シューティングスター

文字数 2,720文字

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この物語はフィクションです。
実在の人物・キャラクター・人物関係・組織・事象とは一切関係ありません。
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定時後の企画会議。
始める前から生産性の低さが予想できる内容とメンツだったが、案の定、司会進行役の段取りの拙さもあり、とりとめのない意見が散発する無駄な時間が流れていた。すでに船を漕ぎ始めている参加者もいる。
その時だった。

(Set me free……Set me free……)

――うわっ、またか……。

本日、これで二回目のコール。
周りの人間には聞こえていない、僕だけが受信することのできる、謎のテレパシー。

「すいません、お手洗いに……」

言い訳をして会議室を抜け出し、テレパシーの方向を確かめる。

(Set me free……Set me free……)

誰かが助けを求める声が、どういうわけか僕にだけ届くようになった。もう一年ほど前の話。
会社帰りに同僚と飲み、家路についたときのことである。
何の前触れもなしに、今と同じく、“Set me free”の連呼が聞こえたのだ。
繁華街の雑踏の中、その声に反応する者が僕以外にいないこを不審に思いながら声のする路地裏へ足を踏み入れると、華奢な女性がガラの悪そうな男たちに囲まれているのが目に映った。

「お嬢ちゃんよォ、つれねぇこと言うなよォ。ちょっとばかし身体貸してくれりゃいいからよ。な?」
「こ、困ります……」

――助けた方がいいんだろうけど……。

あいにく僕は運動音痴で、当然武術の心得などない。ここは大人しく警察を呼ぶべきだろう。
そう思って通信端末の画面に触れると、突如液晶が眩く明滅し、ホログラムのように映像を浮かび上がらせた。
それは一丁の無骨な黒い鉄の塊――銃だった。

『“聞く者”よ、お前に力を授けよう』

ボイスチェンジャーで変換したような甲高い声が端末から上がってくるのを、僕は茫然として聞いていた。

「おい、てめぇ、そこで何してんだ? あぁ?」

粗野な濁声に我に返ると、女性を囲んでいた男たちがこちらを向いていた。これはとてもまずい状況だ。
慌てて逃げようとするが、しかし情けないことに足が竦んでうまく動かない。がくがくと足を震わせているうちに、チンピラたちの数人がこちらに向かって歩いてきた。

「まさか、この女を助けようとか思ってんじゃねぇだろうな。知り合いか? それとも正義のヒーロー気取りか?」

ゲラゲラとチンピラたちが下品に嗤う。

『さあ、銃を取れ』

――えッ?

僕の視線がホログラムの銃とチンピラを忙しく行き来する。

「おい! あいつ誰かと通話してやがるぜ!」
「ふん、問題ねぇよ。まあでも、念には念を、だな。シメろ」

リーダー格らしき男が、親指を下に向ける。

『銃を取れ、そして撃て』

大股でチンピラたちが接近してくる。考えている猶予はなかった。僕の片手が銃を掴む。それはホログラムではなかった。ずっしりとした冷たい手ごたえ。本物だ。

「なっ! 銃!? こいつ銃を! アニキ!」
「ちきしょうめ」

アニキと呼ばれた男は懐に手を突っ込んだ。応戦の構え。僕はいっさいの思考を放棄し、手にした銃を男に向けた。

『撃て!』

――ッ!!

引き金を引く。
刹那、銃口からバスケットボールよりも一回り大きなサイズの火球が放たれ、一瞬の後に男を直撃。

「がぁっ!!」

全身に炎を纏いつつ男が吹き飛ばされる。さらに火球は軌道を変え、意思を持っているかのようにチンピラたちを次々に餌食にしていった。
たちまち血と肉の焼ける匂いが路地裏に充満する。

――な、なんなんだ、この威力は……たった一発で全員を……。

自分のしたことが信じられず、力の抜けた僕は膝から崩れ落ちた。

『よくやった、やつらは犯罪地下組織“ブラックアンブレラ”の末端構成員だ。生かしておく価値のない連中だよ』

いつのまにか手から落としていた端末から、例の声が響く。

「あ、あんたは、いったい……」

『俺はお前さ。お前の影だ』

「影、だって?」

端末を拾い、あたりを見回す。チンピラたちの真っ黒な焼死体が路地裏を埋め尽くしている。みぞおちからこみ上げてくるものがあった。
のろのろと起き上がると、チンピラに囲まれていた女性が視界の隅に入った。そのばにへたりこみ、ぶるぶると身を震わせ、恐ろしいものを見る目でこちらを見ている。
はやくこの場を離れないと。
そこでようやく気付く。手にしていたはずの銃が消えている。周囲にも落ちていない。

「銃が……」

助けを求めるように端末に目を落とす。声は聞こえない。だが、画面上に見慣れないアイコンが追加されているのが分かった。
銃の形をしたそのアイコン。タイトルは――。

“シューティングスター”

それから一年。僕は一般社会人を装いつつ“Set me free”の呼び声に応え、街に蔓延る悪党を抹殺して回っていた。
そして、想像以上にこの街が“ブラックアンブレラ”によって裏社会から牛耳られていることを知った。
経済はもとより、警察や政治までもが、奴らによって汚染されていたのだ。
大切な仲間、友人、家族。その日常。
あたり前と思っていたそれらは、奴らの気まぐれでいつでも破壊可能な“お目こぼし”に過ぎなかった。

(Set me free……Set me free……)

テレパシーの発する方向へ向かいながら思う。これはおそらく、この街の悲鳴だ。
他の誰もできないのなら、僕がやるしかないじゃないか。
テレパシーが近づいてきた。端末から“シューティングスター”を起動する。僕の影。僕の力。

『待っていたぞ』

「おはよう、シューティングスター」

* * * * * * * * * *

Set me free...

夜色を切り裂いて
輝く星屑を従える
天を貫く槍のような頂に立ち
銃を夜空に向けて狙う
月の裏を

燃え盛る松明ような一撃が
奴らを見舞う
砕け散る
花を描いて

安らかに眠れよ
シューティングスター

Set me free...

人影途絶えた路地裏に身を潜めて
オートマチック
音もなく標的を狙い撃つ
慌てふためく奴らに薔薇の餞別を
赤い大輪が咲き乱るる

憐れ悪党の断末魔響き渡れば
街は目を覚まし動き出す
月の下で

護りたいものがあるから
血に染める
この手を深く

闇よりも昏く輝く眼を持つ者
その名は
シューティングスター

* * * * * * * * * *

◆楽曲リンク『シューティングスター / No.7&巡音ルカ』(2021/10/22 19:00~ 公開)
ニコニコ動画 : https://nico.ms/sm39515029
YouTube : https://youtu.be/1dEjHoHSYn8
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