第2話 中央アフリカ 下

文字数 2,128文字

 中央アフリカでの任務を終えて、二週間の休暇が神埼達特殊部隊員に与えられると、神埼と藤原は横浜駅で待ち合わせて、横浜市内を観光する事にした。神埼はみなとみらいから赤レンガ倉庫、山下公園を抜けて氷川丸を見学する定番コースだと思っていたが、横浜に詳しい藤原はそのルートを避けて、伊勢崎町裏側の、アンダーグラウンドな雰囲気漂う界隈を案内した。
「こんな所が横浜にもあるなんて驚きだな。もっと綺麗な街だと思っていたよ」
「定番コースじゃつまらないでしょ。それに修羅場を潜り抜けてきた貴方だったら、こういう危険な香りがするところが好きなんじゃないかなって」
 藤原が通りの横に立ち並ぶソープランドの軒並みを見ながら漏らすと、神埼は溜息を一つついて、こう続けた。
「修羅場を潜り抜けてきたからこそ、平和な街並が恋しいんだよ」
 その言葉に、藤原は上半身の血液がさっと引いて、何も無い何処かに消えて血が通っていた部分が寒くなるのを感じた。
「ごめんなさい・・・私、自分のことばっか考えてて・・・」
「いいんだ、お陰で知らない事を知ることが出来たよ。気にしないでくれ」
 神埼は小さく答えたが、藤原は神埼に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。藤原は気分晴らしにとタクシーを拾って、港の見える丘公園まで向った。
 港の見える丘公園で横浜港の様子を見学すると、二人は十番館でコーヒーを飲み、そのまま元町に下りて街を散策した。するとあっという間に夕食時を向え、二人は横浜中華街まで移動して、均元楼という店で食事をした。そして食事を終えると、二人は何処かで引っ掛けようという話になり、また伊勢崎町に戻った。そして藤原がよく行くというメインストリート沿いのバーに入ると、二人はそれぞれカクテルを注文した。神埼はアブソルベントウォッカで作ったモスコーミュール。藤原はカナディアンクラブで作ったゴッドファーザーを頼んだ。
 ミックスナッツをつまみに何を話そうかと言う話題になると、何故自衛隊に入ったのかと言う話題になった。
「君は何で自衛隊に入ったんだ?」
 まず最初に神埼がボールを投げた。
「私の父は空挺の幹部レンジャーだったの。それであこがれて。貴方は?」
「ガキの頃イラク派遣があって、日の丸背負って何かするとはどういう事なのかなってって思って入った」
「意外と簡単な動機ね」
「君だって」
 藤原の言葉に神埼が返すと、二人はそのままくすくすと笑った。人が何かの仕事を選ぶ時、その動機は驚くほど単純だ。だが問題なのはその仕事を選んだ時に、仕事にもそれを選んだ自分にも責任が持てるのかという事だ。
「そういえば、大川さんの容態は?」
 藤原が急に話題を変えた。すると神埼は急に表情が暗くなって、ぼそぼそとこう続けた。
「・・・あんまり良くないらしい。腕の怪我が酷くてもう治らないそうだ。ご家族には訓練中の事故だって説明してる。今度任務で特別手当が出たら、皆で渡そうって決めてるんだ」
「そう・・・」
「所で、君はバイクに興味は無いのか?」
 神埼は暗い雰囲気を吹き飛ばすようにして、話題を変えた。
「あるけれどお金が無いわ。この前買った最終型のFD3Sの維持費でカツカツなんだから」
 藤原はそう答えると、ゴッドファーザーを一口飲んだ。
「君の齢でセブンか、いい趣味だな」
「貴方のバイクは?」
「カワサキのゼファー750。もうオンボロだよ」
 神埼が答えると、二人はそのまま乗り物の話題で時間を忘れた。

 二人はそのまま二杯目のカクテルを注文し、店を後にした。そうしてみなとみらいの高層マンションにある藤原の部屋に入ると、シャワーを浴びて寝酒のエンシェントエイジをショットで飲むと、そのままベッドに潜り込んだ。アルコールで蕩けた頭を引きずりながら唯身体を重ねていると、神埼は遠くに忘れていた優しさと愛おしさが急に目の前に現れたような気がして、どういう訳だか目頭が熱くなった。
 神埼は暫くベッドの上で横になっていると、自分が年甲斐も無く涙ぐんでしまった事が急に恥ずかしくなってしまった。自分は弱い人間なのかもしれない。そう思うと急に心細くなって、心の根元がしくしくと痛んだ。
「どうかしたの?」
 隣で横になっていた藤原が、眠たげな声で呟いた。
「何でもない」
 神埼は声が湿っぽくならないように答えた。すると藤原は神埼の方を振り向いて、そっと自分の胸に神埼を抱き寄せた。神埼はそうされると胸の痞えが次第に和らいでゆくのを感じて、そのまま目を閉じた。何も案ずる事は無い。弱い時は弱くていいのだ。そう思うと、テーブルの上に置いた二人のスマートフォンがぶるぶると音を立てた。二人は反射的に立ち上がり、全裸のままそれぞれのスマートフォンに取り付くと、送りつけられたメールを見た。

 0930時までに、朝霞駐屯地に集合せよ。

 短い一文だけのメールを確認すると、神埼はこう毒づいた。
「嫌だな。大人っていう職業は」
「仕方ないわ。何時までも純真なままで居られないのが人間だもの・・・」
 藤原がそう答えると、二人はベッドに戻って、空いている時間を潰す事にした。


  (了)
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