九、吸い込まれるなら一緒に

文字数 4,207文字

次の日朝一番でかかってきた綾人さんの電話で、大みそかを長野のログハウスで過ごすことがきまってから、話はとんとん拍子に進んだ。
家族旅行というものをあまりしたことがない自営業の寺内喜之助と博子コンビはまず磯田家に電話をすると、おばあちゃんと磯やん(推薦組だから入試はあまり考えなくてよい)を年末年始預かることの許可を取った。
次に、博子がマサの家に走って行って(階段何段か降りるだけ)遥香が旅行中勉強の面倒を見ることで折り合いをつけた。マサの家のレストランはカウントダウンパーティーをやるとかで年末年始忙しいから、むしろ息子に構ってやれないので助かると言われたそうだ。
最後に、一番の難関である早川医院へは電話で三十分ほどの交渉の末、年明けの模試で成績を落とさない事と、家族の話し合いに応じる条件でツネを確保することに成功した。ツネのおじさんは最後まで渋っていたが、有名国立大学出身の遥香と綾人さんが一緒だと知ると、仕方なしに了承したらしい。頭が良いってすごいよな。
大みそかの朝五時。
黒いハイエースの車内はタイヤや工具の匂いがまだ少し残っていた。眠そうにパンを加えるマサと一緒に換気の為ドアを開けると、こもっていた空気が抜けて朝の冷たい風が流れ込む。一番後ろに遥香と優香が座り、その前の席に俺とマサが座った。
「まずツネの家に行くぞ!」
父さんが運転席から声をかける。マサはパンをかじりながら
「おんがいしーず(おねがいしまーす)」
と言った。車の外にはマサのおばさんとおじさんが仕事着であるエプロンを付けて見送りに来ていた。
「博子さん、息子をお願いいたします」
おばさんが言うとおじさんも深々と頭を下げた。
「はい。お預かりしましたよ。恵子さん。では行ってきますね」
母さんが言うと、ハイエースはツネの家へ向かって出発した。
「寺内さんお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」
ツネの家の前では、ツネのおばさんだけが待っていた。おじさんはいまだに納得がいっていないようだ。
「ジョウ、ちゃんとご挨拶するのよ」
おばさんの言葉にツネは、
「うん。分かりました。いってきます」
と答えると振り向くことなく俺の隣に座った。
磯やんの家に着くと、ピンク色のセーターを着てスノーブーツを履いてるおばあちゃんと半分目を閉じた磯やん、おじさんとおばさんが磯田屋の土産物袋をもって立っていた。
「おはようございます。博子さん悪いわね。樹だけじゃなくおばあちゃんまでお世話になっちゃって。おばあちゃんの長野のお友達には連絡してあるみたいなので、すみませんが連れて行ってやってください」
おばさんが話している間、おばあちゃんは人差し指を口にあてにこにこしながら聞いていた。樹によるとおばあちゃんは家の人たちに長野の友達が入院している病院に会いに行きたいって言ったみたい。嘘も方便だ。初恋の人に会いに行くなんていったらびっくりされるに決まっているもんね。俺もおばあちゃんの真似して人差し指を口に当てると下手なウインクを返した。
「朝早くからありがとうございます。どうぞよろしお願いします」
おばあちゃんは丁寧に頭をさげると、父さんのすぐ後ろの席に座った。
「では、出発しますよ」
「安全運転でお願いします」
父さん母さんの掛け声とともに、九人と荷物をパンパンに詰め込んだハイエースは小田川町を長野へ向かって出発した。途中のサービスエリアで昼ご飯を食べたり休憩をしたりしながら、渋滞を絶妙に避けつつ俺たちは午後三時に長野のスキー場に到着した。カーナビに従って進んでいくと、綾人さんのペンションはスキー場から少し離れた高台にあった。昨日降った雪が三十センチほど積もっていたが、きちんと雪かきされた駐車場から、歓迎されているという気持ちを感じて嬉しくなった。
「寺内さーん!ようこそおいでくださいましたー」
綾人さんのお父さんであろうことがすぐに分かるほどそっくりな男性がログハウスの階段を駆け下りてきた。
「長旅をお疲れ様でした。遠いところようこそ!」
父さんは車を止めると綾人さんのお父さんに向かってお辞儀をしながら言った。
「初めまして。遥香の父の寺内喜之助です。こちらは妻の博子です。あそこのピンクのおばあちゃんの手を支えているのが一番下の信之介です。」
「はーい初めまして!私が妹の優香です!十七歳です!」
車ではずっと寝ていた優香が元気に挨拶をした。俺はおばあちゃんの手を磯やんに渡したあと、雪ですべらないようゆっくりと移動した。
「初めまして。弟の信之介です。中三です。どうぞよろしくお願いします。」
遥香と磯やんに手を引かれ、綾子おばあちゃんがやってきた。
「初めまして。部外者ですのにお邪魔してすみません。磯田綾子と、孫の樹です」
そう言うとおばあちゃんは頭が雪についちゃうんじゃないかという位深くおじぎした。
「同じく、部外者の国分と早川です。シンノスケくんの友だちです。今日は宜しくお願いします」
ツネもマサと並んでしっかりと頭をさげた。
「いえいえ、みなさんこの度は遠いところをわざわざありがとうございました。さあ、寒いですからどうぞ中へお入りください」
「どうぞ!中へどうぞ!」
バンダナで髪をまとめ、エプロンをつけた綾人さんがログハウスの窓から顔を出した。
「綾人は今お茶の支度をしていまして。さあ、どうぞどうぞ」
雪の上なのにスキップをしながら歩く優香を先頭に皆それぞれ荷物を抱えログハウスへと向かった。三段ほどの階段を上がると木の香りがぷんとして、その香りがあまりにも素敵で思わず立ち止まった。
「うわあ、すごいなあ」
マサが天井を見上げ声をあげた。玄関を入ってすぐ正面に大きな暖炉があり、その周りに螺旋階段がある。二階へと続く螺旋階段を上った先には吹き抜けがあり、天窓から差し込む光が心地よく降り注いでいる。
「ちゃんと乾燥室もついてるね」
「ツネ、スキーやるもんな」
「父さんのほうのおじいちゃんによく連れて行ってもらったよ」
「どう?ここ素敵でしょう?」
遥香がうしろから嬉しそうに言った。
「遥香ちゃん、ここすごいよ。とっても素敵だよ」
ツネの言葉に遥香はもっと嬉しそうな笑顔になると、
「えへへ。ありがとうー」
といった。二階の手すりから綾人さんが顔をのぞかせて、
「皆さん、二階にお部屋を用意してありますのでどうぞあがってください」
「さあさあ、どうぞ荷物を置いて楽にしてくださいね」
綾人さんのお母さんの案内で螺旋階段をあがり、俺たちは部屋に入った。部屋は四人部屋と二人部屋合わせて八部屋あった。人数分のベットとテレビ、小さなテーブルと椅子があるこじんまりとした部屋だったが、どの部屋にも生花が可愛らしい花瓶にいけてあり、おもてなしの心を感じた。俺とツネマサ、磯やんは同じ部屋だった。
「部屋もかわいいな。この雰囲気好きだな。俺さあ新しい建物の匂いとか好きじゃないんだけどね、この木の匂いはいいね。いつまでも嗅いでいたいなあ」
磯やんはベットの側に行くと、大きく息を吸い込みながら倒れこんだ。
「この木の匂いは今日の楽しい記憶と共にインプットだな!」
マサも同じようにベットに倒れこんだ。俺もツネも真似をする。ベットのシーツは洗いたてなのだろう。ふかふかでとっても気持ち良かった。
「おい、シンノスケ、下の階でお茶を用意してくださってるぞ」
父さんの声に俺たちは急いで部屋を出た。
螺旋階段を降りると木の香りに加えて甘い香りが漂ってくる。
「クッキーかな」
「ケーキかな」
俺たちは想像を膨らませながら白い百合のステンドグラスがはまったドアを開けた。
そこは食堂になっており、真ん中に大きなテーブルが、そのまわりに小さなテーブルがいくつか設置されていた。テーブル一つ一つにも綺麗な花が活けられていて、その花からもとても良いにおいがした。
「どうぞどうぞお座りください」
大きなテーブルに案内された俺たちは、一つ一つ違う綺麗なお皿がセットされた席に着いた。
「はーいみんな、紅茶とコーヒーどちらがいいですか?」
いつの間にかエプロンと綾人さんとお揃いのバンダナを付けた遥香ねえちゃんがいた。
「俺、コーヒー」
「僕もコーヒーください」
「俺はなんかジュースとかがいいなー」
みな思い思いのものを注文した。ツネが立ち上がろうとしたところで、
「ツネ、今日は私達でやるから大丈夫!いつもありがとうね」
遥香は右手を上げるとキッチンへ入って行った。
しばらくすると、香ばしいコーヒーの香りと共に綾人さんのお母さんと遥香がやってきた。マサにはオレンジジュースが運ばれた。
「これ、つぶつぶ入ってる!」
「ジューサーで搾りたてだから美味しいよ」
かごに入ったクッキーを手に綾人さんが現れると、
「今、父は出かけているので、お茶をしながらお待ち下さい」
と言うとエプロンを外して綾人さんも席に着いた。綾人さんが焼いたというクッキーは、真ん中に赤いジャムやレモンのジャムの入った宝石のようなクッキーだった。
「赤いほうはラズベリージャム、黄色いほうはゆずジャムです。近くで農園をやっている友だちがつくっているんですよ」
綾人さんが言うとお母さんも、
「夏には果物狩りもできますからね。スキーが無くてもいつでも楽しめますよ」
クッキーは売り物じゃないか?ってくらいに美味しくて、ログハウスもクッキーも作れる綾人さんってほんとすごい人だな、なんて考えていた時だった。玄関の方から
「ただいまー。帰ったよー」
お父さんの声が聞こえてきた。綾人さんは遥香ねえちゃんと顔を合わせると、
「ちょっと失礼します」
と、食堂を出て行った。しばらくすると、スリッパが床を滑る音にまじって、コツコツと杖を突く音が聞こえてきた。ツネが、
「これはもしや」
と俺の顔を見る。俺はしばらく何が起こったのか分からなかったが、百合のステンドグラス越しに見えた三つの頭にピンときた。
「綾子おばあちゃん!」
遥香が俺の方をみてウインクした。そして綾子おばあちゃんの方を向くと、
「おばあちゃんにお客様です」
と、おばあちゃんが座っている椅子を引いた。ドアがひらくとそこには両脇を支えられ、杖を突いたおじいさんが立っていた。


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