枯葉舞う季節は焼きいもと仲がいい

文字数 2,621文字

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この物語はフィクションです。
実在の人物・キャラクター・人物関係・事象とは一切関係ありません。
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雲一つない青空。昨日までの雨模様がウソのようだった。
おにくるは繋いでいた俺の手を振りほどくと、ネットで囲われた広大な畑に駆け出していた。

「一番乗りじゃ~~~」

「子どもか」

いや、子どもですらそんなことはしていない。周りは親子連ればかり。若いカップルは自分たちだけだ。
だいたいなぜ……。

「なんで芋ほりなんだよ?」

久々にどこか出かけようかという話になったとき、おにくるは真っ先に言った。

芋ほりに行きたい、と。

「だって行きたいんだもん」

とりあえずネットで近隣の芋ほり体験ツアーを調べると、意外にも人気らしく直近の日程はほぼ埋まりつつあった。
慌てて二人分、予約を取った。だが俺はなるべく体力を温存したい。明日は朝早くからバイトなのだ。しかも引っ越し作業である。万全の体調で臨まなければならない。

「でっかいの掘るぞ!」

生来日陰者の俺はこんな晴天に外にいるだけで干からびてしまいそうだが、おにくるのテンションは高い。

「腰を痛めないようにしないとなぁ」

「うっわ、じじむさ」

「ほら、準備体操だってよ」

畑の持ち主だろうか、麦わら帽子をかぶり、手ぬぐいを首に下げたいかにもな好々爺が子供たちを集めて身体を動かしていた。
おにくるもそれに合わせて身体を……いや、ぜんぜん合っていない。まったく独自のリズムで、くるくる回ったり、時折シャドウボクシングのような動きをしている。何の体操だよ。

「おーいそこの若いの!」

見ると、さきほどの好々爺が自分に手招きをしていた。

「え……俺?」

「おう、お前じゃ、ちょっと手伝っとくれ!」

「きっと力仕事だよ~行ってきな~若いの~~~」

おにくるはニヤニヤしながら俺の背中を小突いた。

「わたしは先に掘ってるかんね!」

と言い残してさっさとスコップの入ったバッグを持って行ってしまう。

仕方なく爺さんのところへ行くと、畑の隅にある小屋へ案内された。
小屋の小さな扉を開けると、中から濃い土の匂いがした。
中には、サツマイモがたくさん入った竹の籠がいくつも並んでいた。

「これと、それじゃ。片方持っとくれ」

指さされた籠を持ち上あげる。

「んおっも!!」

「がはははは、気張れい、若もん!」

爺さんは軽々と籠を持ち上げ、悠々と歩いていく。俺はよたよたとその後をついて歩く。ったく、芋を掘る前からこんな重労働をさせられるとは……。

「ってかこれ、どうするんスか?」

苦し紛れに素朴な疑問を投げる。

「焼いて、あとでみんなで食うんよ」

「へっ? 食うって、掘ったやつ焼くんじゃないんスか?」

「堀ったばっかのやつはな、水分が多くて旨くないんじゃ。熟成させんといかん。これを掘ったんは一か月前。いまが食べごろじゃて」

爺さんと俺は地面に穴が掘られた場所まで芋を運んだ。遠くの方から子供たちの声に混ざって「うおーっ」というおにくるの奇声が聞こえた。宣言通りでっかいのが掘れたのだろうか。

「元気も器量もいい娘じゃのぅ、ええ?」

「あ、いや、まあ、はい」

「あたしの若い頃にそっくりじゃな」

穴の近くに立っていた、ほっかむりのお婆さんがウシシと笑いながら言った。

「どっこも似とらんぞ」

「ケツの大きさじゃ。ありゃあ安産型ちゅうやつじゃて」

うわははは、と笑いあう(おそらくは)老夫婦に、俺は完全に置き去りにされていた。

「アンちゃん、仕事は?」

爺さんに急に問われ、俺はうろたえた。しかもあまり訊かれたくない話題だ。

「いやまあ、なんつーか、バイトですよ」

しかも、それだってつい最近の話だ。その前は、ただのヒモだった。

「なんか他にやっとるんじゃないのかい? 物書きとか、絵とか」

お婆さんが無垢な眼でじろりとこちらを見ていた。表情は柔和だが、眼には力がある。ごまかしの効かない眼だ。ボカロP、と言ったところで通じないだろうが。

「ああーはい、まあそれで言うなら音楽を……」

「ははぁ、夢追い人っちゅうやつじゃな」

「そんなカッコいいもんじゃないっス」

「いいんじゃよ、それで」

おじいさんがアルミホイルで芋を包み始めながら言った。

「実りがないと焦る必要はない。どっしり構えとればいいんじゃ。実りがなくとも枯葉はできる。枯葉がないと、旨い焼き芋はできん。旨い焼き芋は、そこらの果物よりずっと甘いんじゃ」

「まぁたそうやってワケのわからんことを……このひとの悪い癖でねぇ、小難しいこと言ってけむに巻くんよ」

「おう、そうじゃった、早く別嬪さんのところへ返してあげんとな」

老夫婦に急かされ、俺は早足でおにくるのところに向かった。

「おーい、ほらほら、でっかいのあった! 二人分以上! どやぁ!!」

おにくるが抱えているのは本当に大きい芋だった。頭に浮かんだ「安産型」というワードを払いのける。

「それ、食べごろになるのいつか知ってる?」

たぶん答えを知ったおにくるは「一か月も待てるかっ!」と頬を膨らませるに違いない。

「ほえっ?」

おにくるはきょとんと首を傾げた。

* * * * * * * * * *

若気の至りで
書きためたポエム
恥ずかしくて
捨ててしまった

つたない言葉で
書きつけた「愛」は
もう焼かれてしまって
形はないけれど

ジョーシキで埋めあわせても
折り合いはつかずに

まだ心の底に
ふり積もっている

枯葉舞う季節は
焼きいもと仲がいい

それも愛だと知るころには
後悔も微笑むでしょう

失われるだけの
ものなんてないよ

あなたの夢
いまも生きてる

時短は確かに
賢いと思う

だけどそれだけでは
味気ないでしょう

長い時の魔法でしか
作れないものがある

青臭い魂
赤外線を放て

芋ほりで採れたお芋は
少し寝かせるといい

悲しみの乾くころには
真心が歌うでしょう

伝えたいことは
命のよろこび
たったそれだけだとしても
人生は短くて

伝えたいことは
命のぬくもり
たったそれだけだとしても
ああ人生は短くて

枯葉舞う季節は
やきいもと仲がいい

いつか折り返すこの道を
地図に描き加えたい

枯葉舞う季節は
焼きいもと仲がいい

遥か地平線を目指す
あなたにも届けたい

* * * * * * * * * *

◆楽曲リンク『枯葉舞う季節は焼きいもと仲がいい / 音風ヰクル&初音ミク』(2021/11/16 19:00~ 公開)
ニコニコ動画 : https://nico.ms/sm39628567
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