クリエイッ!

文字数 3,484文字

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この物語はフィクションです。
実在の人物・キャラクター・人物関係・事象とは一切関係ありません。
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「ねえちょっと! ここに置いといた食べかけのカップ麺しらない!?」

ずっとディスプレイにくぎ付けになっていたおにくるはおもむろに振り返ると、猛然と周囲を漁り始めた。
おにくるの部屋はいつものように雑然と、要るのか要らないのか不明なモノが堆積しており、人のステイできる場所はPCの前とベッドの上だけだ。
まだベッドでうとうとしていた俺は上体を起こし、堆積物を掘り起こし続ける彼女を手で制した。

「一昨日のやつだろ? とっくに俺が食べたよ」

「後で食べようと思ってたのに!! ていうか人のもの勝手に食べないでよ! キモッ!!」

「キモオタにキモいとか言われちゃおしめーよな」

「今をときめくJKの部屋に上がり込んでヒモみたいなことやってるやつがキモくなくてなんなの!? いい加減帰って曲作りなさいよ!」

そう俺はボカロP。そしておにくるのリアル彼氏だ。しかし俺は不満がある。

「作ったってさ、どうせおにくる俺の曲評価しねーじゃん。最近まったくコメントもいいねもくれないし。やる気なくすわ」

「あのね、私は彼氏だからって特別扱いはしないの。そもそもマックス1000再生ちょっとの底辺Pが偉そうなこと言ってんじゃないわよ。推してもらいたきゃそれなりのモン出しなさいな」

「クソッ、気にしてることをずけずけと……付き合い始めたころはもっと素直だったのに」

「当時はもっと伸びてくれると思ったのよ。いつになったら宣言どおり、殿堂入りしてくれるのかしらね?」

「あーあー、やめやめ! 俺もう帰るわ」

お腹がすいているのか、どうにも機嫌が悪いらしい。
約束破りだの話が違うだのの話になる前に、退散するのが手だ。ホント、めんどくさいヤツだなぁ……。

「待って! カップ麺の代金は?」

「はぁ? 食べかけのカップ麺に料金が発生するのか!?」

「JKなめんな。はい、5000円」

「意味わからんし無理。50円しかないし」

「そうね、じゃあ、働いて稼いで払ってくれればいいから。そもそもたんまり貸しがあるんだから5000円どころじゃないわけで」

「バイト見つかんないんだよ」

「んじゃ慰めにさっさと曲作って、私に捧げなさい。あなただって、彼氏のくせに私のボイス使ったことないじゃん」

「わーったよ、作ればいいんだろ、作れば……」

逃げるように自分の部屋に帰る。必要なものが必要な場所に置かれているだけの機械的で簡素な部屋。おにくるの部屋とは真逆だ。
遊び心がない。音楽クリエイターとして致命的ともいえる己の欠点が如実に現れているのだろう。

「さて、と」

PCを立ち上げ、DAWとUTAUを起動。UTAUの原音ファイルセットに「音風ヰクル」を指定。入れてはいたものの、実際使うのは初めてだ。
敢えて避けていたのだ。おにくるの声を使って、鳴かず飛ばずだったらどうする。悲しい思いをすることもさせることもしたくない。

「それこそ彼氏面、か……」

くだらないプライド。底辺Pにそんなものは必要ない。おにくるならそう言うだろう。
いままで指摘されてこなかったのは、一応彼氏という立場である自分を尊重してのことだったのかもしれない。
基本的に頭の回転が速く、かつ繊細な彼女。思考と口が直結しているようで、しっかりと言葉を選んでいる。
自分の幼稚な特権意識など、すべて見透かされているのだ。

――崖っぷちなのかもな、俺。

じわり、とした焦りが胸をローストする。

――俺だって、あいつを喜ばせたいんだよ。でもッ……!

才能不足。経験不足。努力不足。ひょっとしたら愛情も?
自己嫌悪が心をどす黒く染めていく。このままではいけない。しかし脱出方法が見えてこない。
よく晴れた初夏の青空のような、軽快なミクノポップでも作ってみたい。あいつはそういうのが好きだから。
そう思ってDAWとにらめっこするものの、どうしてもイメージ通りの曲になっていかない。

「あーッ!! だめだめ!! 俺はどうすればいんだ、どうすれば……」

『クリエイッ!!』

「!?!?」

いきなり、PCから声がした。ややぎこちない、人間と機械の中間のような声。

『クリエイッ!!』

さらにもう一度。こんどははっきりと分かった。目を丸くする。

「おふぃくる……ちゃん?」

音風ヰクル、通称おふぃくるちゃんの、UTAU画面のアイコンが口を開閉していたのだ。

『おにくる。悩んでる。わかる。あなた。楽しくない。つくること。楽しめてない』

「楽しめてない……」

『そう。だから。悲しい。悩んでる』

それは確かにそうだ。仮にもV界隈で最もボカロに詳しいおにくるの彼氏。それがいつまでも底辺Pのままでは、示しがつかない。自分を許せない。
なんとか再生数を伸ばしたい。そう思って、自分には良さがわからない有名Pの粗悪な模倣品を量産してきた。楽しいどころか、作るたびに自分が傷ついていく。もはや自傷行為だ。

『つくること。楽しい。思い出して。つくること。あなたの。よろこび』

それきり、おふぃくるちゃんは声を発しなくなった。
俺は目をこすり、首筋をつねった。ただ痛いだけだった。夢ではないらしい。
顔を洗って、ペットボトルの水を飲み干す。
そして冷蔵庫の前からPCデスクを眺めると、そこに数年前の俺が据わっていた。新人ボカロPだった頃の俺。自分の書いた歌詞をボーカロイドが歌ってくれるのが楽しくて、徹夜で作業していたっけな。
そう、ただただ、楽しかったのだ。再生数なんて100もいけば御の字だったのに。コメントやマイリスが1つ増えるたびに、ガッツポーズしたくなるほど嬉しかった。
おにくると付き合う以前の話だ。その後ろ姿は誠実で、その瞳はまっすぐで、その秘められた熱量に俺は圧倒された。

――そうか。そうだったんだな。

おにくるが恋をしたのは、コイツだったんだ。それがどうだ、今の俺は。数字と体裁ばかり気にして……。
小手先の技術で無理やりひねり出された音楽に、なんの魅力がある? おにくるがそっぽを向くのも無理はない。

『誰? ああ、お前か』

不意に、そいつが振り向いて俺を一瞥した。お前なんかにかまっている暇はないとでも言いたげな、投げやりな表情。
視線をPCに戻すと、すーっと透明化し、消えていく。

「待て! 待ってくれ! おいて行かないでくれ!」

だが不思議なことに、そいつが消えた瞬間、俺の胸の奥にビリつく何か、紫電を放出する光の球体のようなものが生まれた。

「クリエイ……」

その言葉が口から漏れ出る。
光の球体は俺の鼓動を制御し、140BMPくらいまで速度を上げる。間違いなくノれるリズム。生命を司るキックが俺の右脳にサイドチェーンし、イマジネーションが踊っていく。

「クリエイッ!!」

俺は憑りつかれたようにPCに飛び戻り、そのイマジネーションを叩きつけるが如く打ち込みを開始した。

* * * * * * * * * *

妄想飼いならせ(ラッセーラー)
創造世界線(戦場走る)
エンドルフィン散らせ(ラッセーラー)
常識の斜め上(ウェイウェイ)
踊れよ

我武者羅
死して屍拾うものなし
四畳半からブチかませ

さあさあ踊りましょう
脳内ステージで
ラララ
ヴァーチャルディーヴァと
サシで

いくよ
自己満足は究極の悦び
蒸発するまで
創れ(クリエイッ)!

全力趣向凝らせ(ラッセーラー)
専心妥協せぬ(戦場走る)
コンプレックスバラせ(ラッセーラー)
定石のはるか上(ウェイウェイ)
仕上げろ

遮二無二
うしろ振り返れば道はなし
謎のテンション
ぶち上げろ

さあさあ踊りましょう
ゼロイチを受肉してさ
ヴァーチャルディーヴァと
ラリれ

いくよ
自己完結は究極の営み
爆発するまで

さあさあ踊りましょう
脳内ステージで
ラララ
ヴァーチャルディーヴァと
サシで

いくよ
自己実現は究極の青い鳥
攻略するまで
創れ(クリエイッ)!

(スキャット)

さあさあ踊りましょう
脳内ステージで
ラララ
ヴァーチャルディーヴァと
サシで

いくよ
自己満足は究極の悦び
蒸発するまで

さあさあ踊りましょう
ゼロイチを受肉してさ
ヴァーチャルディーヴァと
ラリれ

いくよ
自己完結は究極の営み
爆発するまで
創れ(クリエイッ)!

* * * * * * * * * *

◆楽曲リンク『クリエイッ! / 音風ヰクル』(2021/10/15 00:00~ 公開)
ニコニコ動画 : https://nico.ms/sm39471010
YouTube : https://youtu.be/vArDKRUrVJU
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