第1話 シリア

文字数 7,996文字

 新板橋から首都高に入り、山手トンネルを通って中央道に入る。七月に入ったせいか、まだそれ程日が昇っていないのに気温はどんどん上がり、ライダースジャケットの下はじんわりと汗が滲んでくる。東京を抜けて山梨に入れば気温も下がるだろう。と神埼は腹の中で呟いて、バイクを山梨方面に向かって走らせた。中央道に入って暫くすると、待ち合わせ場所の高坂サービスエリアが見えてきたので、神埼はそこにバイクを入れた。サービスエリアに入ると、彼の到着を待っていた仲間五人が、バイクを大型車専用の駐車スペースに停めて待っていた。
 神埼はバイクをその列に停めてエンジンを切ると、ヘルメットを脱いだ。
「お待たせ、少し遅れたかな?」
 汗に蒸れた髪をとかしながら、神埼はそう呟いた。
「そうでもないよ、全員集まったみたいだな」
 神埼の前に居た吉岡がそう呟いた。
「小休止したら談合坂まで行って、さらにそこから進んで清里か、事故は起こさないでくれよ」
 神埼が勝手に仕切ると、吉岡と他の面々は勿論と言った表情を見せた後、小さく笑った。滑ったな・・・と神埼が苦笑いを漏らすと、突然ポーチに入れた携帯電話がけたたましく鳴った。それとほぼ同時に、他のメンバーの携帯電話もまるで夢から現実に引き戻す目覚まし時計のベルの様に鳴り響いて、それまでの和やかなツーリングムードを引き裂いた。
 携帯電話を開いてみると、一通のメールが「緊急連絡」と言う宛名で送られていた。
 
 緊急連絡 本日一三〇〇時までに入間基地に集合せよ。

 その報せを受けた全員は、顔から血の気が引くのを感じた。神埼は携帯電話を閉じてポーチに仕舞うと、吉岡にこう尋ねた。
「ここから、入間基地に向うにはどうすれば良いんだっけ?」
「圏央道で川越に向うのが一番近いんじゃないかな、折角のツーリングが台無しだよ」
 吉岡がそう漏らすと、集まったメンバーはそれきり黙ってバイクに跨り、入間基地へと向った。

 入間基地に向うと、ゲートには小銃を持った航空自衛官が完全装備で警戒に当たっていた。神崎たちは警衛の隊員に身分証を見せてバイクに跨ったまま基地内へと入った。滑走路の方を見ると、一機のKC‐767J空中給油輸送機がエプロンでその白い巨体を休ませていた。
 神埼たちは駐車場でバイクを降りると、やって来た本部管理中隊の隊員に連れられて基地内へと入った。そして彼らのためにあてがわれた部屋で砂漠用の戦闘服に着替えると、ブリーフィングルームへと向った。
 ブリーフィングルームに入ると、神埼と同じような境遇の隊員たちが四十人、明らかに不満に満ちた表情で座っていた。
 神埼は仏頂面でブリーフィングルームの椅子に座る大川を見つけると、静かにこう声をかけた。
「大川さんも招集されたんですか」
「ああ、折角の家族との時間が台無しだよ」
 大川はそれだけ答えると、頬杖を就いてまた黙りこくった。神埼はバディの吉岡と共に空いている席に就き、ブリーフィングが始まるのを待った。そして二時間ほど時間が経つと、彼らの指揮官である田所浩司三等陸佐が入って来た。
「気を付け!」
 最先任下士官の飯島が叫ぶと、彼らは一斉に立ち上がって田所に傾注し、敬礼して彼を出迎えた。田所も敬礼で返すと、ブリーフィングルーム中央の壇上に立って、皆に座るよう命令し、手元のパソコンを開くと、彼の右隣にあるプロジェクタースクリーンにベンガル湾の写真と、バングラデシュ首都ダッカの辺りに×印が点いた写真が投影された。
「昨日、バングラディシュの首都ダッカでテロがあり、日本人七名の死亡が確認された。この件に関してはシリアに拠点を置く過激派組織ISが犯行声明を出している」
 田所が淡々と述べると、その場に居た隊員達は彼の言葉に聞き入った。
「直ちに報復行動に出るよう統合幕僚監部から指示が出た。これより駐機しているKC‐767Jでトルコに向かい、その後オスプレイでシリアに入る。装備を一時間でまとめて出発。以上、解散」
 田所がそこで説明を終えると神崎たちはそれぞれの班に分かれてブリーフィングルームを後にした。装備品が用意されている航空機用格納ハンガーに入ると、彼らはバックパックに弾薬と装備品を詰め込み、装備する武器のチェックを行った。神埼は装備するホロサイトとサプレッサー付きFN・SCAR‐LライフルとワルサーPPQピストルをバディの吉岡と共にチェックしていると、一人の若い隊員が彼の元にやって来た。
 神埼は顔を上げてやってきた隊員の顔を見た。まだ二十代半ばの、まだまだ好青年で通りそうな風貌の持ち主だった。
「失礼します。本日より、大川班長の班に配属されました村瀬陸士長です。お世話になります」
「おう。そうか」
 神埼は無味乾燥な声でそう答えた。
「挨拶している暇があったらすぐに装備をまとめろ。時間は待ってくれないぞ。自分の用意が出来たら俺達の所に来い」
 吉岡が答えた。すると村瀬は踵を返して自分の所へと戻っていった。
 一時間で全隊員の装備が纏まると、彼らはバックパックを背負い銃を片手にタラップを上がりKC‐767J空中給油輸送機に乗り込んだ。そうして全員が座席に着くと、そのまま誘導路を走って、滑走路からトルコに向って飛び立った。
 飛び立って暫くすると、窓の無い兵員室の中で食事を取ることになった。食事と言ってもギャレーで温められた機内食ではなく、ボーディングアウトのレトルト食品だった。
「本当ならツーリング先の牧場でバーベキューのはずだったんだがな」
 吉岡がレトルトの牛丼をつつきながら漏らした。
「それに食後のソフトクリームもだ。大地の恵みを堪能するはずだったのに。テロリストの連中も時と場所を考えないものな」
 神埼もレトルトのハンバーグカレーを食べながら漏らした。本当なら清里の近くにある牧場でバーベキューを堪能し、動物に触れ合いながら美味しいソフトクリームを食べて、東京に戻ったらその流れで一杯開けるつもりだったのだが、見事に当てが外れてしまった。
「どうかしたんですか?」
 隣に居た村瀬が二人に尋ねた。
「俺達他の仲間と一緒にバイク同好会やってるんだ。それでツーリング行ったりレース見に行ったりしてる。村瀬も入るか?」
「いえ・・自分は。自分のバイク持って居ないので」
 村瀬が謙遜すると、神埼はこう続けた。
「この任務が終わって臨時手当出たらバイク買えよ。良い気分転換になるぞ」
 神埼は笑顔で漏らした。
 
 それから六時間ほどかけて、神埼たちを乗せたKC‐767Jはトルコとシリアの国境に近い飛行場に着陸した。装備を担いでタラップを降りると辺りは真っ暗で、気をつけないとタラップの段を踏み外しそうになった。駐機場に降り立つと、駐機場の向こう側にはテイルブームに「陸上自衛隊」と書かれた四機のMV‐22オスプレイが駐機していた。
「オスプレイ乗るのは二回目だな」
「ああ、訓練で一度乗った事があるだけだ」
 吉岡の言葉に神埼が答えた。
 オスプレイに近づくとエンジンが唸り声を上げて、翼の両端ローターが回り始めた。神崎たちはそれぞれの座席について、装備品と各部のプロテクターのチェックをした。それから程なくして、オスプレイは砂塵を巻き上げながらゆっくりと漆黒の空に飛び上がった。規則的に光る航空灯の灯が殺人部隊を乗せているとは思えないほど美しく、何も無い砂漠に現れた神の賜物のようだった。
 機体が水平飛行に移って暫くすると、神埼の隣に居る村瀬が小さく震えているのが分かった。恐らく緊張しているのか、または死地に向う事に対して本能が警告を発しているのだろうか。
「怖いのか」
 神埼は村瀬に尋ねた。
「ええ、緊張してます」
 震えるような声で村瀬は答えた。
「それはいい事だ、村瀬。どんな時でも緊張感を持てば自分の力を100パーセント出し切れる。出来なくなったら自分が殺される時だ」
「ええ、でも・・・」
「人を殺す事に躊躇するなよ。撃たなければ撃たれる。捕虜は取らない捕虜にならないだ。俺の前でヘマはするなよ」
 神埼がそう釘を差しておくと、機体が大きく左へ揺れた。恐らく地形追従飛行で機体が気流に流されるのだろう。神埼はストラップで身体を固定しながら、目的地に着くのを待った。 
 一時間もするとオスプレイは速度を落として、垂直離着陸モードでホバリングに入った。そして後方のランプドアが開く。積んでいた降下用ロープをランプから垂らすと、彼らは一斉に立ち上がってゴーグルを装備し、後部ランプドアからファストロープで地面に降下した。神埼、吉岡、大川、村瀬の四人もファストロープで降下すると、オスプレイのダウンウォッシュで巻き上げられ砂塵をスカーフで防ぎながら、集合地点へと向った。
「各員周辺警戒。班長は集合」
 田所がそう指示すると、神崎たちは20メートル間隔で広がり警戒配置に就いた。暗視ゴーグルで周囲を覗くと、青緑色に塗られた何も無い荒野が彼らの目に飛び込んでくる。
 ここには何も無い。あるのは殺戮と静寂だけだ。と神埼は思った。
 暫くすると、班長の作戦打ち合わせが終わったのか、各班ごとに集まるよう指示が出た。神崎達三人は急いで大川の元へ向い、指示を仰いだ。
「俺達が先頭だ。神埼はポイントマン。その後に村瀬、吉岡、俺の順番で続く。4キロ先の目標に近づいたら俺達は東側から侵入。後はタイミングを待って突入だ。いいな?」
「了解」
 三人は同時に答えた。そして無線をオンにして、銃の安全装置を解除した。
 それから程なくして彼ら戦士達は出発した。先頭を行く神埼は暗視ゴーグルを頼りに、ブービートラップや地雷に注意しながら進んだ。時折吹き付けてくる砂交じりの風が頬を叩き、じわじわと彼の緊張感を高めていった。
 そうして二十分ほど進むと、ISの歩哨だろうか、AK‐47を持った一人の敵兵が大した警戒もせずに丘の稜線に立っているのが見えた。はっとした神埼は全身の毛穴から汗が噴出すのを感じて静かに歩哨の頭に銃の照準を合わせた。
「こちら神埼、敵歩哨を確認」
「了解、音を立てないよう始末しろ。射撃許可を出す」
 大川から返事を貰うと、神埼は風で弾道がそれる事を考慮して、照準を敵兵の頭から胴体に照準を移した。そして二回引き金を引くと、パンパンという篭った破裂音が小さく響いて、男は胸から小さな血の花を咲かせて地面に倒れた。駆け足で近づくと男は口から血を吐きながら何かわめいていたが、神埼は頭に一発銃弾を打ち込んで止めを刺した。
「こちら神埼、敵を排除」
 神埼は小さく報告すると、死体を近くの岩陰に隠して前進を続けた、
 そうして歩き続けると、闇夜に流れる風に混じって、人の話し声が聞こえてきた。神埼は身を伏せて双眼鏡で確認すると、400メートルほど遠くに二階建ての廃ビルを利用したISの前進基地が見えた。これが目標か、と神埼は胸の中で漏らすと、無線を入れて大川に報告した。
「こちら神埼。400メートル先に目標物を発見」
「了解。俺達は東側に展開して配置に就くぞ」
 大川が答えると、神埼たちは素早く敵前進基地の東側に回りこんだ。位置についてよく観察すると、前進基地には対空銃座やトラックを武装化したテクニカルなどが置かれ、数名の聖戦士達が銃を持って警戒していた。さらに観察すると、中には銃を持った12歳前後の少年兵の姿もあった。
「少年兵まで居ますよ」
 村瀬が吉岡の隣で漏らした。
「こういう戦争は普通の戦争とはルールが違うぞ。こっちは殺す気が無くても向こうは殺す気があるからな、ためらったらアウトだぞ」
 吉岡の言葉に村瀬はヤバイ所に来てしまったな・・・と毒づいた。
 暫くして全員の配置が完了すると、指揮官の田所から配置についている隊員達に無線連絡が飛んだ。
「全員へ、三十秒後に一斉攻撃を行う。重火器は優先して排除しろ」
 それきり無線が止まると、配置に就いている隊員はそれぞれのターゲットに照準を合わせた。そしてゆっくり呼吸を整えると、ゆっくりと人差し指に引き金をかけて、その時を待った。
「5、4.3.2、1.今!」
 田所がそう小さく叫ぶと同時に、配置についていた隊員達は一斉に引き金を引いた。静まり返っていた闇夜を引き裂くような銃声が辺り一面に鳴り響き、照準されていたISの兵士達は頭や胸を撃ち抜かれて絶命した。そしてその後にM72A7ロケットランチャーとEGLMグレネードランチャーから放たれたロケット弾とグレネード弾が爆発の火花を作り、闇夜をオレンジ色に染め上げた。完全な奇襲攻撃を受けたISの兵士達は慌てふためき、手当たり次第に銃を撃っていたが攻撃した神埼達には当たる事はなかった。
「前進!奴らを狩り立てろ」
 田所の言葉に連れられて、神埼達は前進を開始した。彼ら四人は混乱する敵兵達を射殺しながら、ゆっくりと廃ビルへと前進していった。先頭を行く神崎は時折反撃してくる敵を倒しながら、吉岡と村瀬を連れて廃ビルの中に入った。
 廃ビルの中に入ると、中に居た兵士達が彼らめがけて銃を乱射してきた。神埼達は物陰に隠れてその攻撃をやり過ごすと、タクティカルベストの中からM67手榴弾を取り出してピンを引き、安全レバーを飛ばして敵の中に投げ込んだ。手榴弾を投げ込まれるとIS兵士達は何か叫んで逃げ出そうとしたが、その前に手榴弾が爆発した。爆風が彼らの脇を抜け去ると神埼と吉岡は前に出て、残った敵を掃射しながら前に進んだ。
「村瀬!援護しろ」
 神埼は村瀬にそう叫ぶと、吉岡と共に前に進んだ。噴煙が小さくなった所に、一人の血にまみれた少年兵が両手を挙げてアラビア語で叫んでいたが、神埼はその眉間に銃弾を一発打ち込んで黙らせた。ここは戦場なのだ。銃を持って戦いの場に居たら年齢や性別は関係ない。戦争とはそういうものなのだと神埼は自分に言い聞かせた。
 三人は侵入したフロアの制圧が終わると、他に突入した矢島班の隊員と合流してその場に留まった。
「こちら神埼。廃ビル一階フロアは制圧」
「了解、西エリアで敵のテクニカルと小沢班が交戦中。援護に向ってくれ」
 田所が答えると、神埼は「行くぞ」と吉岡と村瀬に声を掛けて、西のエリアに向った。
「矢島、ここを頼む」
「了解」
 神埼の言葉に矢島が答えると、三人は西へと向った。耳を澄ますと乾いた銃声に混じって、重く腹に響く銃声が聞こえてくる。恐らくブローニングM2かデチャグレフ重機関銃だなと神埼は思った。
「こちら神埼、そっちの援護に向う。小沢聞こえるか?」
「こちら小沢、敵の重機で負傷して足止めを食らってる。回り込んでくれ、援護する」
 神埼の言葉に小沢が答えた。落ち着いて受け答えできているという事は、それ程深刻な状況下ではないという事だろう。
 西側に辿り着くと、シボレーのトラックにブローニングM2重機関銃を備え付けたテクニカルが、小沢班が隠れているであろうビルの壁際に向って機銃掃射していた。まだ大丈夫だろうが、このまま放っておけば押し切られるかもしれない。そう判断した神埼は、壊れた壁の影に隠れて後方に居る村瀬の肩を叩いた。
「おい、確かロケットランチャー持っていたよな?」
「ええ、あります」
 村瀬はそう答えてM72A7ロケットランチャーを神埼に手渡した。
「こいつで吹き飛ばす。後方爆風に注意しろよ」
 神埼は受け取ったM72A7を引き抜いて射撃体勢を整え、壁から身を乗り出してテクニカルに照準を合わせた。そして発射ボタンを押すと、激しい後方爆風と共にロケット弾が発射されて、20メートル先のテクニカルに直撃し赤い火球を咲かせた。
「よし突入!」
 神埼がそう答えると三人は銃を構えて、燃え盛るテクニカルに一斉に突っ込んだ。テクニカルの隣ではロケット弾に吹き飛ばされた兵士達が反撃しようとしていたが、神崎たちはそれを黙らせて前進した。そして防戦一方だった小沢班と合流して、西エリアを制圧した。
 神崎達が来ると、班長の小沢が建物の影から出てきた。神埼は軽く右手を上げて小沢に挨拶すると、他の隊員達も影から出てきた。
「負傷した奴は大丈夫か」
「大丈夫。かすり傷だよ」
 神埼の問いかけに小沢が答えると、小沢はそのまま無線機で田所に連絡を入れた。
「こちら小沢、西エリアを制圧」
「了解。各班担当エリアは制圧できたようだな」
 田所はそれだけ答えて、無線を切った。残された神崎たちは残った敵が居ないかを確認して、周辺警戒の位置に就いた。すると、大川が神埼の元にやって来て、彼の頭を軽く小突いた。
「馬鹿野郎。勝手に突っ込んだりして」
「すんません。ちょっと興奮しちゃって」
 神埼は悪びれる様子も無く答えた。すると再び無線機から田所の言葉が響いた。
「全員へ、この建物の掃討はほぼ完了した。菊池班が投降した捕虜一名を確保している以外は全滅させた。各自ブービートラップを仕掛けて回収地点に向え」
 その言葉を聞くと、神埼をはじめ多くの隊員達が倒れた死体の下に手榴弾を忍ばせたり、入り口にM18クレイモア地雷を仕掛けたりして、回収地点へと向った。
 回収地点に向うと、要請を受けた四機のオスプレイが次々と飛来してきた。彼らは後部ランプドアを開けたオスプレイに次々乗り込むと、そのまま痕跡も残さずに飛び立った。
 座席に着き、神埼が大きく溜息を吐くと、隊長の田所と、菊池班が捕らえた捕虜が乗り込んでいるのに気づいた。捕虜は両手を縛られ口を一文字に結び、田所の冷たい視線の痛みに全身で耐えている。こんな時に縋り付くのは、やはり自分の信じている神なのだろうか。
 田所は捕まえた捕虜を立たせると、オスプレイの搭乗員に頼んで閉じていた後部ランプドアを開けるように指示した。轟音と共に猛烈な風が機内に吹き込んでくる。田所は捕虜を後部ハッチギリギリまで追い詰めると、捕虜に向ってアラビア語でこう話した。
「ここでお前に二つ選択肢をやる。大人しく我々の言う事を聞いて協力するか、それとも聖戦士らしく殉教するか」
 捕虜の男は顔を見上げて、アラビア語でこう怒鳴った。
「俺達が何故聖戦士になるか分かるか、貴様ら異教徒共がみんな搾取するからだ。貴様らは目先の金儲けだけで俺達には何も残してはくれない。貴様らに搾取され貴様らの国の製品をいいように買わされるだけだ」
「答えになっていないぞ」
「黙れ!貴様らは金儲けだけに戦争を使うが、俺達は俺達のために戦争をする。貴様らの金儲けの戦争とは違うんだ。分かるか!?」
 その言葉を田所は静かに聞いた。アラビア語の分かる隊員はそれを聞いて聞かぬ振りをしてやり過ごした。
「最後に何か言い残す事は?」
「何も無い」
 捕虜の男はそれだけ言い残して、静かに目を閉じて覚悟を決めた。田所はレッグホルスターからワルサーPPQを取り出し、捕虜の胸に二発銃弾を打ち込んだ。男はうめき声を小さく上げると、そのまま後部ランプドアから悲鳴すら上げることなく、青白く澱んだ空に落ちていった。
 その様子を眺めいてた神埼と吉岡は、ただ唖然とする村瀬に向ってこう声をかけた。
「人殺しって、思ったよりも簡単だろ」
 おちゃらけた様な神埼の言葉に村瀬は答えなかった。
「〝死がすべての問題を解決する。人間が居なければ問題は存在しない〟ってスターリンの言葉だったよな。昔の偉人は頭いいな」
 吉岡の言葉にも、村瀬は答えなかった。彼らの進む東側の空には、神々しい太陽が昇り始めていた。
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