つまらないものですが

文字数 2,974文字

「ったくつまんねぇなぁ」

隼人はいつものようにゲームセンターで所持金を使い果たし、帰宅することにした。
帰り際にいちゃついているカップルでも見かけたらカツアゲでもするか。
隼人は親に似ず体格に恵まれた。生まれてこのかた、喧嘩で負けたことは一度もない。
銃撃戦でもなければ、誰にも負ける気はしない。

誇れることはそれくらいだ。

自分がどうしようもない人間のクズであるという自覚はある。
まだ高校生だが、この先もロクな人生ではないだろう。
いっそのこと本気で誰かが殺しに来てくれないか。一撃で脳天を撃ち抜いてほしい。

部屋へと向かう寂れた路地裏。唯一この世界で友といえる野良黒猫がゴミバケツの上で丸くなっていた。

「クロ」

勝手につけた名前で呼ぶと、一瞥をくれてまた丸くなった。
背中を撫でると、一声ニャアと鳴いた。

「生まれ変わったら俺も猫になりてぇわ」

だが、今は人間である。

「隼人くん」

急に呼ばれて振り返ると、このあたりをいつもウロウロしている面倒くさい爺さんがいた。
元警察官らしいが、いまは自主的に街を周って目を光らせている、狂ってるとしか思えない人間である。
喧嘩やカツアゲの現場に何度も顔を突っ込まれ、仲裁や説教をする。しかもこちらが引き下がるまで、たぶん一生引き下がらない。脅しも効かない。

「んだよ、今日はなんもしてねーぞ」
「説教を……しにきたわけじゃない……」

クロがゴミバケツの上から飛び降りて、爺さんの足元に歩み寄り、見上げて鳴いた。

「ん?」

爺さんはよく見ると左の脇腹を抑えていた。そして背後のアスファルトには、点々と赤いシミが続いている。
着ているスーツの脇腹も、すでに赤黒く染まっている。

「爺さん! どうしたんだよそれ!」
「気に……するな」
「うそだろ、誰にやられた」
「それはいい……これを……」

爺さんはスーツのポケットから鍵を取り出して隼人に寄越した。

「儂の家のカギだ……家族はいないが、犬が一匹いる……世話を、頼む」
「ちょ……いや、そんなことより、救急車を」

スマホを取り出してレスキューを呼ぶ。クロはどこかへ逃げてしまった。
入れ替わるようにして、ひとりの中学生らしき少年が爺さんに近づいてきていた。
黒いTシャツにデニムという、どこにでも居そうな普通の少年だった。しかし―――。

「あー死んでないか」

そう呟いた少年の手には、血濡れたナイフが握られていた。

「てめぇがやったんだな」
「だとしたら? あんたに関係ない」
「関係あるな。いつも世話になってるし、今も犬のことを頼まれた」

陽が沈もうとしていた。
爺さんが膝を折ってうずくまる。

「やめろ、喧嘩はよせ……警察を呼べ」
「させない。死んでもらう」

少年が抑揚のない声で言い、ナイフを構えた。

「死ぬのはお前の方だが、その前に爺さんをヤッたわけを訊いておく」
「……万引きを見られた。だから、殺す。あれ、ひょっとして怒ってます?」

太陽の残光に焼かれるようにして、隼人の怒りが燃え上がった。
自分の相手に相応しいクズだ。

「覚悟しろ、クソガキ」
「知ってますよ、隼人さんですよね。この界隈で一番の不良。でも残念だなあ。この爺さんを始末したら、あんたには喜んでもらえると思ってたのに」
「そうだな。俺も爺さんが居なくなればと思ってた。だけど気が変わった」
「情ってやつですか? 安いなぁ、つまらないなぁ、くだらないなぁ」
「俺は嬉しい。この世には俺以下の人間がいたってわけだ。よく来てくれた。お礼にぶっ殺してやるぜ」

その時、うずくまっていた爺さんが俺の足に手を伸ばした。

「よせ……暴力ではなにも……」

少年がケタケタと薄気味悪く嗤った。

「いいねぇ、いいねぇ! 茶番劇だねぇ! 死ぬほどつまらないねぇ!」

――シュッ。

思考よりも速く、隼人の拳が少年の顔面を捉えた。それをまともに食らった少年は2メートルほど吹っ飛んで地面に伸び、動かなくなった。少年の手を離れたナイフが金属音を上げて隼人の足元へ転がってきた。

「弱ぇ……」

ため息をつき、こんどは警察を呼ぶ。隼人は初めて、自分が警察官ではなく、この少年をこれ以上どうにもできないことを呪った。

ややあって、戻ってきたクロを撫でていると救急車とパトカーが来た。当然のように隼人が疑われ、署までご同行となった。

通された小部屋で、ひと通り事情聴取に答えた後、デスクの向かいに居座る強面の警察官に隼人は言った。

「あのさー、さっきも言ったけど俺、爺さんに犬の世話頼まれてんの。帰してくんない?」
「ダメだ。お前が殴り倒した少年の意識が戻って事情聴取できるまでは帰すわけにはいかん」
「爺さんは、無事? 死んでない?」
「病院で治療中だ」

ということは、まだ亡くなってはいないのだろう。なぜ自分は、あの爺さんの安否など心配しているのか。これが情というやつなのか。

「あとさー、警察官ってどうやってなるの?」
「は? お前、警察に入りたいのか?」
「まー、あれだよ、気まぐれってやつ?」
「ふざけるな、そんな覚悟で出来るほど甘い仕事じゃない」
「つまんなそうだもんね」
「なら、なぜなりたいんだ?」
「うーん……わかんない。俺、そういう風に思ったの初めてだもん。じゃあさ、おっさんはなんで警察やってるのよ。正義感とか? ありそうに見えないなぁ」

警察官は腕組みすると俺から顔を背けて言った。

「くだらない理由でね……俺も元々はお前のような不良だ。それで暴力団に入るよう誘われた。だが、俺みたいなクズが幅を利かせる世の中は間違っていると思った。それで警察に入った」
「そっか……」

バカはバカなりに、どうやら生きる道があるらしい。俺はどうなる? このおっさんのようになれるか? どうだ?
そんなことを考えるなんて、今日はどうかしてる。

「ほんと、つまんないこと聴いちゃったなぁ。あ、そうだ、カツ丼まだ?」
「カツ丼があれば自供するのか?」
「だーかーらー、爺さんを刺したのは俺じゃないって。ナイフから指紋採ればわかるって」
「それも含めて調査中だ」
「そうやって周りが動いてる中、おっさんは俺のお守りだもんな、貧乏くじだよね、つまんないよね」

警察官はそれを聞いて微笑した。強面の微笑は、たぶん他のどの表情よりも怖い。

「ああ、本当につまらないな」

* * * * * * * * * *

アア、つまらないや、アア

つまらないことを考えて
つまらない言葉で飾って
つまらない機械に叩きつけて
つまるところ「つまらないものですが」
アア、くだらないな

ひとの生き様を気にして
自分の生き方恥じらって
辛いツラ連ねて TO YOU
痛い CRY お通夜みたい

「どこか此処ではないないところへ」なんて
アア、時間をドブに捨てて
「消えてしまいたい」なんて
それすらもすぐに消えてしまうよ
つまらないね

ひとの言うことを気にして
自分の思い疑って
またつまらないことをする

アア、くだらないな
なにもかもが
この世界は
くだらないな

勘違いしていたい
人生は素晴らしいとか
運命とか
なんちゃら理論とか
愛するひととの誓いとか
死んだ後にも何かが残るとか
きっといつか報われるとか

アア、特に意味はないですが
今日もひっそりと
生きています

* * * * * * * * * *

◆楽曲リンク『つまらないものですが / 初音ミク』(2021/11/24 07:00~ 公開)
ニコニコ動画 : https://nico.ms/sm39664404
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