第95話 帰還希望
文字数 2,380文字
ガルシアが、側近のクリスを連れて自室を出る。
ドアの外にいた騎士ケルトが、大きな身体を揺らし眉を寄せて頭を下げた。
「どうした。そんな顔をしていると百才老けるぞ。」
いつもと変わらないガルシアに、ケルトがビシッと背筋を伸ばす。
「いや、心配ご無用でござる。」
するとクリスがクスッと笑い、ガルシアに耳打ちする。
「ケルトは泊まりでいらしたので、昨夜の騒ぎであまり寝てないのですよ。」
「まあ、昨夜寝てる奴の方が珍しいだろうな。
話の途中で寝るなよ、お前のイビキは大きいから、ごまかしようがない。」
言われてケルトがアゴのヒゲをザリザリ撫でて、ニイッと笑う。
「世に女房より怖い物はないが、御館様に恥をかかせるは末代までの恥でござる。
睨みをきかせてお守りいたす。」
「フフ、当てにしているぞ。」
謁見の間に入ると、すでにトランの使者達も控え、一斉に頭を下げる。
ガルシアが城主の椅子にかけ、エルガルドが一礼して一歩前に出た。
「昨夜は大変なご迷惑を……」
「良い、ところで王の返事を待たずして、本国へお帰りになるというのはまことか?」
「は、このままではこちらに大変なご迷惑をおかけするやもと思いますし、また本国に報告することも必要かと。」
「フム……」
ガルシアが、あごに手を添え考える。
これは、考えられたことだ。
だが、彼らが帰ってそれを報告したとしても、王がまともに信じるとは考えがたい。
娘でさえ、密かに後ろ盾を求め父に反旗を翻そうとしているのだ。
小細工されたとこちらに難癖つけて、宣戦布告でもされては面倒だ。
「エルガルド殿、気持ちは察するが手ぶらで帰られるのもどうであろう。
このまま王の親書を待たれよ。
お帰りになる時は、こちらも国境までは護衛をつけることができる。
が、昨夜狙われたのもそなたらなれど、狙ったも貴方らの国の者と見た。
それを考慮すれば、安全に城へ帰る事には更に万端を期した方が良かろう。
そなたらは我が国と隣国との架け橋、何かあっては大事へと発展することも考えられる。
こちらも対処を考える、しばし待たれよ。」
「なるほど……私も安易でございました。
皆を説得し、王の親書を待つことにいたします。
元より、それこそ我らの指名。
ガルシア様の賢明なご助言、痛み入ります。」
「後ほど席を設けるとしよう。
そちらからも、話し合いに数名選出されよ。」
「承知いたしました。それでは。」
エルガルドの退室を見送り、ガルシアが肘掛けに肘をつく。
「レナファンはいるか?」
「はい、ここに。」
横から青いローブを羽織った女性が歩み出る。
魔導師レナファン、魔物に捕らわれていた彼女は、リリスに救われようやく体調も元に戻ってきた。
「遠見では何か見えたか?」
「はい、予見では彼らを襲う者の姿が。
そして、立ち上がるトランの兵達の姿が。
しかし、それはごくぼんやりと、未だ確定できぬ予見と心得ます。」
ザワザワと、回りがざわめきガルシアが手を挙げる。
声が収まり、ガルシアが身を乗り出した。
「予見は予見。それはこれからの対処でいかようにも変わることもある。
このまま彼らを帰すと、そうなるという事よ。
さて、護衛をどこまでつけるかは考えねばなるまい。」
「騎士を、10名ほど選出しましょう。
多くても騒ぎの元ですし、少なくても危険です。
これは微妙な選択でございますが。
あと魔導師をお一方、お貸し願えると嬉しいのだが……」
「魔導師は城の守りにも貴重だ。
一人を失うと国の基盤にも関わる。」
皆がシンとして、顔を見合わせる。
魔導師は一人だと戦いには弱い物だ。
一人ではそれぞれの精霊力に属する為に力の片寄りがあり、通常魔導師の戦いは複合的に立ち向かうことで力となる。
まして、あれだけの強力な魔力に魔導師として太刀打ちできたのはリリスだけ。
あとは……
「私が参りましょう。」
巫子セレスがガルシアの前に歩み出て頭を下げた。
ガルシアが苦笑して腕を組む。
「さて、どうしたものかな。巫子殿は城の守りの要になっていただきたいのだがね。」
「巫子はイネスもおりますし、私なら同行しても構いません。
地の神殿は隣国とも交流がございますから、トランの方々にも理解していただけるかと。」
「なるほどな。貴方ならば安心ではある。」
涼やかに話す兄巫子に、壁際に立つイネスが愕然と息をのむ。
兄巫子の存在は、イネスにとって大きい。
未だ一人で行動したことのない彼は、一人残ることが怖かった。
しかし、それを悟られてはいけない。
自分は巫子なのだ。
横にいたサファイアが、そっとイネスに寄り添った。
ドキッと背を伸ばす。
「イネスよ、良いな。」
セレスが空々しいほど微笑んで声をかける。
一斉に視線がイネスに集中し、ゴクリとつばを飲んだ。
引きつる顔をニッコリと、息を吐いて緊張を無理矢理に解く。
「ええ、この城のことは私にお任せを。
兄様は隣国の方をお守り下さい。」
それだけ、ようやく絞り出した。
口がからからに渇き、他に言葉が浮かばない。
セレスがクスッと笑って見える。
きっと馬鹿にされた。
「イネスも、ああ話しておりますし、どうぞお任せ下さい。」
「そうか、ならばそのように。
騎士長、騎士と兵の選出は任せる。
他はエルガルド殿との話し合いの準備をせよ。
魔導師ルネイはいるか?水鏡での本城との交信はどうなった?」
「ルネイは結界の補強に出ております。
本城側の水鏡が未だ安定しないと話しておりましたが……」
「手紙は向こうを出たのか、聞いて報告してくれ。
向こうの状況も報告するように。
魔導師の塔の復旧は時間がかかるだろうな。」
「はい、ゲール様が長を退陣されましたので、少々混乱もあるかと存じます。」
「長がルークに変わったと言ったな、とりあえず水鏡だけは何とかしろと尻を叩け。
伝書鳥の通信だけでは時間がかかる。」
「は。」
ガルシアが立ち上がり自室に戻る為謁見の間を出る。
部屋を出る時のざわめきに、ため息をついて小さく首を振った。
ドアの外にいた騎士ケルトが、大きな身体を揺らし眉を寄せて頭を下げた。
「どうした。そんな顔をしていると百才老けるぞ。」
いつもと変わらないガルシアに、ケルトがビシッと背筋を伸ばす。
「いや、心配ご無用でござる。」
するとクリスがクスッと笑い、ガルシアに耳打ちする。
「ケルトは泊まりでいらしたので、昨夜の騒ぎであまり寝てないのですよ。」
「まあ、昨夜寝てる奴の方が珍しいだろうな。
話の途中で寝るなよ、お前のイビキは大きいから、ごまかしようがない。」
言われてケルトがアゴのヒゲをザリザリ撫でて、ニイッと笑う。
「世に女房より怖い物はないが、御館様に恥をかかせるは末代までの恥でござる。
睨みをきかせてお守りいたす。」
「フフ、当てにしているぞ。」
謁見の間に入ると、すでにトランの使者達も控え、一斉に頭を下げる。
ガルシアが城主の椅子にかけ、エルガルドが一礼して一歩前に出た。
「昨夜は大変なご迷惑を……」
「良い、ところで王の返事を待たずして、本国へお帰りになるというのはまことか?」
「は、このままではこちらに大変なご迷惑をおかけするやもと思いますし、また本国に報告することも必要かと。」
「フム……」
ガルシアが、あごに手を添え考える。
これは、考えられたことだ。
だが、彼らが帰ってそれを報告したとしても、王がまともに信じるとは考えがたい。
娘でさえ、密かに後ろ盾を求め父に反旗を翻そうとしているのだ。
小細工されたとこちらに難癖つけて、宣戦布告でもされては面倒だ。
「エルガルド殿、気持ちは察するが手ぶらで帰られるのもどうであろう。
このまま王の親書を待たれよ。
お帰りになる時は、こちらも国境までは護衛をつけることができる。
が、昨夜狙われたのもそなたらなれど、狙ったも貴方らの国の者と見た。
それを考慮すれば、安全に城へ帰る事には更に万端を期した方が良かろう。
そなたらは我が国と隣国との架け橋、何かあっては大事へと発展することも考えられる。
こちらも対処を考える、しばし待たれよ。」
「なるほど……私も安易でございました。
皆を説得し、王の親書を待つことにいたします。
元より、それこそ我らの指名。
ガルシア様の賢明なご助言、痛み入ります。」
「後ほど席を設けるとしよう。
そちらからも、話し合いに数名選出されよ。」
「承知いたしました。それでは。」
エルガルドの退室を見送り、ガルシアが肘掛けに肘をつく。
「レナファンはいるか?」
「はい、ここに。」
横から青いローブを羽織った女性が歩み出る。
魔導師レナファン、魔物に捕らわれていた彼女は、リリスに救われようやく体調も元に戻ってきた。
「遠見では何か見えたか?」
「はい、予見では彼らを襲う者の姿が。
そして、立ち上がるトランの兵達の姿が。
しかし、それはごくぼんやりと、未だ確定できぬ予見と心得ます。」
ザワザワと、回りがざわめきガルシアが手を挙げる。
声が収まり、ガルシアが身を乗り出した。
「予見は予見。それはこれからの対処でいかようにも変わることもある。
このまま彼らを帰すと、そうなるという事よ。
さて、護衛をどこまでつけるかは考えねばなるまい。」
「騎士を、10名ほど選出しましょう。
多くても騒ぎの元ですし、少なくても危険です。
これは微妙な選択でございますが。
あと魔導師をお一方、お貸し願えると嬉しいのだが……」
「魔導師は城の守りにも貴重だ。
一人を失うと国の基盤にも関わる。」
皆がシンとして、顔を見合わせる。
魔導師は一人だと戦いには弱い物だ。
一人ではそれぞれの精霊力に属する為に力の片寄りがあり、通常魔導師の戦いは複合的に立ち向かうことで力となる。
まして、あれだけの強力な魔力に魔導師として太刀打ちできたのはリリスだけ。
あとは……
「私が参りましょう。」
巫子セレスがガルシアの前に歩み出て頭を下げた。
ガルシアが苦笑して腕を組む。
「さて、どうしたものかな。巫子殿は城の守りの要になっていただきたいのだがね。」
「巫子はイネスもおりますし、私なら同行しても構いません。
地の神殿は隣国とも交流がございますから、トランの方々にも理解していただけるかと。」
「なるほどな。貴方ならば安心ではある。」
涼やかに話す兄巫子に、壁際に立つイネスが愕然と息をのむ。
兄巫子の存在は、イネスにとって大きい。
未だ一人で行動したことのない彼は、一人残ることが怖かった。
しかし、それを悟られてはいけない。
自分は巫子なのだ。
横にいたサファイアが、そっとイネスに寄り添った。
ドキッと背を伸ばす。
「イネスよ、良いな。」
セレスが空々しいほど微笑んで声をかける。
一斉に視線がイネスに集中し、ゴクリとつばを飲んだ。
引きつる顔をニッコリと、息を吐いて緊張を無理矢理に解く。
「ええ、この城のことは私にお任せを。
兄様は隣国の方をお守り下さい。」
それだけ、ようやく絞り出した。
口がからからに渇き、他に言葉が浮かばない。
セレスがクスッと笑って見える。
きっと馬鹿にされた。
「イネスも、ああ話しておりますし、どうぞお任せ下さい。」
「そうか、ならばそのように。
騎士長、騎士と兵の選出は任せる。
他はエルガルド殿との話し合いの準備をせよ。
魔導師ルネイはいるか?水鏡での本城との交信はどうなった?」
「ルネイは結界の補強に出ております。
本城側の水鏡が未だ安定しないと話しておりましたが……」
「手紙は向こうを出たのか、聞いて報告してくれ。
向こうの状況も報告するように。
魔導師の塔の復旧は時間がかかるだろうな。」
「はい、ゲール様が長を退陣されましたので、少々混乱もあるかと存じます。」
「長がルークに変わったと言ったな、とりあえず水鏡だけは何とかしろと尻を叩け。
伝書鳥の通信だけでは時間がかかる。」
「は。」
ガルシアが立ち上がり自室に戻る為謁見の間を出る。
部屋を出る時のざわめきに、ため息をついて小さく首を振った。