アンモナイト

文字数 2,074文字

「みっちゃんてさ、音楽が趣味っていうわりに音楽聴いてないよね」

クラスメイトにそう言われたのが先週の火曜日。
それから、私は学校に行くのをやめた。
そのクラスメイトは、まさか自分の何気ない発言が私を不登校に追いやったとは夢にも思っていないだろう。

――ばかばかしい、何もかも。

自分の好きな音楽が、この国ではあまり受けが良くないことは重々承知している。
だから周囲と話を合わせるために好きでもない流行の邦楽を聴いているふりをしてきた。
好きな音楽なら、自分はCDを揃えるし、何ならベースの耳コピもやる。だがその対象は専ら洋楽である。邦楽は基本的に音が薄くてのっぺりしているからだ。
音楽は腰骨で聴くもの。
自分はそう思っている。重低音が骨に響いてこない音楽はなんだか気の抜けた炭酸飲料のようで、魅力を感じない。
たかが音楽のことで、と自分でも思う。でも自分には音楽しかないし、その唯一のものが認められない環境に身を置くことの虚しさが限界に達してしまったのだ。

――あいつらは音楽が好きなんじゃない。流行を追うことがステータスだと思っているだけのイタい野次馬なんだ。私とは違うんだ。

そんなことを考えている自分も痛々しくて嫌になる。劣等感の裏返し。
本当は認められたくてしかたがないのに、それをはなから諦めることで墜落を回避している。ズルくて、弱い人間だ。

――でも、ここじゃなければ。

スマホの画面には、自分が投稿した「ベース弾いてみた動画」に対する海外からのコメントがずらっと並んでいる。
自分が輝ける環境はこの地上のどこかに確実に存在する。生まれてくる場所を間違えただけ。
どうせ学校を卒業した後は日本にとどまっている気はない。まだ親にも相談していないが。

――いつかは、いつかは……。

「みぃちゃん」

自室のドア越しに、母親の声がした。

「なに?」

つっけんどんに返答をする。親も、決して理解者ではない。強くは言ってこないが、おとなしく学校に行くことを望んでいる雰囲気が丸わかりだ。

「前の音楽教室の先生から、電話が来てるの」

――橘先生か……。

中学の時にベースを習っていた教室の先生だろう。近場では唯一の理解者と言ってもいい人物である。
無言でドアを開け、母親から電話の子機を受け取る。

『みっちゃん、いま高校行ってないんだって?』

やはり先生の声だ。果たしてどこから情報が回ったのか。親だとしたら余計なことをしてくれたものだ。

「はい。行ってません」
『つまらなくなったかい?』
「まあ、そんなところです」
『まだ自信が持ててないのかな』
「……」

自信。ベースの演奏ならそれなりに自信はある。でもきっと先生は、そのことを言っているのではない。

「ベースという楽器は、旋律に大きな説得力を与える。だから逆にベーシストに自信がないと、フラフラした音楽になる」

以前に先生からそう教えられた。その通りだと思う。そして、私にはその自信がない。人としての自信。どうやって得たらよいのかも分からない。

『サッカーの弱いチームが、強くなるにはどうしたらいいと思う?』
「それは、練習するしかないんじゃないですか」
『ははは、まあ練習は必要だ。でも練習で意識すべきなのは、どうやって相手からボールを奪うかだ。弾き返すことではなくてね……そして君はボールを奪う技術を持っているのに、弾き返すことしかしない。奪っていいんだ。君は、優しすぎるんだよ』
「優しいですか? 私が?」
『自分の“好き”を押し通せば、誰かの“好き”を引っ込ませることになる、って思ってるだろ。どうせならその“好き”も奪ってやれよ。じゃないと、僕が君にベースを教えた意味もなくなってしまう』

子機を握りしめた手にいつの間にか力が入っていて、掌は汗ばんでいた。先生の例え話はだいたい遠まわりだが、最後には必ず図星をついてくる。

「……なんか、全部理解されるのって、それはそれでイラッとしますね」

* * * * * * * * * *

海の中
点滅する光
私を誘っているようで

吸い込まれそうな
引力を覚えてしまうけれど

禍々しい何かの罠だと
想像を巡らせては

おとなしく
安全な場所に
避難をしてきたんだ

いつかこのねぐらを
抜け出すときは
未来は輝いていて

抱えてきた
痛みや苦しみが
きれいに無くなればいいのに

アンモナイト

ひとり紡ぐか細い歌声
深く深く海の底に沈む

寂しさに任せて
見えない糸を手繰り寄せる
手ごたえはなく

心の奥が満たされないの
きっとこの分厚い殻のせいね

身体に染み付いた防御本能
どうすれば取り外せるの

痛みと引き換えにできるのならば
もうこの殻は捨てましょう

それで命が縮むとしても構わない
今ここを生きるの

アンモナイト

* * * * * * * * * *

◆楽曲リンク『アンモナイト / 重音テト』(2021/10/10 00:00~ 公開)
ニコニコ動画 : https://nico.ms/sm39451279
YouTube : https://youtu.be/HopbLcYDRhI
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