ＨＥＲＯ
文字数 2,085文字
僕は一週間ぶりに自分の店だった場所へ赴いた。
ネット回線解約工事の立ち合いの為である。
先に来ていた業者に挨拶し、テナントへと入った瞬間、目に入った光景にショックを覚える。
居酒屋だった店の設備はすっかり撤去されていて、打ちっぱなしのコンクリートが露出していた。何もない、がらんとした空間。
業者はテキパキと作業をし、ものの十分ほどで工事は完了。書類にサインをして、退出の運びとなった。もう、ここへ来ることはないだろう。
その数日後から、僕はひどい鬱状態に陥った。心も身体も、重たい石を乗せたように辛く苦しく、何も手につかなくなった。
原因はあまりにも明らかだ。閉店により思い描いていた将来の展望が断ち切られたことと、開店時に負った借金の返済目途が立たなくなったことである。
だが、どうしようもなかった。経営状態の悪化は、新型ウイルスの感染拡大と完全にリンクする。企業努力でどうなるものでもない。営業形態そのものが、突如として時代に取り残されてしまったのだ。
―――死ぬか。
そう思って検索サイトで“自殺”や“安楽死”のワードを調べると、自殺予防相談窓口への連絡先がいくつも表示された。楽に死なせてもくれないらしい。
藁にも縋る思いで、以前一回だけ行ったことのある占い師のところへも行った。数か月すれば鬱症状が軽くなるので、そこまでは耐えろとのことだった。
鬱が数か月で良くなるものではないことは知っている。ばかばかしいと思いつつ、それでも生きる理由を与えられれば人間はそれに依ってしまうものらしい。
なんとか兄弟に生活費だけは工面してもらい、それから半年を鬱のどん底で過ごした。不安と焦燥感と恐怖で心はボロボロ。食欲もなく、生活リズムもめちゃくちゃになった。体重が２０キロも減った。
ようやく少しだけ軽くなってきた頃、以前店でスタッフをしていた同年代の男性から連絡が入り、久々に通話をすることになった。
「いま保育園の掃除のおじさんやってますよ。それだってなかなか見つからなくて」
「仕事があるならいいと思うよ。僕なんてまだ無職だもん」
「店長くらい有能なら、病気さえ治ればどこでもいけますよ」
「もう店長じゃないよ」
「すんません。なんか店長って“店長”のイメージしかないんすよね。俺もむかーしファミレスの店長やってたことありますけど、店長ほど経営のことしっかり考えてたわけじゃないし」
ここまで店長を連呼されると、指摘をする気も失せる。
「うーん、心配性なだけかも？」
「正直バイトの人間のこととか、どうでもよかったですもん。でも店長の下にいくとみんな仲間として大事にしてくれる感じで。居酒屋であんなホワイトな職場って他にないと思いますよ。ちゃんと有休まであった上に、最後ぜんぶ消化したことにしてくれたじゃないっすか」
「他を知らないから僕にはわかんないけどね……どうせ潰れるにしたって、お客さんにもスタッフにも、最後まで“いい店だった”って思ってもらいたいじゃん」
「うっわ、泣けるなぁ！ ヒーローじゃないっすか！」
「それを言ったら、あなたもヒーローだよ。よくシフトの穴埋めてくれてたし」
通話を切った後も、そのやりとりはずっと心に残っていた。
―――僕が“ヒーロー”？
苦笑する。ヒーローどころか、いまや完全に親類縁者きってのお荷物状態である。
だが、自分のような人間でも――おそらくは誰でも、ヒーローになれる瞬間はあるのだ。
まだいけるか？
この後も続いていく人生。再び誰かのヒーローになれるのなら。そんな淡い希望を捨てきれない。
―――“ヒーロー”、悪くない響きじゃないか？
* * * * * * * * * *
いつもの街
忙しない日常
それに埋もれていく
心の声
電車がくる
人の距離が縮む
時よ止まれ
ここから立ち去れ
押しつぶされそうな
命に嫌われる物語
埋め込まれた駆動体
生かすも殺すも自分次第
さあ今走りだそう
１，２，３
サイリウム掲げよう
暗闇を振り払え
臆病風
浮力に変えて
さあ飛び立とう
大空へと
いざ舞え
READY GO!!
ひとつになろう
ダンスしよう
バイオリズム高めよう
舞台はあなたの居るところ
そうあなたがこの世界のヒーロー
人との距離感は大事だけれど
優しさまで捨てることはない
心が痛むのは愛があるから
傷痕の数があなたのレベル
誰かが壊した
砂の大地に立つ開拓者
デブリをかき集めて
作りだせ機械仕掛けの女神
さあ今が人生
１，２，３
口笛を吹き鳴らそう
好きなものを探そう
憧れを羅針盤にして
さあ旅立とう
この世界
いまこそ
HERE WE GO!!
ひとつずつ越えていこう
休みやすみ進もう
舞台はあなたが行くところ
そうあなたが
あなたの歩む道は
他の誰のものでも
神さまのものでもないから
さあ立ちあがれ
何度でも
命の限り
常識を覆そう
自分の殻破ろう
舞台はあなたが決めるんだ
そうあなたがこの世界のヒーロー
* * * * * * * * * *
◆楽曲リンク『HERO / ゲキヤク』（2021/10/29 18:00～ 公開）
ニコニコ動画 ： https://nico.ms/sm39546896
YouTube ： https://youtu.be/zUYZOF4wjjE
ネット回線解約工事の立ち合いの為である。
先に来ていた業者に挨拶し、テナントへと入った瞬間、目に入った光景にショックを覚える。
居酒屋だった店の設備はすっかり撤去されていて、打ちっぱなしのコンクリートが露出していた。何もない、がらんとした空間。
業者はテキパキと作業をし、ものの十分ほどで工事は完了。書類にサインをして、退出の運びとなった。もう、ここへ来ることはないだろう。
その数日後から、僕はひどい鬱状態に陥った。心も身体も、重たい石を乗せたように辛く苦しく、何も手につかなくなった。
原因はあまりにも明らかだ。閉店により思い描いていた将来の展望が断ち切られたことと、開店時に負った借金の返済目途が立たなくなったことである。
だが、どうしようもなかった。経営状態の悪化は、新型ウイルスの感染拡大と完全にリンクする。企業努力でどうなるものでもない。営業形態そのものが、突如として時代に取り残されてしまったのだ。
―――死ぬか。
そう思って検索サイトで“自殺”や“安楽死”のワードを調べると、自殺予防相談窓口への連絡先がいくつも表示された。楽に死なせてもくれないらしい。
藁にも縋る思いで、以前一回だけ行ったことのある占い師のところへも行った。数か月すれば鬱症状が軽くなるので、そこまでは耐えろとのことだった。
鬱が数か月で良くなるものではないことは知っている。ばかばかしいと思いつつ、それでも生きる理由を与えられれば人間はそれに依ってしまうものらしい。
なんとか兄弟に生活費だけは工面してもらい、それから半年を鬱のどん底で過ごした。不安と焦燥感と恐怖で心はボロボロ。食欲もなく、生活リズムもめちゃくちゃになった。体重が２０キロも減った。
ようやく少しだけ軽くなってきた頃、以前店でスタッフをしていた同年代の男性から連絡が入り、久々に通話をすることになった。
「いま保育園の掃除のおじさんやってますよ。それだってなかなか見つからなくて」
「仕事があるならいいと思うよ。僕なんてまだ無職だもん」
「店長くらい有能なら、病気さえ治ればどこでもいけますよ」
「もう店長じゃないよ」
「すんません。なんか店長って“店長”のイメージしかないんすよね。俺もむかーしファミレスの店長やってたことありますけど、店長ほど経営のことしっかり考えてたわけじゃないし」
ここまで店長を連呼されると、指摘をする気も失せる。
「うーん、心配性なだけかも？」
「正直バイトの人間のこととか、どうでもよかったですもん。でも店長の下にいくとみんな仲間として大事にしてくれる感じで。居酒屋であんなホワイトな職場って他にないと思いますよ。ちゃんと有休まであった上に、最後ぜんぶ消化したことにしてくれたじゃないっすか」
「他を知らないから僕にはわかんないけどね……どうせ潰れるにしたって、お客さんにもスタッフにも、最後まで“いい店だった”って思ってもらいたいじゃん」
「うっわ、泣けるなぁ！ ヒーローじゃないっすか！」
「それを言ったら、あなたもヒーローだよ。よくシフトの穴埋めてくれてたし」
通話を切った後も、そのやりとりはずっと心に残っていた。
―――僕が“ヒーロー”？
苦笑する。ヒーローどころか、いまや完全に親類縁者きってのお荷物状態である。
だが、自分のような人間でも――おそらくは誰でも、ヒーローになれる瞬間はあるのだ。
まだいけるか？
この後も続いていく人生。再び誰かのヒーローになれるのなら。そんな淡い希望を捨てきれない。
―――“ヒーロー”、悪くない響きじゃないか？
* * * * * * * * * *
いつもの街
忙しない日常
それに埋もれていく
心の声
電車がくる
人の距離が縮む
時よ止まれ
ここから立ち去れ
押しつぶされそうな
命に嫌われる物語
埋め込まれた駆動体
生かすも殺すも自分次第
さあ今走りだそう
１，２，３
サイリウム掲げよう
暗闇を振り払え
臆病風
浮力に変えて
さあ飛び立とう
大空へと
いざ舞え
READY GO!!
ひとつになろう
ダンスしよう
バイオリズム高めよう
舞台はあなたの居るところ
そうあなたがこの世界のヒーロー
人との距離感は大事だけれど
優しさまで捨てることはない
心が痛むのは愛があるから
傷痕の数があなたのレベル
誰かが壊した
砂の大地に立つ開拓者
デブリをかき集めて
作りだせ機械仕掛けの女神
さあ今が人生
１，２，３
口笛を吹き鳴らそう
好きなものを探そう
憧れを羅針盤にして
さあ旅立とう
この世界
いまこそ
HERE WE GO!!
ひとつずつ越えていこう
休みやすみ進もう
舞台はあなたが行くところ
そうあなたが
あなたの歩む道は
他の誰のものでも
神さまのものでもないから
さあ立ちあがれ
何度でも
命の限り
常識を覆そう
自分の殻破ろう
舞台はあなたが決めるんだ
そうあなたがこの世界のヒーロー
* * * * * * * * * *
◆楽曲リンク『HERO / ゲキヤク』（2021/10/29 18:00～ 公開）
ニコニコ動画 ： https://nico.ms/sm39546896
YouTube ： https://youtu.be/zUYZOF4wjjE
