Rusted Chain

文字数 1,493文字

「そういや、西野だっけ、会社来なくなったって?」

友人が缶チューハイをちびちび舐めつつ、話題を次に移した。
西野とは僕の元上司。役職は部長だったが、女性社員へのセクハラ行為が問題視され左遷。左遷先でも村八分になり、結局は体調不良を理由に休職したらしい。
セクハラだけでなく、不都合があると手近な部下にあたり散らす、声と身体がデカいだけのパワハラ気質の人間でもあった。
なぜ部長の階級にまで昇ることができたのか不思議だが、体力はあったらしく、若い頃は他の社員が嫌がる開発途上国への長期出張を積極的に引き受けていたらしい。
尤も、現地の女性を買いまくったことをお酒の席で豪語していたので、つまりそういうことだったのだが。

「ざまぁ、だよ。あいつの声が聞こえないってだけで、仕事の能率が二割増しだ――」

僕も酒が入っている。普段は決して言わないような言葉が出てきた。
その後もひたすら愚痴を垂れ流し、バスの最終便が近くなってようやく切り上げた。
自宅の最寄りのバス停でバスを降り、近くのコンビニでビールを買う。
もう少し、明日を先延ばしにしたい。途中の公園飲むことにする。
周囲には誰も歩いておらず、車の通りもない。風の音。虫の声。街灯の光に伸びる自身の長い影。酔いのせいもあるだろう、彩度の低い世界はどこか現実味を欠いていた。
口から、最近のヒットソングが漏れ出た。そこに“自分は何者か”と問うくだりがあった。答えはない。
おかげさまで日常は人に優しい。自分が何者であるかをシビアに問われるような、そんな出来事はめったに起きない。ただ型通りに、はみ出さず、恙なく生きる。たいだい、それが幸せだと言われる。
だが決してそれだけでは済まないから、僕は愚痴を吐くことで心が軽くなる。

――さて、着いた。

公園にはもちろん、誰もいない。近場のベンチに座り。薄雲のかかった月を見上げる。
ふと酔いの醒めた思考で、西野のことを思い浮かべた。
彼は非日常の世界に生きていた。自分はヤツのようには生きられない。生きたくもない。
だが、自分もこうして酒を飲み、感情を優先する瞬間がある。普段抑えているだけで、逃れられてはいないのだ。どこかで足かせのように、感情論が己を縛りつけている。
この身体に血が通っている限り、それは続くのだろう。

――まあまあ、お手柔らかに頼みますよ。

僕はビールの缶を開け、月に向かって掲げると、一気に傾けた。

* * * * * * * * * *

友達と愚痴をこぼし合う
その帰り道
緩んだ笑みを抑えつつ
缶ビールを買う

月は薄雲に隠れて
星は見えない
ぼんやりとした街灯に
羽虫がたかる

夏の暑さの面影
海から吹きつける風
知らず知らずに口ずさむ流行り歌
行き場もなくて

ベンチにこしかけてあおる黄金色
明日のこと追い出すように
今この瞬間が幸せだというなら
不幸せもその場限りさ

なあ僕よ
今を生きているかい
過去と未来の境目は
捕らえることができなくて
宙に浮いた思考回路
この時間のように曖昧で
あの羽虫のように
儚く落ちていくのさ

電波が行き来して運ぶ物語
始まりも終わりもなくて
分かったように振る舞えばいいのなら
共感も思い違いさ

非難を通り越して荒む活舌
思い出して自己嫌悪する
繰り返される感情の凹凸は
胸を取り巻く錆びた鎖さ

* * * * * * * * * *

◆楽曲リンク『Rusted Chain / めろう』
ニコニコ動画 : https://nico.ms/sm39375165
YouTube : https://youtu.be/CqL-q-7BpfA
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