第3話 南スーダン 

文字数 9,197文字

 トラックの荷台に揺られて、もう一時間以上経過しただろうか。視線をずらして外を見ると、赤茶色の未舗装路と抜けるような青空が見えた。車が走っていないから排気ガスに汚される事も無く、また夜になっても街が光り輝く事が無いから、こんなに美しいママでいられるのだ。そう内山二等陸曹は思った。
 この南スーダンにやって来て、もう三週間が経とうとしている。ニュースをあまり見ないせいではじめは何処にある国か分からなかったが、付け焼刃で色々な事を調べると、この国がまだ生まれたばかりの国である事を内山は知った。だから自分はこの国の為に、ひいては日本の為に汗を流さねばならないのだ。
 すると、隣で携帯音楽プレーヤーの音楽を聴いていた野田美香子二等陸曹と肩が当たった。野田は肩が触れるとすぐに、「ごめん」と小さく謝った。
「何を聞いているの?」
「AC/DC。父さんが好きだったの」
 内山はそうか・・・と言う感想を飲み込んだ。
 それから三十分ほどして、内山と野田を載せたトラックは目的の交差点に付いた。内山は国連部隊を示す青く塗られたヘルメットのあご紐が結ばれている事を確認した。暫くすると分隊長がトラックから降りるように指示し、彼ら陸上自衛官達は開かれた後部のアオリから車外に出た。
 トラックから出ると強烈な日差しが彼らを打った。日本と違って湿度は低く、国自体が高地にあることもあって風は涼しかったが、赤道に近い事もあり日光は容赦なく肌を焼いた。用意していた日焼け止めはたちまち底を着き、今度温かい国に派遣される時は日焼け止めを多く買ってお洒落なサングラスを買わなければなと思った。
 内山と野田は早速道路の補修作業の準備に取り掛かった。周囲には白く塗られた海外派遣仕様の軽装甲機動車が停まり、その脇を青い鉄帽を被った普通科隊員が警備している。内山が停められたブルドーザーに乗ってエンジンをかけようとした時、遠くで火薬の弾ける音が聞こえた。
 何だと思って音のした方向を振り向くと、次の瞬間警備に当たっていた軽装甲機動車が火柱を上げて爆発し、その爆圧で脇に立っていた隊員を粉々に吹き飛ばした。爆風が彼の身体に当たると彼はブルドーザーから転げ落ち、そのまま地面にへたり込んだ。その衝撃で頭を打ったが、すぐに脇にいた野田が駆け寄ってきて彼の身体を起こした。
「何が起きたんだ?」
 内山は朦朧とする意識の中、何とかして頭の神経を繋げて言葉を捻り出した。
「敵襲よ!何処かに隠れないと・・・」
 野田がそう漏らした瞬間、今度は内山達が乗ってきたトラックが爆発と共に吹き飛んだ。RPG-7の弾頭が直撃して吹き飛ばしたのだった。それと同時に、様々な銃火器の銃声が叫び声の様に彼等の耳に飛び込んできた。
「応戦しろ、応戦だ!」
 銃声に混じって中隊長の叫び声が聞こえてきたが、撃たれたのかすぐに聞こえなくなった。二人は立ち上がって周囲を確認し、その場を離れようとした。だがすぐに56式小銃を持った敵に出くわしてしまい、銃口を向けた。
「撃つな!降伏する」
 内山は反射的に片言の英語で敵に向って叫んだ。すると敵は銃床で彼の頬を殴ると、襟元を掴んで、強引に彼を道路の真ん中に連れ出し、伏せるよう英語で叫んだ。野田も言われた通りに道路に伏せる、周りを見ると同じように敵に投稿した隊員が四人ほど地面に伏せていた。
 何という事だ・・・と内山は痛む頬を撫でたい気持ちを抑えて胸の中で漏らした。


 自衛隊ジブチ派遣隊の朝は早かった。東の海上から太陽が昇ったと思うと、空は見る見る内に瑠璃色から灰色掛かったオレンジになり、すぐに群青色になった。神埼は日が昇るか登らないかの時間に目覚めて、飛行機のいない滑走路を三往復ほど走る事にした。駐機場で羽を休めている海上自衛隊のP‐3Cオライオンを眺めながらランニングできるのは、ここに来た隊員の特権だなと思った。
 三往復を終えて宿舎の入り口まで来ると、休憩用のデッキチェアに置いておいたスポーツタオルで汗を拭き、ミネラルウォーターのボトルの栓を開けて喉を潤した。そして東の空に目を向けると、上りかけた太陽が彼を照らしていた。
「朝から元気ね」
 反対方向で女の声が聞こえた。振り向くと其処にはジャージ姿の藤原が腕を組んで突っ立ていた。
「日本にいたら排ガスの空気を大量に吸い込むからね。空気が美味い中で運動できるのは途上国に派遣された自衛官の特権さ」
「貴方の同僚は、どちらかと言えば都会の生活が好きなようだけれど」
「そこは人それぞれさ」
 神埼はそう答えると、残ったミネラルウォーターを飲み干した。本当ならシャワーを浴びてもう一眠りと行きたかったが、任務で派遣され待機命令が出ている状態では無理だった。
 それから神埼は部屋に戻って服を着替えると、吉岡と村瀬を誘って朝食を食べに食堂に向った。メニューは白飯に納豆、味付け海苔と味噌汁に塩鮭という純和風の内容だった。
 三人は席について食事を取った。すると、神埼の隣に座った吉岡がこう囁いた。
「村瀬の奴、この派遣が終わったら中古のバイク買うんだってさ」
 その言葉に、神埼は箸を止めた。
「本当か、車種は?」
「中古のCB1000スーパーフォアを狙っています。まだ大型免許を取って日が浅いので、まずは乗りやすいのからと」
 村瀬が答えると、神埼は湯飲みに注いだほうじ茶を一口飲んでで口の中を綺麗にした。
「これで晴れて村瀬も二輪同好会に入会か、歓迎するぜ」
 神埼が答えると、別のテーブルに座っていた飯島の班が彼らに向っていきなりこう叫んだ。
「神埼よう、今度飲み会は駒込の加賀屋でいいんだよな?」
「ああ、日本に戻ったら皆で飲みに行こう。アルコールと豚肉を大量に摂取しないとな」
 神埼はそう答えた。後二日もすれば、彼ら特殊部隊員は出動無しに本国に帰還出来る。実戦のない派遣なんて初めてのことだった。まだ世界では絶え間なく戦火の炎が上がっているが、少なくとも今回の彼等の周りで起きていなかった。このまま小さな平和が続いてくれればいい事に越した事はないなと神埼は思った。
 そうして朝食を平らげて、食器を返却しようとした時、完全復帰した田所三佐が食堂に入って来た。
「俺の部下は五分後に作戦室に集合。緊急事態だ」
 その言葉を聞いて神埼は、平和とは束の間だから尊いのか・・・と思った。
 作戦室に入ると、中央のスクリーンには南スーダンの地図が映し出され、その脇で藤原が神妙な顔つきでノートパソコンを操作していた。南スーダンでトラブルが起きたのだろう。とその場に集められた隊員達が即座に思った。彼らは作戦室の席に着き、田所が口を開くのを待った。
「諸君、緊急事態だ。昨日南スーダンで道路補修に当たっていた施設科部隊が敵に襲われ数名の隊員が拉致された」
「敵は大統領側ですか?それとも前副大統領側ですか?」
 吉岡が勝手に質問した。
「国連部隊に恨みを持つ大統領側、つまり政府軍だ。派遣されている部隊は正規軍との交戦が許可されていないから、我々の出番という事だ」
 これだよ・・・と神埼は胸の中で毒づいた。外国との戦争を禁止している憲法のせいで、自衛隊は地球上のどこに居ても正規軍との交戦が許可されていない。例えそれが仲間を救い出す任務であってもだ。それなのに今の政権は一国で平和は守れない時代だのなんだの言い訳をして、従米法と悪名高い法律を無理矢理通してしまった。こちらは手かせ足かせ嵌められているのに、こっちは銃を撃つ事さえ禁止されている。負担ばかり自衛隊は増やされるのに、それを指揮する政治家達と行政府の人間はこっちの苦労すら考えていない。死んで靖国神社に神として祭ればそれで許されると思っているのだろうか。
「一時間で装備を纏めたら飛来するC‐2輸送機で南スーダンまで移動。その後派遣されているヘリで目的地に向かう。現地では派遣されている情報本部の岡谷三佐が支援してくれる。以上、解散!」
 解散すると神埼達は武器庫に向かい、武器と装備を纏めた。銃器は神埼、藤原がダットサイトとサプレッサー付きのスコーピオンEVO3。吉岡がグレネーダーとしてEGLM付きのSCAR‐L、村瀬が機関銃手としてMINIMI・Mk3、拳銃は全員フラッシュライト装備のH&K・VP40だった。
「どうして俺達は真の意味で労われないんだろうな。政治家や一部の大衆は俺達を祀り上げるくせに」
「仕方ないさ、俺達は単なる軍事力だ。闘争の道具でしかないんだよ」
 吉岡はそう気休めの言葉を神埼に掛けた。
 それから一時間ほどで彼らは完全装備に身を包むと、飛来した航空自衛隊のC‐2輸送機の後部ランプドアから搭乗し、南スーダンのジュバに向って飛び立った。

 中古の日本製トラックに乗せられ三時間ほど走ると、拉致されたPKO派遣隊員は廃墟と化したリゾートホテルの一室に押し込まれた。そこで指揮官らしき男から英語で大人しくしているよう命令されると、彼らは両手をタイラップで縛られ床に座らされられた。見張りを二人ほど残して指揮官は何処かに消えると、拉致された隊員の一人の安藤がこう漏らした。
「俺達はこいつらを助ける為にここに来たんだぞ、何で・・・」
 とそこで言いかけると見張りの兵士が56式小銃の銃床で安藤の側頭部を殴った。安藤は意識が飛んで倒れこみ、頭から血を流してうめき声を上げた。
「乱暴は止めろ!」
 内山が英語で叫んだ。
「なら静かにしろ」
 見張りの兵士は同じく英語で返すと、そのまま恨めしい表情で彼らを見下ろした。本当なら安藤の手当てをしたかったが。両手を縛られては無理だった。彼らは胸の中に憎悪と悔しさを膨らませながら、ただ助けが来るのを待った。

 陸上自衛隊情報本部所属の岡谷一俊三佐は、部下の中田翔壱一曹と共に、拉致された隊員が連れ込まれたリゾートホテル跡地から二〇〇メートル離れた所に偵察陣地を築いて、敵の様子を探っていた。専用の偵察スコープで確認した限りでは敵の数は五〇人。恐らく救出作戦は夜間になるだろうと踏んだ。
「ボス、衛星通信で報告しますか」
 中田が囁いた。
「いや、いい。それよりも直ぐに移動できるように準備しておけ」
 岡谷はそう答えた。こっちの武器は中田の持つマークスマン仕様のSCAR‐Hと、岡谷の持つスコーピオンEVO3とグロック21しかない。錬度ではこちらが上とは言え、見つかれば任務は失敗になる。岡谷は敵の大まかな配置と建物の位置を防水マップにペンで記入して、中田にこう言った。
「安全な所まで後退。それから報告だ」
 岡谷はそう答えると、茂みに隠した二台の偵察用オートバイ。カワサキ・KLX250に跨って、同じく跨った中田と共にその場を離れた。


 神埼達特殊部隊員を乗せたC‐2輸送機は、スーダン上空を越えて四時間で南スーダンのジュバに到着した。其処から駐機していた二機のCH-47JA輸送ヘリに分乗すると、爆音に包まれたキャビンの中で田所が叫んだ。
「情報によると拉致された隊員は三名。ここから離れたリゾートホテル跡だ。交戦規則は特にないが人質の確保最優先に。到着したら潜入している情報本部の岡谷三佐と合流だ」
 田所が叫ぶと、それきり機内は静かになった。久々の救出作戦のせいか、皆表情が強張っていた。
 二時間ほど飛行すると、同乗しているヘリ搭乗員から目標まであと五分との報せを受けた。彼らは弾倉を銃に装着し、チャージングハンドルを引いて初弾を薬室に叩き込んだ。そうして五分後になると、ヘリは何もない丘の丘陵に着陸した。すぐさま隊員達が降りて周辺警戒を行うと、着陸地点で待っていた岡谷が、ヘリから降りた田所に駆け寄った。
「久しぶりだな。怪我の具合は?」
「もう平気だ。それより状況は?」
 ヘリが飛び立ってダウンウォッシュがなくなると、岡谷は各班の班長を呼んで、状況説明に入った。
「ここから約四キロ北西に目標はいる。兵力は五十人ほど。レーザー盗聴で確認したが人質は南西にある一番大きな建物だ」
 岡谷は記入した地図を見せながら、各班長に説明した。彼らは無言でそれに聞き入っていた。
「まずは偵察班を出して様子を見よう。それで敵の大まかな位置が分かったら攻撃だ。早い方がいいだろう。質問は?」
 岡谷は集まった全員を見回したが、質問は無かった。
「よし、なら出発だ。俺と中田は先頭を行く班の後ろに付く」
 会議が終わると、彼らは直ぐに出発した。先頭を勤めるのは神埼達のいる班だった。周囲を見渡すと、身を隠したり敵が居そうな茂みは無く、ちょっと見通しが良すぎるなと思った。なにせこっちは射程の短いサブマシンガンなのだ。ライフルと撃ち合いになれば勝ち目は無かった。
 何とかして敵に見つからずに目的地まで辿り着くと、神埼は無線でこう報告した。
「こちら神埼、目標地点に到着」
「了解。偵察できそうか?」
 田所が答えると、神埼はポケットスコープでホテル跡を見回した。警衛に当たっている歩哨は音楽を聴いたり、煙草を吸いながら談笑しているものが何人か見受けられた。
「警戒が薄い。出来そうです」
「よし、君のチームで様子を探ってくれ。こっちは攻撃位置に着いて援護する」
「分かりました」
 神埼はそう答えると、後ろで警戒していた、藤原、吉岡、村瀬の三人を見た。
「俺達三人で人質を見つける。その後本隊が総攻撃だ。藤原二尉、君は戻れ」
「私も行くわ、足は引っ張らないから」
 その言葉を聞いて、神埼は藤原の目を見た。こりゃ思ったより深い関係になりそうだな・・・と神埼は思った。
「なら行こう。先頭は俺がやる」
 そう答えると、彼らは警戒が手薄な場所を探して、匍匐前進で敷地内に入った。
 敷地は敵が進入することまったく想定していないのか、警備ががら空きだった。こんな状態で奇襲攻撃をかければ、真っ先に殲滅できるのにと四人は思ったが、人質救出作戦だと思ってそれ以上余計な事は考えないことにした。四人は適当な所で起き上がると、物陰に隠れながら互いに援護し合い、目標の建物に向かった。
 目標の建物に辿り着くと、四人は入り口を探した。そして警備兵が立った入り口を見つけると、神埼は攻撃するとハンドシグナルで合図を取って、サプレッサーの付いたスコーピオンEVO3で警備兵の脳天に銃弾を打ち込んだ。弾けるような発射音がして敵が地面に倒れると、すぐさま四人は建物に入った。アンカーの村瀬が吉岡の援護を受けながら死体を隠すと、神埼と藤原はスコーピオンに取り付けたフラッシュライトを点灯して、薄暗い建物内を捜索した。
 息を潜めて室内を捜索すると、建物内を巡回している敵の気配は殆ど無かった。奥に進むと、日本訛りの英語で何かを懇願する女の声が聞こえた。神埼と藤原は互いにアイコンタクトを取ると、声の聞こえた方向に足を進めた。更に進むと、訛りの強い英語で会話する声が大きくなってくる。声からして敵は二人居るらしい。
 声の聞こえる部屋の入り口まで来ると、ライフルを持った敵兵の背中が見えた。神埼と藤原は再びアイコンタクトを取ると、神埼は部屋の入り口にそっと立って、突入の体勢を取った。そして藤原がダブルタップで敵を撃ち、敵が後頭部に血の花を咲かせて倒れると、神埼は一気に踏み込んで、突然の出来事に驚くもう一人の敵の頭に銃弾を二発叩き込んだ。 
 敵が倒れると、視界に囚われた三人の自衛官が入った。背後に藤原が入って来たのを確認すると、二人は部屋の中を見回した。
「クリア」
「こっちもクリア」
 二人は安全を確認すると、改めて囚われた自衛官達を見下ろした。神埼が「静かにしろ」と三人に釘をさすと、藤原が三人にブービートラップが施されていないか確認した。
「トラップなし。一人が負傷しているわ。吉岡と村瀬を呼んで」
 神埼は藤原に指示されるまま、無線で吉岡と村瀬を呼んだ。
「全員へこちら神埼、目標を確保。繰り返す目標を確保。吉岡と村瀬は一番奥の部屋に来てくれ」
 暫くして、吉岡と村瀬がやって来た。神埼は三人の両手を縛っていたタイラップをカミラスのマリンコンバットナイフで切ると、三人にこう言った。
「これから味方が攻撃をかける。それが終わったら脱出するぞ、いいな?」
「皆殺しにするのか?」
 内山が漏らした。
「仲間を殺されたんだろ、なら生かしておく訳にはいかない」
 神埼は無味乾燥に答えた。
「こちら藤原、これより脱出準備に掛かります。攻撃を開始してください」
 藤原が無線で報告した。

 その言葉を聞いた田所と岡谷は、無線で配置に付いていた隊員達にこう指示した。
「各員、神埼達がターゲットを確保した、攻撃を許可する。派手にやれ、敵ならば生きて返すな」
 田所がそう言うと、配置に付いていた隊員の持っていたSMAWロケットランチャーの砲弾が返答代わりに発射され、そのまま照準していた機関銃座やトラックなどを粉々に爆破した。その後銃口から銃声と共に弾丸が発射され、曳光弾が空にオレンジ色の光の筋を描いた。
 激しい銃声と爆発音は建物内に隠れていた神埼達にも伝わった。一応班長同士の打ち合わせで自分達の位置は全隊員が把握しているが、流れ弾が飛んでこないとは限らない。おまけに助けた隊員達は銃声に慣れていないせいか、爆発音を聞いただけで震え上がっている。早く終わって欲しいなと彼は思った。
 二分ほどで攻撃は終わった。神埼は残りのメンバーに「脱出するぞ」と小さく言うと、銃を構えて来た道とは別のルートで脱出する事にした。来た道は吉岡と村瀬がブービートラップを仕掛けているだろうから通れなかった。窓から出ると、攻撃を生き延びた敵が一人銃口を向けてきたが、藤原がスコーピオンEVO3を撃って黙らせた。そして彼らは本隊との合流地点に向かい、田所と岡谷に報告した。
「ご苦労。殆どの敵は倒した」
 田所は素っ気無く答えると、近くに居た無線手に脱出用のヘリを呼ぶように命令した。
 隊員達が全周警戒に付くと十五分ほどでCH-47JAヘリが二機飛来してきた。彼らは素早く二機に分乗すると、破壊された建物と無数の死体を残して飛び立った。
「皆殺しにしたのか?」
 ヘリの機内で、内山が神埼に尋ねた。
「当然だ。こんな地球の果てみたいなところで仲間を殺されたんだ。タダで生かす訳には行かない。俺達のやり方に憤りを感じるなら、自衛隊を辞めることだ」
 神埼はそれきり内山とは口をきかなかった。
 ジュバの国際空港にヘリが着くと、陸上自衛隊の救急車がすぐやって来て、負傷した隊員達を回収して宿営地に向った。神崎たちも用意された73式大型トラックに乗って、宿営地に向った。宿営地に入ると、彼らは装備を倉庫に置いて食堂に向った。冷房の効いた食堂では「一人三本まで」と張り紙が貼られたクーラーボックスが置かれ、中にはハイネケンの缶が冷えていた。
「おい、冷えたビールがあるぞ」
 誰かが小さく叫んだ。疲れた隊員達は順々にクーラーボックスに並び、ハイネケンの缶を手に取った。神埼、吉岡、村瀬の三人もビールを手に取った。
「なんでハイネケンなんですかね?」
「日本から取り寄せるより、ヨーロッパから取り寄せた方が安上がりなんだろ」
 村瀬の疑問に吉岡が答えた。彼らはフルーティなホップの風味に喉を潤しながら、彼らはアフリカの太陽に熱せられた身体を外国製ビールで冷やした。



 南スーダンでの任務を終えた神埼達は、三週間の休暇を与えられた。帰国すると彼らはまず飲み屋に行き、日本の酒の肴と日本の酒でお互いの健闘と無事を祝った。負傷した仲間や戦死した仲間も居たが、場の空気が湿っぽくなるのでその事には触れなかった。
 飲み会が終わって暫くすると、神埼と吉岡は連絡を取って、バイク同好会のミーティング兼ツーリングの日程を立てた。すると一体何処から情報を入手したのか、情報本部の岡谷三佐もそれに同行したいと、彼の部下である中田一曹から連絡があった。神埼と吉岡は全ての連絡が筒抜けになっている事に不快感を覚えたが、こういう国家の秘密を扱う仕事をしているのだからしょうがないと納得して、それを受け入れた。
 それから具体的な日時が決まり、待ち合わせは土曜日の朝九時に関越道下りの三芳パーキングエリアになった。目的地は榛名湖だった。
 一番乗りで三芳パーキングエリアに辿り着いた神埼は、大型車用の駐車スペースにゼファー750を止めて、自販機で温かい珈琲を買って仲間が来るのを待った。バッグからスマートフォンを取り出してイヤホンを繋ぎ、収録したドイツ軍の軍歌『えんどう豆のベーコン添え』を聞いた。暫くすると、吉岡が乗ったシルバーのGSF1200Sと、中田が乗っている白いFZ1フェザーがやって来た。二人は神埼のゼファー750の横にバイクを停め、ヘルメットを脱いで神埼の元にやって来た。
「おはよう、まだ一人か」
 吉岡が神埼に言った。
「ああ、岡谷さんは?」
「寄るところがあるらしい。三十分くらい時間掛かるそうだ」
 中田が答えた。三人は大型車用の駐車スペースを占領したまま、取り留めのない話をした。
「岡谷さん、007のBMWに追加でもう二台車が欲しいそうだ」
「本当か、車種は?」
 吉岡の言葉に神埼が続けると、中田がこう話した。
「とりあえずフランス車とボルボ。ボルボはクーペカブリオのC70で、フランス車は新車のディーゼル車が良いらしい。プジョーシトロエンのどっちかだな。可能ならマニュアルの国産スポーツも欲しいとか」
「結構な金額になるな。まあ、あの人はお金あるから大した事ないか」
 神埼が漏らした。そうして会話していると、神埼の目に、サービスエリア入り口にやってくる二台のバイクが映った。一台は真っ黒に塗られたバルカン1500と、ウィニングレッドのCBR1000RR。どちらも岡谷のバイクだが、岡谷はどちらに乗っているのだろう?疑問に思っていると、二台のバイクは三人の元に止まった。
「待たせたな。紅一点を連れてきた」
 岡谷はバルカン1500から降りると、同じくCBRから降りた女を紹介した。彼女はヘルメットを脱ぐと、まず最初に神埼を見てこうはにかんだ。
「皆さんおはよう。私も二輪同好会に入れてもらうわ。自分のバイクが手に入るまで、バイクは岡谷さんからの借り物だけれど」
 藤原がそう宣言すると、神埼はこう答えた。
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