エピローグ・ラジオクレセント

文字数 4,451文字

「君島萌がお送りするラジオクレセント。今夜も安らぎと心地よさを求めて音楽をお届けしていきます」
ラジオクレセントは、FM局で毎週金曜、二十時から二十一時まで生放送している音楽情報番組だ。毎回冒頭の二十分はゲストが来て音楽談義を行っている。
萌さんはめっちゃ可愛い声のパーソナリティさん。この声なら、例え顔が多少悪くても許せちゃう。
うーむ顔も可愛いんだよなぁ。その上、胸が峰不二子ちゃん並みにデカいときてる。天は二物も三物も与えるんだな…俺は意識しないようにしていても目がいってしまう胸に見とれて話せなくなりそうで少し不安になった。
彼女はそんな目には慣れっこなのか、全く気にしない様子で一時間前に初めて顔を合わせた俺たちの事をゲストとして丁重に扱ってくれる。

「今日のゲストは今大、大、大注目のロックバンド、メジャーデビュー二年目のヨツカドの御三方をお迎えしました。それではリスナーの皆さんに自己紹介をお願いします」

萌さんにジェスチャーで振られた俺は、マサとツネをみた。ニ人とも揃って俺を指差している。お前が喋ってという合図だ。まあ、そうなるよな。
俺は緊張しつつも覚悟を決めて話し出した。
「はい。ヨツカドのギターボーカル担当、寺内シンノスケです」
俺はマサを指差した。
「ベースの国分マサミです」
「ドラム担当の早川ジョウです」
「よろしくお願いしまーす!」
俺たちは声を揃えて言った。
「はーい。ありがとうございます!今夜は九月にファーストフルアルバムを発売したばかりの、ヨツカドをお迎えしてお送りいたします!どうぞお楽しみに!」
萌さんは資料をめくりながら続ける。
「シンノスケ、これにサインして」コマーシャル中で音声は流れないはずだから普通の声で大丈夫なのに、マサのやつは小声でささやきながらCDを差し出してきた。俺はマサとツネのサインから少し離れた場所に自分の名前を書くと、真ん中に大きくヨツカドと書いた。リスナーの中から抽選でプレゼントのやつだな。

放送が開始されれば打ち合わせ通りの質問が待っている。
「まず気になるのはこのバンド名なのですが…」
もう何百回答えた質問だ。これはツネの担当となっている。
「はい。どんな意味かはみなさんのご想像におまかせしています。辞書をひいて出てきた意味を当てていただいても、なんでも大丈夫です。ね?」
次はマサの番。
「そうなんです。シンノスケが作る歌も、読んで意味が分かるのも少ないですしね」
最後は俺の番。
「いやぁ〜いつも意味が分かりにくくてすみません。みなさんの想像におまかせしちゃってますね。聴きながら想像力を鍛えてもらうってことで…」
ここで、マサ、ツネが笑う。パーソナリティの君島さんも笑った。良かった。とりあえず掴みは大丈夫。萌さんが可愛い声で続ける。
「バンド名の秘密はリスナーの皆さん一人一人の中にあるってことですね!なるほど。続いての質問ですが、お三方はどのような形でバンドを組むことになったんですか?」
これも聞かれ慣れた質問だ。まずツネが、
「僕たちは幼馴染なんですよ。高校一年の時の文化祭で演奏したのが始まりでした」
萌さんが予定通りの質問を挟んでくれる。
「へぇーみなさん小さなころからお友だちなんですね。シンノスケさん今はギターをされてますけど、アルトサックスも吹けるとうかがいましたが…」
次は俺の番。
「そうなんですが…僕は中学から吹奏楽部でアルトサックスを吹いていたんですが、とっても下手で、ソロの多い楽器だからよく顧問の先生に怒られてました。家の近くに海岸があって、そこだったら変な音を出しても迷惑じゃないだろうと練習していたら、マサもジョウも家にある楽器を持ってきて一緒にやるようになって。それでバンド組むことになったんですよ」
萌さんが話し出す。
「なるほどーそうなんですね。初めて聞きました。ありがとうございます。
さて、それではここでリスナーの方から頂いたメッセージを紹介いたします。今日も本当に沢山のメッセージありがとうございます」
マサの前に紙が置かれた。ラジオ局であらかじめ選ばれた質問メールを読む。
「では、ベースのマサが読みますね。ラジオネームつねつくねさん。今日はヨツカドが来ると聞き、楽しみにしていました。ジョウくんに質問です。ジョウくんはいつもステキなTシャツを着ていますが、それは衣装ですか?音楽に関係ない質問ですみません。医学部出ていて頭も良くて、ドラムも上手くてカッコいいジョウくん、大好きです!」
マサは途中からゆっくり、とくに、大好きですのところを超低速で読んだ。それを聞いて萌さんが笑う。うまいなマサ。
「マサくん僕へのお手紙を丁寧に読んでくれてありがとう。つねつくねさんもありがとうございます。音楽と関係ない話題も大歓迎だよ。Tシャツは、僕の私物です。ライブ毎に変えています。好きなアーティストや、休みの日に行く博物館や展覧会で買ったものが多いかな。趣味で集めています。こだわって選んでるから、つくねさんが気づいてくれて嬉しいよ。ありがとう」
ツネがいつもの調子で丁寧に、優しい雰囲気のまま話す。はぁ…良いよなぁ。顔が見えなくてもつくねちゃんは今頃喜びに満ちてるよきっと。萌さんもうっとりしながら聞いちゃってるもの。次俺の番なのにやりにくいな…。
ようやく我に帰った萌さんが、
「つねつくねさん、ありがとうございます。ファンの間では有名な話ですが、ジョウさんは大学の医学部をご卒業なんですよね。素晴らしいですね!はい。それではつぎのメッセージをシンノスケさん、どうぞ」
俺は元気よく読み始めた。
「はい。神奈川県のミカンさんからいただきました。ヨツカドの皆さんいつも素敵な音楽をありがとうございます。ニューアルバムリリースおめでとうございます。実は今日はみなさんのライブに私が初めて行った記念日でもあります。その日にラジオに出演されるということで嬉しくて思わずメールしました。四年前の今日、横浜のライブハウスでの対バンです。この時聞いたブラックホールという曲に心を打たれ、今に至ります。新しいアルバムには入っていない曲についてメールしてすみません。でも私はあの時に聞いたブラックホールとシンノスケさんの声が忘れられません。シンノスケさん大好きです。いつまでも歌い続けてください」
両隣でマサとツネがニヤニヤしてるのが分かる。大好きですなんてそうそう言われないから俺は途中から恥ずかしくなった。でもとてもとても嬉しかった。俺が今読んだこの紙はメールをプリントアウトしたただの紙だけれど、リスナーさんが選んでくれた大切な言葉だと思うと有り難くて手を合わせたくなる。いつまでも言葉を発しない俺を心配したのか萌さんが助け船を出してくれた。
「四年前というと、みなさんまだ本格的にデビューされる前ですよね?シンノスケさん、このライブ覚えていますか?」
「ミカンさん素敵なメールありがとうございます。僕があなたのことを知らなくてすみません。でも僕らの音楽が届いていてとっても嬉しいです。ありがとう。あ、すみません萌さん、うん。四年前の横浜。もちろん覚えています。僕らトップバッターだったんです。出だしの自己紹介で少し失敗してしまったし、みんなあの時一緒にやったDALIのファンだと思っていたから、みんな敵だ!と思っていました」
「敵…!ふふふ。面白いですね!」
萌さんが合いの手を入れてくれる。
俺は続けた。
「そう、周りはみんな敵!だから、あの頃に僕らの事を好きになってくれた人がいてくれたんだと思うと本当に嬉しいです」
マサが大げさに驚いた声をだす。
「おっ!シンノスケ嬉しさのあまり涙ぐんでますよー!ミカンさん〜、シンノスケ涙ぐんでますよ〜ありがとうございます〜」
ツネも続ける。
「マサ、からかわないの!」
俺は笑いながら
「いやぁ感動しましたよ〜今日ラジオ来て良かったな〜」
「メッセージにも出てきたブラックホールという曲は、まだみなさんが東京に出てこられる前に作られた曲ですよね。」
「はい。この曲は実は中学の時に土台を作っていた曲です。一番最初に曲らしい曲ができたっていうやつです。その時に作ったものと今のものとでは、歌詞も曲調も少し違うものですが、想い出深い曲です。とても。それがミカンさんの心に届いて良かったです。」
萌さんが質問する。
「CDにはされていないんですよね?でもライブでは必ず演奏されますよね。私この間の下北沢のライブで聞いて、曲に入る前のシンノスケさんの言葉を聞いて感動してしまったんです。今回のアルバムに入るのかな…って思っていたのですが」
「ありがとうございます。あの曲は多分ライブで皆さんに生の歌声で届けてこそ生きる曲だと思っているので、今のところCDに入れる予定はないんですよ。でもあの歌をそういう風に言っていただけて本当に嬉しいです」
「ライブで歌う前にシンノスケさん、必ず、大切な人に届きますように。って歌い始めるじゃないですか。ファンの間では、あの曲はシンノスケさんが恋人に宛てたメッセージじゃないかと言われていますが…」
「いやいや、違いますよ。ライブで言う大切な人は皆さんそれぞれにいると思うので、その人達を思いながら聞いてもらえれば嬉しいです」
スタジオの外からの指示を受け、萌さんが時計を指差す。
新曲を流すタイミングがきた。
「時間がたつのは早いもので、もうヨツカドの皆さんとはお別れになります。シンノスケさん、マサさん、ジョウさん、本日は素敵なお話をありがとうございました。それではラジオでは初オンエアとなる新曲をお届けします。シンノスケさん、曲紹介をお願いいたします」
「はい。それでは聞いてください。今夜は綺麗な三日月が見えます。この曲を聴きながら空を見上げてみてくださいね。ヨツカドで、『三日月に住む君へ』です。またお会いしましょう」

 次のライブの地に移動しなければならないため、曲が流れている間にスタジオを出る。
俺たちはホームページに載せる用の写真を撮って急いでタクシーに乗った。
東京から名古屋に向かう新幹線の車内で、俺たちはそれぞれ好きな事をして過ごしていた。マサはビールを飲みながら柿の種を食べている。ツネは音楽を聴きながら目をつむっている。俺は、次のツアーのためのセットリストの案を練っている。でも、小田原から熱海間の、あの海が見えるちょっとした距離、時間にしたら十秒もないくらいの所だけは、俺たち三人の目は左側に向く。家の車屋の看板、ツネの家の出窓、そして三人が集まったテトラポット。トンネルに入る手前の他の人からは寂れた港町の風景は、俺たちにあの楽しかった時を思い出させてくれるのだ。
タロはまだ、ヨツカド―って言ってるかな。
綾子おばあちゃんと信之介おじいちゃんは、今夜も星空を旅しているかな。
俺は窓から目をそらすと、一口、コーヒーを飲んだ。


                                  おわり

          
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み