緒に列に並んだ。
「何をしていたんですか?」
 村瀬が神埼に聞く。
「この前にアメリカに行ったとき、デルタフォースの人が勧めてくれたリボルバーの射撃訓練。今度からサバイバル用兼自決用に作戦の時持って行こうかなと」
「スミスのJフレームか。映画の主人公が使うやつだな」
 吉岡が漏らすと、彼らの隊長である田所が体育館に入って来た。最先任曹長が「気をつけ!」と短く叫ぶと、彼らはそれまでの表情を引き締めて、自衛官から兵士の表情に切り替わった。
「ご苦労。早速だが出動任務だ」
 田所は単刀直入に言った。神埼は恐らく北方領土での破壊工作活動だろうと勝手に想像して、ロシア軍の捕虜になった際に受けるKGB仕込みの拷問や、負傷した状態で十一月半ばのオホーツク海に放り出される時の事を考えた。冬の海の訓練も拷問に耐える訓練も一応受けて通過しては居たが、まだ実戦で披露した事は無かった。
「公安調査庁が監視しているカルト教団に、極東ロシア軍のならず者将校と地元マフィアが結託して、武器を不正輸出しているとの情報が入った。場所はウラジオストック郊外の山脈の麓。ロシア政府や軍も裏ルートで今回の作戦は承認している」
 その言葉を聞いて、神埼はホッと胸を撫で下ろした。とりあえず捕虜になって拷問を受けなくて良さそうだと思った。
「これよりトラックで丘珠駐屯地に向かい、その後オスプレイで移動する。バックアップは海上自衛隊の護衛艦いせとイージス艦みょうこうが付く。ロシア軍は監視で手を出さないが、捕まってタス通信のインタビューを受ける事の無い様に。一時間後に出動する。以上」
 田所はそこで話を終えて、集まった隊員達に解散を促した。神埼達は旭川駐屯地に間借りしている倉庫に行き、そこに保管されている武器と装備を取りに向かった。
 武器は神埼がサプレッサー付きH&K・HK416A7ライフル。吉岡がM60E6。村瀬はグM320グレネードランチャー付きHK416A7。拳銃は全員グロック19であった。神埼はプレートキャリアに付けたナイロンホルスターにM649を入れ、空いているポケットに予備の38スペシャル弾を五発入れた。
「ロシアなら、土産に高級キャビアとウォッカが欲しいな」
 装備の確認を終えた神埼が漏らした。
「美しき獲物を持って帰るのは、ニュースにならない作戦とは言え略奪ですよ」
 村瀬が窘めた。
 それから四十分ほどで準備を終えると、神埼達隊員は作業用の66式ライナーを被り、災害派遣に投入される隊員の恰好に偽装して、用意された73式大型トラックに乗り込んだ。必要な装備を身に着けるのは駐屯地の格納庫だった。
 久々に乗るトラックの荷台は、普段移動に使っている車よりも暖房が効かず、掛けられた幌の隙間から冷たい風が吹き込んでくる。冬季用の防寒戦闘服外衣を着ていたが、寒くないだけで暖かくは無かった。神埼はバイク用のネックウォーマーやヒートテックのインナーを着ればよかったと思ったが、もう遅かった。



 ウラジオストック郊外の森の中は、シベリアからの冷たい風で肌が凍えるのを通り越して、痛みすら感じるほどだった。だが特注の防寒戦闘服を着ているお陰で、寒気はしたが行動には何の問題もなかった。さらに赤外線をカットする加工が施されているお陰で、赤外線監視カメラに映りにくいという機能もあった。一日かけて森の中を進み、丁寧に偽装された敵の秘密キャンプを見つけた。針葉樹の木々の間に点在するようにして建つ建物は、アメリカの偵察衛星でも発見は困難だろう。暗くなって、携帯サイズの対人センサー兼地雷探知機で敵の警戒網をぬけ、武器の隠し場所を探した。隠し場所は地面に偽装した半地下の格納庫で、恐らくソ連時代に大量破壊兵器の格納庫として使われた物だろう。
 まるでアクション映画の女スパイだなと藤原は思った。誰の支援も受けずに海上自衛隊の潜水艦とゴムボートを使って潜入し、ウラジオストックの街で自動車を借り付近まで移動。その後徒歩でここまで来たのだ。これだけで二時間のアクション映画の前半が作れると思った。
 藤原はキャンプを一周して小型カメラで施設の建物を記録し、安全な場所まで下がって、専用のウェアラブルのタブレット端末で衛星写真を合わせた位置情報を転送した。映画なら自分一人でこなすのだろうが、今回は攻撃部隊の先導と偵察が任務だった。
 偵察任務を終えた藤原はキャンプを監視できる位置に陣取り、攻撃部隊到着の連絡があるまで監視を続けた。赤外線探知と短距離限定でレーザー盗聴が行える双眼鏡でキャンプを監視していると、四人程の日本人の姿と日本語の会話が確認できた。
 太陽が沈み、辺りを暗闇と厳しい寒さが周囲に広がってくる。ロシアに来たからには砂糖をたっぷり入れた紅茶とジャムをつけたクラッカーを口にしながら、石炭ストーブに当たりながら暖を取りたかったが無理だった。
 監視に立って二時間程経過すると、攻撃部隊が中間地点に到達したという報せが入った。藤原は監視地点を離れ、ウェアラブル端末の画面に支持された合流地点に向かった。
 四キロほど離れた合流地点の平野部に着くと藤原はガイドビーコンの装置をセットして誘導体制に入った。そしてティルトローターの音が聞こえてくると、彼女は用意していた暗視ゴーグルを装着して、ホバリング体制に入った二機のオスプレイを確認した。後部のランプドアが開いてファストロープで隊員達が降下してくると、藤原はダウンウォッシュの中駆け寄って、指揮官の田所にこう言った。
「お待ちしていました田所三佐。敵キャンプはここから四キロ西です」
「藤原二尉、いつもありがとう。岡谷によろしく伝えてくれ」
 田所はそう答えると、ハンドシグナルで各班の班長を呼んだ。オスプレイは隊員を下すと何処かに飛び去り、残った隊員が周辺警戒の位置に付いていた。
「藤原二尉、状況説明を」
 田所が言うと、藤原は集まった各班の班長達に、専用のタブレット端末の画面を開いて説明を始めた。
「敵キャンプはここから西に四キロの地点。歩哨と監視センサーに地雷がありますが、高圧電流の流れる鉄条網は有りません。キャンプには東西南北に道が一本ずつ走っていますが、車の往来は殆どありません。戦力はロシア側四十人程度にカルト教団四名。規模は大きくありません」
「戦車などの重装備は配備されていますか?」
 別の班を率いる金子陸曹長が質問する。
「確認した限り重装備は有りません。恐らく偽装した半地下の格納庫に格納されている可能性があります。一般的な歩兵中隊程度の戦力かと。あと、カルト教団関係者の宿舎はキャンプの一番東、衛星通信のアンテナがあります」
「対空レーダーは有りませんか?こちらが空路で侵入した事がバレているかも」
 今度は神埼が質問すると、田所がこう答えた。
「事前の電波情報収集やロシア側からの情報によると、奴らは対空レーダーを装備していない。極東ロシア防空軍のレーダー情報に頼っているようだ。ロシア側によれば、今回我々が通ったルートと飛行時間は、夜間の捜索救難訓練だと偽情報を流してもらった」
 神埼は口を噤んだ。北方領土二島に対しての見返りがこれでは割りに合わないなと思った。
「まずは備蓄武器を潰しましょう。目的はカルト教団に武器が渡らない事です。敵の殲滅はその後に」
 藤原が提言した。
「了解、いつも通りですね。爆薬を敵格納庫にセットし、敵を殲滅。必要な資料を確保して脱出」
 神埼が言った。
「カルト教団の関係者は一名ほど確保が可能なら確保しろとの公安調査庁からの依頼だ。これより作戦行動に移る。神埼班は先頭。後の班は後続。敵キャンプ四百メートル付近で散解し、金子班と飯沢班が格納庫の武器を爆破。神埼班と岡島班は先に攻撃して敵の注意を引きつけろ。カルト教団関係者が発見し可能なら確保。これより作戦行動に移る」
 田所が会議を終わらせると、彼らはさっそく行動に移った。
 先頭は何時ものように神埼、吉岡、村瀬の三人が務めた。神埼は暗視ゴーグル越しに漆黒に染まった針葉樹の森を進み、新開発された地雷探知機兼対人センサー探知機を使って地雷の位置に注意した。先頭を神埼が務め、その後に五メートル間隔で吉岡と村瀬が続き、その二十メートル後方に残りの部隊が続いた。闇の中は彼ら以外に生き物の気配がなく、寒さによって地球の鼓動がなくなったような感じだった。
 キャンプまで、四百メートルの距離に近づくと、神埼達はそのまま前進し、後続の班は展開して攻撃態勢に移った。
 神埼達はそのまま前進を続け、キャンプ手前六十メートルの位置で攻撃態勢に着いた。暗視ゴーグル越しに歩哨は四人。こちらの侵入が気付かれた様子は無かった。振動感知センサーや各種電波を使ったセンサーが警備に使われてもいいはずだと思ったが、海を挟んで日本やアメリカと対峙する極東地域は、陸続きのヨーロッパやアジア方面と異なり、最新鋭の陸戦兵器が回されないのだろうと勝手に想像した。
 配置について五分が立ち、耳に装着した無線のイヤホンからクリック音が三回聞こえた。金子と飯沢の班が潜入に成功した証拠だった。
 それから神崎は時計を確認し、攻撃に移る為銃の安全装置を解除した。攻撃はクリック音が鳴ってから四分後だった。
 デジタル時計の数字が次第に予定時刻に近づき、その時刻を迎える。すると指揮を執る田所が「スタート!」と無線越しに小さく叫んで、攻撃が始まった。
 神崎はまずセミオートで近くの歩哨の頭に一発弾丸を撃ち込み、一撃で仕留めると前進してキャンプ内に入った。その後に、吉岡と村瀬が続く。キャンプ内に入って歩哨の一人が彼らに気付くと、神埼と村瀬は攻撃される前に敵を二人倒した。
 その瞬間、神埼達から少し離れた場所でロシア語の叫び声が聞こえた。攻撃を仕掛けた岡島の班が見つかったのだろう。神埼は「ショータイム!」と叫んで、吉岡と村瀬に撃ちまくるよう指示した。
 所々で、M60E6の銃声と、サプレッサーによってくぐもったHK416A7の銃声、それに少し遅れて、応戦している敵の持つAK‐74Mの特徴的な銃声が辺り一面に木霊する。神埼は慌てふためくロシア兵を撃ちながら、キャンプ東にある衛星通信用のアンテナが立つテントに向かった。援護の為にM60E6を激しいマズルフラッシュと共に乱射する吉岡がこう漏らす。
「どうした貴様ら、誇りある赤軍兵士ではないのか?ファシスト兵に好き放題されていいのか?」
「今は連邦制の資本主義国家です。ブルジョワ思想と帝国主義に毒されていますよ」
 村瀬はそう漏らすと、敵のテントに向かって四十ミリグレネード弾を放った。
 銃声と爆発音が響くキャンプを進みながら、神埼達はキャンプ東のカルト教団のテントに入った。テントの中には通信設備の他、何かの儀式に使う祈りの祭壇と死刑が執行された教祖の肖像写真があり、呆然とする日本人の男が二人ほど居た。
「動くな!」
 神崎は日本語でそう叫んだが、一人の男が傍らにあったAK‐74Mを手に取ろうとしたので、胴体を撃って黙らせた。
「死にたくなければ言うことを聞け。いいな?」
 神埼が再び聞くと、教団の男は頷いた。すぐさま吉岡が男の背後に回ってタイラップで手を縛り、自殺防止の猿ぐつわと目隠しの布を巻いた。神埼は通信機材の近くにあった書類とノートパソコン、USBメモリを回収し空のバッグに入れた。
「こちら神埼、教団キャンプに入り一名を確保し一命を射殺」
 神埼は無線で田所に報告すると、田所はこう指示した。
「了解。痕跡を消して合流地点に移動せよ。備蓄兵器の破壊にはもう少し時間が掛かる。金子班」
「資料や機密情報の回収は?」
「それは現在藤原二尉と、岡島班が行っている。とりあえず確保した目標を連れて帰る事を優先しろ、以上」
 そこで無線を切ると、神埼はテント内にある祭壇と教祖の肖像写真を見た。確保した相手を吉岡と村瀬に任せると、証拠隠滅用の白燐手榴弾を取り出し、ピンを抜いて安全レバーを飛ばして祭壇に投げつけてテントを後にした。テントを出ると白燐手榴弾が爆発して、祭壇が火に包まれる感覚が背中で分かった。
「比叡山延暦寺ですね」
 村瀬が軽口を叩く。
「チベットに攻め込んで焼き討ちをした中国軍の気分だ。お前と吉岡は合流地点に行け、俺は他の班の援護に行く」
「了解」
 吉岡が答えると、神埼はその場から離れた。
 キャンプを突き切り、兵器が保管されている格納庫に向かう、格納庫は目立った戦闘は無く、敵の死体が四人程転がっているのが見えた。
「こちら神埼、飯沢か金子応答しろ」
 反応は無かった。やられたかと思ったが暫くして、無線連絡があった。
「こちら飯沢。敵は何とかしたが、爆破に手間取っている。なんせ本物の化学兵器だからな」
 その言葉を聞いて、神埼は驚いた。様々な戦場を戦い抜いた歴戦の兵士である神崎も、本物の大量破壊兵器のある場所で戦うのは初めてだった。
「援護に向かう」
 そう答えて神埼は扉が開け放たれた格納庫に入った。分厚いコンクリートで作られた格納庫には飯沢とその班員三名が降り、中央には金属の地金がむき出しのドラム缶のような格納容器がパレットに一ダースごとに載せられ、天井に届く高さまで保管されていた。
「よう。とんでもない量だな」
 神埼は飯沢に歩み寄った。
「水戸か川越程度の街なら潰せるぜ。ブラックマーケットで売りさばいたり技術を流せばもっと金になる。問題はどう処理するかだ」
「こういう施設は、機密保持の為に爆破用の穴が壁に開けられているはずだが?」
 神埼は飯沢になおも言い掛ける。
「確かにあるが、持ってきた爆薬では潰せるか微妙だ。本当なら小型核爆弾のSADMか燃料気化爆弾で破壊するのが良いのだろうけれど、それだと大爆発すぎて中国その他の国に作戦がバレるよ」
 飯沢が困り果てた様子でぼやくと、神埼は無線で田所を呼び出した。
「こちら神埼、格納庫の中身は戦車ではなく大量破壊兵器。恐らく何かの毒ガスと思われます。破壊しますか?」
 五秒ほど経って、田所からこう返事があった。
「大量破壊兵器を台無しにするのはまずい。日本の恥を消すのを名目にしたアメリカの片棒担ぎだと思われる可能性がある。作戦変更、敵を殲滅後直ちに撤収。保管されている兵器には手を出すな」
 田所がそう告げると、神埼と飯沢たちは格納庫を後にした。爆薬はセットの準備が終わっていたが、持ち帰るのは嫌だったのでそのままにしておいた。残してもロシアの爆発物処理班なら対処できるだろう。
 彼らはキャンプを抜けず、中央にある敵の司令部テントに向かった。テントはすべて制圧され、藤原と田所、それに岡島班の隊員たちが機密情報の収集にあたっていた。紙の書類に軍用パソコンなど回収した。
「お疲れ、吉岡と村瀬は?」
 藤原が神埼に尋ねる。
「二人は合流地点にいる。終わったら合流して回収地点に行こう。
 神埼が答えたあと、施設の捜索は終了し、撤収の後白燐手榴弾を投げて痕跡を消した。そして彼らは先に合流地点にいた吉岡と村瀬と合流し、東に進んで回収地点に向かった。
 ガイドビーコンを出すと、回収のオスプレイが二機飛来してきた、素早く彼らは二機のオスプレイに分乗し、ロシアの大地を後にした。
 神埼達三人は捕まえたカルト教団の人間、藤原と田所の二人と同じオスプレイに乗り込んだ。機内は赤い夜間灯の光に照らされていたが、何もない暗闇や暗視ゴーグル越しの明かりより人間の温もりが感じられた。もう一機のオスプレイでは、金子、飯沢、岡島の各班の隊員が何かしゃべっているはずだ。
「この教団関係者はどうするんですか?」
 村瀬が質問する。
「情報本部と公安調査庁が身柄を預かる。ジュネーブ条約やら国連人権員会や日本の刑法の及ばない場所に移送して取り調べる。いくら貴方達でも場所は教えられないわ」
 藤原が答えた。やれやれと言った安楽したムードが機内に漂うと、コクピットから敵のレーダー照射を受けているという警報が鳴った。
「インターセプトされました」
 パイロットの一人がそう話す。神埼が胴体側面の窓を見ると、窓の向こうに飛行灯に照らされた戦闘機の機種のようなものが見えた。シルエットからして恐らく防空軍のSu‐27戦闘機だろうと思った。
「飛行目的は何かとロシア語と英語で質問してきます。返答しますか?」
 パイロットが質問すると、藤原はキャビン抜けてコクピットに移動し、ヘッドセットを装備してチャンネルを国際緊急無線にあわせた。
「接近中の戦闘機へ、現在イーゴリ提督の仕事を片付けた所よ。詳しいことはクレムリンやら情報部に聞いて。私達に二機はロシア連邦政府の許可を得て公海に向かっているわ」
 藤原は英語でそう答えた。言葉を聞いたパイロット達は無線越しに何か考えている様子だったが、やがてロシア語で帰還命令告げる無線が入ると、二機のオスプレイから離れて行った。
 やがて二機のオスプレイは待機していたヘリコプター搭載護衛艦のいせに着艦した。神埼達が後部ドアから飛行甲板に降り立つと、空はすでに明るく、オレンジジュースとミルクティーを流したような色に染まりつつあった。緊張の糸がほぐれて一気に疲れが噴出すのを彼らは感じた。
「ロシア土産が欲しかったな。仕事の成果も他人に言えないし」
 吉岡が漏らした。すると陸上自衛隊の迷彩服に身を包んだ岡谷と中田がやって来た。
「任務ご苦労だった。ロシアも武器流出を防げたし日本もテロを防ぐことが出来た。最高だ」
 岡谷はそう言って、彼らを労った。
「お出迎えありがとうございます。どうやってここに?」
 神埼が岡谷に質問する」。
「八戸から海自のMCH‐101で来た。艦長に頼んで朝風呂を沸かして貰っている。その後ミーティング用の部屋に来るといい」
 そう言われて神埼達特殊部隊員たちは装備を外し、浴室に向かった。海上自衛隊ならではの真水と海水を混ぜた風呂は何回か入った経験があるが、寒い国から帰って来た後の風呂は格別で、エンバーミングされたレーニンも生き返るような感覚だった。
 風呂で汗を流して冷えた身体を温めると、隊員たちは陸海空統合作戦時に使用するミーティングルームに向かった。そこには湯気を放つ白い炊き立ての米と味噌汁、レセプション用の大皿に盛られた朝食用の総菜が並んでいた。
「給養員に頼んで用意してもらった朝食バイキングだ。本来ならアルコールと行きたいのだが、自衛艦は禁酒だからな。岡谷より愛と労いを込めて味わってくれ」
「岡谷三佐、感謝します」
 神埼達は口々に礼を述べて、食事用のトレーを手に取って食事にありついた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み