第2話 中央アフリカ 上

文字数 15,222文字

 抜けるような青い空と、赤茶けた乾いた大地。その間には濃い緑色の葉をつけた植物が生い茂り、強い日差しを受けて燦々と光り輝いている。道路を走っていると、時折農作業をする人や、家に帰る途中の人とすれ違う。その人たちの表情は、政情不安のこの国を憂いで塞ぎ込んでいるように見えたが、日本人と違って芯が強いのだろう。一日一日を生き延びようとする力強さに満ちている感じがした。
 まだ十五歳の菅野美咲は田舎道を走るランドクルーザーの窓越しにそんな風景を見ながら、そんな事をもう三回は反芻していた。この中央アフリカの大地には、まだまだ人々が豊かで幸せになる土壌がある。私はその土壌を耕して、それをこの国の人々に明け渡すお手伝いをしているのだ。と美咲は思った。
「何を考えているんだ。美咲」
 助手席に座る美咲の父が、前の景色を眺めら漏らした。
「早くこの国が幸せにならないかなって」
「美咲は優しいわね」
 答えたのは父ではなく、隣に座る美咲の母だった。美咲は国境無き医師団に所属する二人の両親に連れられて、この中央アフリカにやって来たのだった。この国で高校受験と中学卒業の勉強を、そして国際緊急医療の実務を身体で学んでいる。美咲は何時か自分の力で医師になり、尊敬できる両親のように国境無き医師団の医師になるのだ。と決めていた。
 暫くすると、美咲達三人と運転手を乗せたランドクルーザーは、村外れの診療所に着いた。診療所には診察を待つ人が黒山の人だかりを作り、美咲の両親の到着を待っていた。待つ人はマラリアに罹患した者も居れば、栄養不足の子供を抱えた母親も居る。集まった人々を全員救う事など出来ないことは美咲にも分かっていたが、それでも救いの手を伸ばさない訳には行かなかった。
 両親が診療所の奥に消えてゆくと、美咲は運転手と共にランドクルーザーに積んだビタミン剤やガーゼなどを奥の倉庫に運んだ。それが終わると診療所の中に入り、次の指示を父に仰いだ。
「父さん。荷物運びは終わったわ」
 美咲の父は小さい子供の胸に聴診器を当て終えると、美咲に次の指示を出そうとした。が、その声は突然外で響いた女の叫び声とその後に響いた銃声でそれはかき消された。その叫び声に、二人は聞き覚えがあった。
「今の母さんじゃ!」
 美咲は背筋が凍りつく感触を覚え、悲鳴の聞こえた方向に走り出そうとした。だがそれも突然診察室に入り込んできた武装集団に遮られて、美咲は部屋の置くに後ずさった。
「全員動くな!ここは我々が占拠した」
 武装集団のリーダー格らしき男は、流暢なフランス語でそう叫ぶと、開け放たれた入り口のドアから、頭を吹き飛ばされた美咲の母が倒れているのが見えた。
「母さん!」
 美咲は変わり果てた母の姿が眼に入った瞬間そう叫んだ。すると美咲に目をつけた武装集団の男が美咲を捕まえると、リーダー格の男が「お前は大人しくしろ」と冷たくフランス語で言い放った。
「一体何の用だ!貴様らは何なんだ!?」
 美咲の父はそう叫んだが、武装集団のリーダーの男は目の色一つ変えずに、手に持っていたブローニング・ハイパワーで美咲の父の頭を撃ち抜いた。美咲の父は頭に小さな血の花を咲かせると、そのまま崩れ落ちるように倒れこんだ。
 美咲はその光景を見て、布を裂くような叫び声を上げた。抜けるような青空と赤く乾いた大地に、いたいけな少女の叫び声が何処までも響いた。

 中東地域特有の強い日差しとアデン湾から吹き付けてくる潮風のお陰で、滑走路には陽炎が上っていた。その揺らめく上昇気流を横切って神埼と村瀬は、ジブチ空港に設けられた海上自衛隊基地の一角をランニングしていた。暑さで着ているTシャツが汗に染まり、露出した肌には日差しが当たってぴりぴりと痛んだ。10キロほどランニングすると、二人は息を切らしながら基地の一角に向かい、ビーチパラソルとデッキチェアで日光浴を楽しんでいる吉岡と大川の元に向った。
「お前も走ってこいよ。炎天下で汗を流すと気持ち良いぞ」
 神埼は近くにあったスポーツタオルで汗を拭きながら、吉岡に言った。
「冗談止めてくれ。東京の暑さにも耐えられない俺が中東の炎天下で汗をかくなんて出来ないよ」
「良くそんなんでお前自衛隊に入れたな」
 隣の大川が漏らした。
「まぐれですよ。まぐれ」
 吉岡は軽くあしらった。神埼と村瀬は近くのクーラーボックスに入れてあるスポーツドリンクを手に取り、栓を開けて一気飲みした。シリアでの作戦以降、妙に気が焦って仕方ない。戦場の匂いを感じて気持ちが昂ぶっているのだろうか、少し心を落ち着かせるために自分の身体を虐めてみるのだが、それも余り効果があるとは思えなかった。
「早く日本に戻ってビールでも飲みたいよ。焼酎水割りでもいいな」
「ここはイスラム教の国だから炭酸飲料で我慢しとけよ」
 吉岡の言葉に、神埼は近くのデッキチェアに腰掛けながら答えた。すると、一機の水色に塗られた航空自衛隊のC‐130Hハーキュリーズ輸送機が、ゆっくりと滑走路に着陸して、タキシーウェイを進んで海上自衛隊のP‐3Cオライオン哨戒機の並びに駐機した。
 エンジンが止まると、胴体側面のドアが開いて、陸自の戦闘服に身を包んだ一人の女自衛官が降りてきた。神埼はいい女だなと心の中で軽口を叩きながら、基地の建物へと消えてゆく女自衛官を見送った。
 暫くすると、昼食の時間になった。神崎たちは冷房の効いた基地の食堂に向かい、昼食を取ることにした。メニューはチキン南蛮とポテトサラダ、それに味噌汁と豆ご飯に漬物だった。
「何時までジブチに待機なんだろうな」
「新しい任務が来るまでだろうよ。きっと今度はリビアか南スーダンだぞ」
 神埼の言葉に大川が答えた。彼も家族と離れ離れで辛いのだろう。だが命令には逆らえない。世の中と言うのはそういうものだ。
 暫く無言で四人が食事をしていると、砂漠用の迷彩服を着た若い三等陸曹が彼ら四人の元にやって来た。三曹は小さく敬礼すると、「大川上陸曹長の班ですか」と尋ねた。
「そうだが」
 一足先に食事を終えた大川は緑茶を飲みながら答えた。
「田所三佐より十分後に作戦室に集まるようとの指示です」
「すぐ行く」
 大川はそれだけ答えると、湯飲みの緑茶を飲み干した。そのやり取りを聞いていた神崎は、また仕事かと胸の中で漏らした。
 四人は食事を終えると、食器を戻して作戦室へと向かった。作戦室には田所と菊池の班が、そして田所の隣には先ほどC‐130Hでやって来た女自衛官が居た。さっきのか、と神埼は胸の中で漏らすと、そのまま作戦室の椅子の前に立った。
「全員集まったようだな、それでは作戦会議を始める」
 田所がそう告げると、彼ら隊員達は作戦室の椅子に座った。そうしてプロジェクターのスクリーンに画面が映し出されると、皆はその画面に注目した。
「昨日、中央アフリカで活動中の国境無き医師団の日本人夫婦スタッフが二名。反政府武装勢力に殺害された。場所は中央アフリカ北部の村だ。これからの説明は情報本部より来た藤原二尉が行う」
 田所はそこで言葉を区切ると、隣に居た女幹部に目で合図を送った。
「藤原です。よろしく」
「またシリアみたいに報復作戦ですか?」
 吉岡が尋ねた。
「いいえ、違います。本事件によって国境無き医師団のスタッフ二名の娘が反武装勢力に拉致されました。名前は菅野美咲。都内の私立中学に通う中学三年生です。事件発生から三時間後、日本の外務省宛に一通の動画添付ファイルが送られてきました。これを見てください」
 藤原はそう述べると、手元のパソコンを操作してフォルダに収められた動画ファイルを開いた。mp4形式の動画には、憔悴しきって椅子に体重を預けているだけの少女が一人と、手にAK‐47とRPG7を持った男が二人、彼女の脇に立っている。そうして背後から来た男が少女の髪の毛を鷲掴みにして頭を無理やり上げさせると、女の子の喉元にナイフを突きつけて何か言うように耳打ちした。
「日本政府の皆さん。私は菅野美咲です。今中央アフリカで人質になっています。私の事を第一に思うなら、USドルで一億用意して下さい。私には後三日しかありません。助けて下さい。お願いします」
 少女は日本語で淡々としゃべった。そうしてリーダー格の男が少女の頭を下げさせると、今度は男がフランス語で何か語り始めた。
 男が語り終えると、動画はそこで終わった。
「自分の娘を危険な場所に送り込むからそうなるんだ。親は死んで当然だな」
 神埼はそう自分の所感を述べた。
「だが遺憾の意でお茶を濁す訳にも行かない。事態は急を要する。三十分で装備をまとめろ。駐機している空自のハーキュリーズで出撃だ」
 田所の言葉に 藤原がこう続ける。
「今回の作戦には私も同行します。いいですね?」
「デスクワーク軍人は引っ込んでいて欲しいですね。足手まといになる」
 神埼はそう口答えした。
「お言葉ですが神崎さん、私は空挺団の特殊作戦課程を修了しています。足手まといなるつもりは有りません。それに今の言葉は命令不服従として告発する事も出来ますよ」
 藤原の言葉に、神埼はアマゾネスは何でもお見通しだな・・・と胸の中で毒づいた。
「他に何も無ければ出動だ。すぐに準備して輸送機に乗り込め、以上」
 田所がそれだけ告げると、作戦会議は解散となった。すぐさま彼らは倉庫に向った。
 倉庫に到着すると、神崎たちはまずスポーツウェアから空挺戦闘服に着替えた。それにタクティカルベストを身に付け、予備弾薬を持った。武器は神埼と藤原がダットサイト付きのLMT・CQB16。吉岡がM249PARA。村瀬はCQB16にM203A2グレネードランチャーと吉岡の予備弾薬。大川はM110SASSスナイパーライフルという構え。拳銃は全員ワルサーPPQだった。装備を身に着けてフェイスペイントを塗り無線機のチェックを行うと、そのまま彼らは駐機しているC‐130Hに後部ドアから乗り込んだ。機内にはFN・MAG機関銃と96式てき弾銃を装備し、強化装甲と偽装ネットを取り付けた戦闘使用の高機動車が二台。空挺投下用のパレットに載せられていた。神埼はその二台の高機動車に見とれながらこう呟いた。
「すげえ、普段駐屯地で使っているのとは訳が違うぞ」
「ランドローバーやメルセデスを導入しても良かったのだけれどコストが掛かってね。結局あるものを改造して使う事になったのよ」
 藤原が答えた。
「パレットに乗っているという事は、俺達に空挺降下しろって事か」
「そうよ、事態は一刻を争うわ。行きましょう」
 藤原がそう答えると、彼らは機内の座席に座って、エンジンスタートと同時に後部ランプドアが閉まるのを見届けた。そうして機体がゆっくりとタキシーウェイに流れてメイン滑走路に辿り着くと、C‐130Hは神崎達を乗せて中央アフリカへと飛び立った。

 この狭く汚い部屋に閉じ込められて、どれ程の時間が経ったのだろう。恐らく二日も経っていない筈だが、美咲には何日も前からここに閉じ込められているような気がする。ここ二三日で余りにも多くの出来事が起こってしまった。訳の分からない武装集団に捕まり、目の前で両親を殺された。息する暇もなく悲劇と自分に降りかかるストレスのせいで、涙を流すのさえ忘れてしまった。今はただ疲れた。何処か心の休まる場所が欲しい。と美咲は思った。
 部屋の外では武装集団の男達が現地の部族語で何か話している。私の処刑方法を話し合っているのだろうか、フランス語か英語で話してくれれば内容が分かったが、分かったら余計に心が先細りするだろうと思って、気にしないことにした。そして少し寝ようと目を閉じた。
 すると、彼女を閉じ込めている部屋のドアがゆっくりと開いて、三人の男達が不適な笑みを浮かべながら入って来た。その表情に美咲はおぞましい感触を背中に感じると、すぐさま起き上がって壁の方へと後ずさりした。
「日本人のお嬢ちゃん。悪いけれど大人しくしてくれよ」
「・・・大人しくしていますよ。何するんですか?」
 入って来た男の一人がフランス語で話すと、美咲は震えた声で答えた。すると後ろに居た男二人が美咲の背後に回りこみ、肩を抑えて彼女を無理やり押し倒して押さえつけた。
「嫌・・・お願い止めて」
 美咲は思わず日本語で懇願して、自分を守ろうと両足をバタつかせた。だが男達はそんな事お構い無しに美咲の履いていたカーゴパンツを脱がし、白い下着だけにした。
 お願い。早く終わって・・・美咲は男が自分に覆いかぶさる前に、小さくそう願った。

 神埼達を乗せたC‐130H輸送機は、エチオピアとスーダンを越えて、チャドと中央アフリカの国境地帯近くを飛行していた。既に太陽の光は西に沈み、機内の照明は赤色の非常灯に切り替わっている。エンジンの轟音が響く機内ではパラシュートを身に着けた隊員達が武装された高機動車を挟んで向かい合わせに座席に座り、降下までの時間を今か今かと待ちわびていた。
「神埼さんは何で自衛隊に入ったんですか?」
 神埼の横に座る村瀬が神埼に尋ねた。
「俺が中学の時にイラク派遣があってね、他所の国に何時殺されるか分からない恐怖と共に行くのはなんだろうって思って、高校を出たら入隊した。そして教育隊とかで戦闘訓練受けるうちに、人を殺すってどういう事なんだろうって疑問に思って、この部隊の入隊試験を受けた。それでだらだらと色んな戦場に駆り出されて、現在に至る訳だ」
 神埼の言葉に村瀬は疑問を呈したくなったが、何も言わない事にした。恐らく、戦場に長く居るとこういう感情に陥ってしまうのだろう。
「村瀬は何で入った?」
 今度は反対側に座る吉岡が村瀬に尋ねた。
「自分は人の役に立ちたいと思っただけです。そしたらもっと自分を高いところへ持って行きたいという気持ちが芽生えて、ここの入隊試験を受けました」
「失敗だな。人の役に立つ事は自衛隊以外にも色々あるぞ」
 神埼がそう皮肉を漏らすと、奥に座っていた田所が機内の中央へと歩いてきて隊員達に聞こえるよう大きな声でこう話した。
「いいか、目的は捕らえられている人質の確保だ。その為なら政府軍兵士だろうが何だろうが邪魔になるものは全て排除しろ。降下したら目標地点近くまで車で移動。その後は人質を救出した後回収地点へと急げ、突入は大川班。菊池班は大川班の援護。俺は菊池班、藤原二尉は大川班に同行する。以上だ」
 訓示が終わると、暫く彼らは無言になった。神埼は大川を挟んで向こう隣に座る藤原をちらりと見たが、小難しい顔をして視線を中に結んでいた。恐らく実戦経験が無いのだろう。まあ誰にでも初めてはあるか。と神埼は自分に言い聞かせた。
「降下用意!」
 田所が叫ぶと、彼らは座席から立ち上がってパラシュートの最終チェックを行った。
 降下地点に着くと、C‐130Hの高度が一気に下がって、機内のクルーが後部ランプドアを開けた。エンジン音がより一層高くなり冷たい暴風が機内に轟音と共に吹き込んできて、彼らの心を戦闘モードに切り替えた。
「降下!」
 田所がそう叫ぶと、まず最初に投下パレットに載せられた2台の高機動車が落とされ、漆黒の上空にパラシュートの花を咲かせた。それに遅れて神崎達隊員達も次々と降下した。久々の空挺降下という事もあり神埼は少しどぎまぎしたが、パラシュートが開くとそれも消え去って、後は思考がクリアになった。
 さて、これから上手く行くといいな・・・神埼は漆黒の空に浮かびながらそう思った。

 パラシュートで降下すると、神埼はパラシュートを棄てて、暗視ゴーグルで周囲を確認しながら銃を構えて、車両の降下地点へと向った。車両の降下地点に辿り着くと、大川と吉岡が高機動車からパラシュートを取り外している所だった。神埼は無言で駆け寄り高機動車を固定しているパレットを外すと、藤原と村瀬がやって来た。そして高機動車から降下用具一式を全て外すと、彼らは車両に乗った。
「こちら大川。全員集合し車両に搭乗。藤原二尉も一緒です」
 助手席に乗った大川が搭載されている無線で田所に連絡を入れた。
「了解。こちらも準備完了だ。これより合流地点に向かい、目標地点に向う」
 田所が答えると、大川は運転席に座った吉岡に向って「発進だ」と小さく告げて、発進を指示した。96式てき弾銃を取り付けた銃座には村瀬が座り、神埼と藤原は後部座席に座って後方を警戒した。神埼は藤原に何か言おうかと思ったが、不謹慎だと一括されるのが嫌で何も言わない事にした。
 荒れた路面を走り、GPSを頼りに集合地点まで辿り着くと、少し遅れて菊池班の高機動車がやって来た。彼らはそのまま闇夜のサバンナを進み、目標地点まで向った。
 目標地点の二キロ手前の林まで来ると、彼らは車を停めた。ここから先は敵に気づかれないよう徒歩で行くしかない。神埼達はバックアップに田所の部隊を置いて、藤原と共に目標地点に向った。先頭は神埼、その後に吉岡、藤原、村瀬、大川の順で進んだ。
 暫く歩くと、人質の捕らえられている建物の200メートル近くまで辿り着いた。大川はハンドシグナルで神埼に偵察に向うよう指示した。神埼はそれを了承すると、匍匐前進で問題の建物へと向った。するとその後ろを、藤原が同じく匍匐前進で進んできた。
「何でくるんだ」
「私はこの作戦の全てを把握する義務があるわ」
 その藤原の言葉に神埼は答えなかった。今の囁き声で敵に位置がバレたかも知れない。そうなったら真っ先にこいつの責任にしてやると神埼は思った。
 建物に近づくと、恐らく日本から中古で流れてきたであろうトヨタ・ダイナのダンプカーが一台と、AK‐47を持った歩哨が四人、赤十字と国境なき医師団の標識を掲げた建物の脇に立っているのが見えた。ここを占拠している人数は恐らく十人はいないだろう。さらによく確認すると、診察に来た住人達が地面に座らされ、歩哨の監視を受けている。建物から何も聞こえてこないという事は、人質が大人しくしているという事なのだろう。神埼はメモに敵の配置と建物の位置を記録すると、藤原を連れて匍匐前進で大川の所に戻った。
「警備が甘いのはどの辺りだ」
「建物西側です。地面に座らせられた連中が気づいたら厄介ですが。後、身を隠すものが殆ど無い。ちょっとこっちには不利ですよ」
 大川の言葉に神埼が答えると、大川は困ったような顔で唸った。そして暫く沈黙した後、こう口を開いた。
「俺は狙撃ポジションに着いて援護する。お前は他のメンバーと一緒に突入してくれ。藤原二尉を連れてな。目標を確保したらここから100メートル東で合流だ」
「分かりました」
 神埼は静かに同意した。
 突入計画が纏まるとその計画はすぐさま実行になった。神埼が先頭で藤原が続き、その後ろに村瀬と吉岡が続いた。武器をCQB16からサプレッサー付きワルサーPPQに持ち替えると、音も立てずに侵入して建物に近づいた。すると狙撃ポジションに着いていた大川が狙撃銃で反対側の歩哨を一人倒す音が聞こえた。そうして警戒位置に着いていた歩哨の頭に銃弾を一発撃ちこんで始末すると、そのまま建物の壁に張り付いて入り口のドアに近づき、中の様子を伺った。中では警備の敵が部族語で何か話ている。神埼はハンドシグナルで突入の合図を図ると、タクティカルベストのポーチからスタングレネードを取り出して、ピンを抜いてドアを開けた。そうしてスタングレネードを投げ込むと、気づいた中の男達が素っ頓狂な叫び声を上げた。投げ込んだスタングレネードが爆発すると、神崎たちは一気に突入して、慌てふためく敵をCQB16で倒した。続けて突入した藤原がもう一人の敵を倒すと、今度は村瀬が突入した。入り口に援護の吉岡を残して三人は建物の中を捜索し、囚われている美咲を探した。隣の部屋に入ると、一人の敵兵が無線機のマイクを持って何かを話しかけていた。神埼はすぐさま銃の引き金をダブルタップで倒したが、無線機の電源が入っていた為にその銃声は敵に聞こえてしまった。さらに二連射して無線機を壊したが、敵の増援が来てしまうのは時間の問題だった。
「くそ!こっちの存在がバレたぞ」
 神埼は叫んだが、反応は無かった。さらに奥に進むと、彼ら三人は部屋の片隅で小さく蹲っている人影を彼は見つけた。着衣は乱れていたが、意識はあるようだった。
「こちら藤原、救出目標を確保」
 藤原がそう無線で報告すると、彼女は蹲っている美咲の元へと駆け寄った。
「大丈夫よ安心して、助けに来たわ。歩けるわね?」
 藤原は日本語で声を掛けたが、美咲の反応はゆっくりだった。やがてか細い声で「誰・・・」と美咲が呻くと、藤原は美咲の顔を見て、彼女に何が起きたのかを理解した。
「歩けるなら早く連れて帰るぞ。すぐに敵が来る」
 神埼が漏らした。
「待って、彼女は両親を殺された挙句にレイプまでされたのよ。すぐには・・・」
「急がないとその子だけじゃなく俺達まで酷い目にあうぞ。俺達はくたばっても靖国神社には入れない。知ってるだろ」
 神埼の言葉に、藤原は折れた。そうして美咲を立たせると、入って来た入り口に向かって歩き出した。
「こちら神埼、目標を確保。これより脱出する」
 神埼は無線でそう指示すると、美咲を四人で護衛しながら大川との合流地点へと向った。だがその時、自分がさっき確認した敵の数と倒した敵の数が合わない事に気づいた。すると、座らせられていた他の人質の中からAK‐47を持った敵が二人ほど飛び出してきて、彼らに銃口を向けた。
「伏せろ!」
 神埼がそう叫ぶと同時に、敵兵はAK‐47の引き金を引いた。すぐさま神埼達との間で撃ち合いになったが、一人が大川の撃った弾丸に頭を撃たれて倒れ、もう一人の敵も神埼の放った弾丸に倒れた。他の人質達が叫び声を上げながら散り散りになると、後には倒れた敵の兵士の死体だけが残った。
「何よ、ミスしているのはあなたの方じゃない」
 藤原が怒った。
「女がいて調子が狂っているだけだ」
 神埼がそう返すと、藤原は神埼の頬を殴った。痛みを感じた神埼は藤原を殴り返そうとしたが、拳を上げた瞬間村瀬に静止させられた。
「止めて下さい。今は脱出地点に向うのが先です」
「くそ!」 
 途中で止められた神埼はそこで折れて、代わりに藤原を睨み返した。そうして大川との合流地点に辿り着くと、そのまま美咲を連れて車両を置いてきた地点へと向った。
「こちら大川、南西の方角より進入します。周辺警戒をお願いします」
「こちら田所、了解。よくやった」
 暫くすると、神崎達は田所と菊池班の入る場所に辿り着いた。そして高機動車に美咲を乗せると、素早く乗車してその場を後にした。既に東の空に太陽が上り始め、空を明るく染め始めていた。
 彼らは待ち伏せを警戒し、50メートル間隔で、元来たルートとは別のルートで回収地点へと向った。高機動車のキャビンに揺さぶられながら、神埼は藤原とその隣に座る美咲の事を眺めていた。
「大丈夫?もうすぐ日本に戻れるわ」
 藤原は美咲に優しく声を掛けたが、美咲は疲れているのか何も反応しなかった。
「事情聴取なら、日本に帰ってからにしなよ」
「あなたにとやかく言われる筋合いは無いわ」
 藤原は明らかに侮蔑の念をこめて神埼に言った。
「何だと!?」
「神埼、やめろ」
 神埼は怒りを顕わにして、藤原に食い下がろうとした。だがそれを見ていた大川に一括された。
「ミスがあっとはいえ作戦は成功したんだ。今は安全に帰る事だけを考えろ」
 その言葉に神埼は押し黙った。そうして気まずい雰囲気が流れると、車内は沈黙に包まれた。神埼はキャメルバックからストローを出して水を飲むと、腕時計を見て時間を見た。予定通りに事が進めばあと30分も経たずに回収地点に辿り着く。それまでの辛抱だと思った。
 だが次の瞬間、先頭で大きな爆発音がした。何だと思って先頭の方を振り向くと、爆風と共に先頭の高機動車が激しく燃えていた。フロント部分は完全に吹き飛び、運転手と助手席に居た隊員は炎に焼かれているのが見えた。燃え盛る車両から一人の隊員が何とか脱出してくると、それと同時に進行方向右側から激しい銃声が鳴り響いて、50人ほどの敵が迫ってくるのが見えた。
「畜生待ち伏せだ!」
 運転席の吉岡が叫んだ。神埼は先頭の高機動車と敵の攻撃方向を交互に見ながら、こう叫んだ。
「吉岡、先頭に近づけ!まだ生きている奴を助ける」
 それと同時に吉岡はアクセルを踏み込んで、先頭車両に近づいた。銃座に着いた村瀬が96式てき弾銃を敵に向って撃ち始めると、神埼は座っていた美咲を無理矢理伏せさせて、銃を手に取った。
 銃で迫り来る敵を攻撃しながら燃え盛る先頭車両に近づくと、大川と藤原は辛うじて脱出出来た隊員を掴んで高機動車に引き上げた。
「田所三佐。無事ですか!?」
「なんとかな・・・部下を四人も失った」
 痛みに堪えながら田所がそう漏らすと、吉岡は高機動車をフル加速させてその場を離れようとした。だがエンジンが唸り声を上げると同時に敵の銃弾がボンネットに命中して、シリンダーヘッドを破壊してオイルを噴出させた。
「エンジンをやられた!」
「下車戦闘!」
 大川が吉岡の言葉に続けると、彼らは銃を手に取り高機動車から降りた。迫り来る敵に手当たり次第に撃ち返していると、大川はこう叫んだ。
「吉岡、村瀬!お前らは田所三佐と美咲を連れて逃げろ、ここは俺達で食い止める」
「ですが・・・」
 村瀬が漏らした」。
「構うな行け!救出した人間を死なせる訳には行かない」
 大川がそう叫ぶと、二人は負傷した田所を引きずり、美咲を連れて近くの森へと消えていった。残ったその場に踏みとどまり、襲ってくる敵に応戦した。
「手榴弾!」
 大川がそう叫ぶと、神埼と藤原はポーチに着けていた手榴弾を投げて、迫ってくる敵を足止めした。すると、敵の一部が彼らの左側に回りこんできた。
「左に敵!」
「了解!」
 藤原の言葉に、神埼が答えた。神埼が左に回りこんだ敵に攻撃を加えると、大川がこう叫んだ。
「50メートルウサギ飛びで後退!森の中に逃げ込む」
 その言葉を合図にして、まず神埼が後退した。そして新しい弾倉を銃に装填すると、また振り返って今度は後退する大川と藤原を援護した。そうして神埼のラインまで後退すると、再び神埼が後退した。それを繰り返して、三人は森の中に入った。
 森の中に入ると、敵の追撃が幾らか弱まった。神埼は無線で吉岡を呼び出すと、現在位置は何処かと聞いた。
「こちら神埼、お前らは何処にいる?」
「森の奥の多少開けた場所だよ。警戒態勢に着いてる。来るなら早く来い」
 神埼達三人はその言葉を聞くと全速力でその場所へと向った。
 
 森の開けた所に吉岡と村瀬は田所を担ぎ込むと、吉岡はその場で周辺警戒の体制を取った。負傷した田所は左足に高機動車の車体の破片が刺さっており、そこから酷く出血していた。美咲は誰からの指示を受けることも無く負傷した田所の患部のズボンを引き裂くと、村瀬に向ってこう言った。
「包帯・・・圧迫包帯とガーゼか何かありますか?急いで止血しないと」
「ちょっと待ってくれ」
 村瀬はそう漏らすと、身に着けていたタクティカルベストのポーチの中から、応急医療セットを取り出した。美咲は上に着ていたヨットパーカーを脱いで、Tシャツ一枚になった。そして消毒パウダーを患部にぶちまけると、ガーゼを当てて包帯を巻いた。
「私が手当てします。あなたは担架か何か用意してくれませんか」
「あ、ああ」
 村瀬は曖昧に答えるとその場を離れて担架に良さそうな木の枝を捜した。そうして大人一人の体重を支えられそうな二メートルの木の枝二本を見つけると、神埼達が彼らの元にやって来た。
 大川は神埼と藤原に周辺警戒を指示すると、警戒位置に就いていた吉岡に駆け寄って状況を聞いた。
「状況は」
「助けたお嬢ちゃんが田所さんの手当てをしてくれましたよ。今運ぶ為の担架をこしらえているところです」
「了解、分かった」
 大川はそう答えると、近くに居た神埼を呼んだ。
「神埼、お前戦闘服の上脱げるか?担架の布にする。脱いだら村瀬に渡せ」
「分かりました」
 そう答えると神埼はすぐさま銃を置いて、戦闘服の上を脱いでオリーブドラブのTシャツ一枚になった。そしてそれを村瀬に渡すと、再びタクティカルベストを身に着けた。
 背後では美咲と村瀬が枝と脱いだ服を使って担架を作っていた。そして担架が出来上がると、その上に田所を乗せた。本当は生理食塩水のパックがあればよかったのだが、そんな物は高機動車と一緒に燃えてしまった。
「俺と村瀬で担架を担ぐ。残りの三人は後方警戒を頼む。ここから回収地点まで1キロちょっとだ、みんなで生き延びるぞ」
 大川と村瀬が田所の乗った担架を担ぐと、残った三人は警戒態勢を保ちながら大川達の後に続いた。
「ロケットランチャーとかクレイモア地雷は無いのかよ」
「そんなもん、高機動車と一緒に燃えちまったよ」
 神埼の疑問に吉岡が答えた。聞かなきゃ良かったよ・・・と毒づこうと思った瞬間、夏休みの時に遊んだ花火に似た音が、彼の耳に響いてきた。
「RPG!」
 神埼がそう叫ぶと、飛んできたロケット弾は近くの木に直撃して、火球と爆発音を撒き散らしながら木を粉々に砕いた。三人は衝撃波で転びそうになったが、すぐに立ち上がって迫り来る銃撃の音に向って、持っている銃の銃口を向けた。
 三人はその場に踏みとどまって、迫り来る敵を押し留めた。そしてまた手榴弾を投げて敵を足止めすると、再びウサギ飛びで後退した。そうして200メートル後退すると、再びRPG7の弾頭が彼ら三人の元に飛んできた。その弾頭は藤原の近くの地面に命中して、爆風と衝撃波で藤原の身体を吹き飛ばした。
「藤原!」
 神埼は敵を撃ちながら、藤原の下に駆け寄った。そして辛うじて意識を保っている藤原を何とかして起こすと、そのまま引きずって安全な所へと移動させた。
「何よ、見捨てれば良かったのに・・・」
「この作戦の全てを把握する義務があるんだろ、だったらこんな所でくたばるな」
 神埼は藤原を立たせると、「戦えるな」と続けて声をかけた。藤原は静かに頷くと、銃を持って後退した。
「こちら吉岡、藤原二尉が負傷。大川さんは今何処に?」
「こちら大川。回収地点の森が切れた岡の頂上に居る。急がなくていいから落ち着いて来い」
 その言葉は神埼と藤原にも届いたが、答えた者はいなかった。何とかして大川達の居る所まで辿り着くと、彼らは全周警戒に着いた。
「班長、救援要請は?」
 神埼が尋ねた。
「緊急用無線機があったからそれで連絡しておいた。だが最低でも一時間は掛かるそうだ」
「間に合わなかったらごめんなさいですか」
 神埼はそう毒づいた。予備弾倉と手榴弾を自分の近くに置くと、敵の一団がぞろぞろと森から飛び出してきた。数は確認できただけで20人。恐らくさらに増えるだろう。ダブルタップで銃を撃ちながら敵を食い止めた。防御陣の中央に田所と共に居る美咲は、地面に同化するくらい身を伏せて、耳を塞ぎ地面をえぐる跳弾と鳴り響く銃声の恐怖に震えていた。
 敵の銃撃は次第に勢いを増し、彼らの陣地にもRPG7の弾頭が飛んできた。幸い照準が高く直撃する事は無かったが、弾頭が通り過ぎる時の飛翔音は彼らを震え上がらせるには十分だった。いずれは迫撃砲も登場して撃ちこんで来るだろう。そうなったら終わりだ。
「あたし達どうなるの?」
 藤原が漏らした。
「知るか!生き残る事だけを考えろ」
 神埼がそう返すと、デグチャレフ機関銃を括り付けた敵のテクニカルが一台、彼らの方向に向ってくるのが見えた。そして銃口から重い銃声と共に炎を吐き出すと、放たれた12・7mm弾が彼ら付近の地面を抉った。
「重機関銃だ!」
 神埼が叫ぶとその言葉を聞いた大川が反応すると、彼の近くで小型迫撃砲の砲弾が炸裂した。大川は「うわっ!」と小さく悲鳴を上げると、右肩をおさえてその場に仰向けになった。
「班長!」
 神埼が叫びながら振り返ると、大川の右腕は砲弾の破片でぱっくりと皮膚と筋肉が引き裂かれ、白い骨が薄っすらと見えていた。
「村瀬、班長の手当てを!」
 神埼はそう叫んだ。このまま皆殺しにされるのか?と神埼は思考の片隅に恐怖と死の意識を覚えた。すると、敵兵の一人が雄叫びを上げながら突撃してきた。まずい!と神埼が振り返ろうとした瞬間、誰かがその敵を倒した。
「何してるの、殺されるわよ!」
 敵を倒したのは藤原だった。その一言に神埼はハッとすると、元の位置に戻って敵を攻撃した。そして弾が切れると新しい弾倉を装填しようとした。だがもう弾が入っている弾倉はもう無く、弾切れを起こしてしまった。慌てて神埼は銃をCQB16からワルサーPPQに持ち替えると碌な照準せずに銃を闇雲に撃った。いよいよか、と神埼は自分の中で何かが落ちるのを感じた。
 すると、彼らの無線機に一本の通信が入った。
「こちらハンマーヘッド。誰でもいい、聞こえるか?」
 耳に入って来たのは日本語だった。
「誰だ!俺達の回線に入って来たのは」
「誰だっていいだろ、助けに来たんだ。スモークで位置をマークしろ」
 無線の相手が指示すると、神埼はタクティカルベストからスモークグレネードを出して、近くに投げて位置をマークした。スモークグレネードから小さな火柱が上がって赤い煙が充満すると、その煙は風に流されて彼等の方に漂ってきた。
「スモークは赤。森から敵がわんさかと来る何とかしてくれ」
「了解だ」
 無線の相手がそう答えると、彼らの頭上にヘリコプターの爆音が鳴り響いた。何だと思って見上げると、そこには二機のタイガーHAP戦闘ヘリが二機、森に居る敵に向って機銃掃射とロケット弾攻撃を加えた。敵もそれに気づいて攻撃を加えたが、二機の戦闘ヘリの火力の前には無力も同然だった。そうして暫くすると、テイルブームに「フランス陸軍」と書かれた二機のAS532ULクーガーが飛来し、一機が側面ドアを開けて彼等の元に降り立った。強烈なダウンウォッシュと共にフランス陸軍の兵士3人が降りてくると、遅れて陸上自衛隊の戦闘服に身を包んだ男が降りてきた。男は神埼達の下に歩み寄るとこう名乗った。
「陸上自衛隊情報本部所属。三等陸佐岡谷一俊。ご苦労だったな」
 岡谷は神埼にそう自己紹介した。すると近くに居た藤原が岡谷に敬礼した。
「ありがとうございます、岡谷三佐。人質は無事救出しました。田所三佐と大川陸曹長が負傷です」
「ご苦労藤原二尉。すぐに収容する。中田お前も手伝え」
 岡谷がそう指示すると、彼の部下である中田翔壱一等陸曹が、フランス軍の衛生兵と共に担架に載せられた田所三佐をヘリに収容した。続けて神崎たちと美咲もヘリに収容されると、そのまま離陸してその場を離れた。後には無数の薬莢と爆発痕、それに敵の死体が残るだけだった。
「気分はどうだ?」
 飛び立ったヘリの機内の中で、岡谷は担架の上で横になる田所に声を掛けた。
「あまりいいとは言えないな・・・部下を四人も失ってしまったよ。俺のせいで」
「深く考える事は無い。どんな場所でも犠牲はついて回る」
 その言葉に、田所は視線を宙に結んで何も答えなかった。そうして話題を切り替えるようにこう漏らした。
「お前、南スーダンにPKOの部隊と一緒に居たんじゃなかったのか?」
「なに、ちょっと上の命令でこっちに派遣将校として中央アフリカに来ていただけさ。そしたら救援に向えってジブチから連絡が来て、ヘリ四機を借りて来ただけさ」
「顔が広いんだな。死んだ部下の収容と高機動車の処分を頼む」
「ああ、分かっているよ」
 田所は力なく答えた。
 その後方では神埼達四人が向かい合わせに座り、疲れ切った身体を機内に預けていた。藤原は応急医療キットで自分の腕を手当てしながら神埼にこう言った。
「さっきはありがとう。助かったわ」
「こっちこそ、あぶない所をどうも」
 神埼は不敵な笑みを漏らしながら、小さく答えたそして神埼が積んであったボルヴィックのボトルに手を伸ばすと、藤原が再び声を掛けた。
「ねえ、あたしの地元でよかったら一杯付き合わない?おごるわよ」
「地元って何処さ」
「横浜。馴染みの飲み屋があるの」
「そりゃいいね。付き合うよ」
 神埼はまた不敵な笑みを返して、そう答えた。
 美咲はヘリの窓越しに、遠ざかってゆく中央アフリカの大地を眺めていた。赤茶けた乾いた大地に、それを覆う緑と青い空。人間達が己の本能を剥き出しにして殺し合いを行っているというのに、どうして大地とは何の表情も変えないのだろう。きっと自然と人間の意志はまったく別物で、決して交わる事のない存在なのだろう。だとしたら人を殺す事も生かす事も、地球という器の上で繰り広げられる茶番劇の一つに過ぎないのかも知れない。 
 美咲は虚しさにも似た感情を噛み締めながら、流れる景色を唯呆然と眺めていた。
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