第36話 レナント公 ガルシア

文字数 1,559文字

室内は広く、しかし書庫のように壁中を本が埋め尽くしている。
中央には大きな円卓があり、そこにぐるりと身分や知識のある人々11人が座っていた。

「リーリよ、奥の者がレナント公、ガルシア卿じゃ。」

一斉に視線が注がれ、リリスは血が下がる思いで思わず床にひれ伏す。
沢山の兵を守れなかった責任は、強く感じていた。

「リーリ!」

「申し訳ありません!私の力が到らぬばかりに、沢山の方をお守り出来ませんでした!」

入るなり、地にひれ伏し声を震わせるリリスの姿に、公がゆっくりと立ち上がった。
公は長く薄いブラウンの髪を後ろで編み、軽装で腰には剣を携えている。
一見騎士のようで、しかし雰囲気は物静かな目をした優しい顔の青年だった。

「よい、顔を上げよ。
確かに援軍の半数は命を落とした。
皆若い。死した者の家族を思うと私も胸が痛む。
だがお主は道中、彼らのすべてを抱えていたつもりなのか?
リリスよ、お前1人ですべてを守るなど、お前のおごりでしかない!
半数が死した、それがお前の実力と知れ!」

「は……い……」

リリスがびくりと震えて唇をかんだ。

私は……おごっていたのか?
これが、実力だったのか。
私は……それに気がつかなかった。
すべてを守るなど、守れるなどと……
それは、確かになんと傲慢な。

「リリスよ、顔を上げよ。」

唇をかみ、そして浮かぶ涙をぬぐいもせず顔を上げた。
思わずヒソヒソと、一同がリリスの容姿に驚いて小声で話す。
青年は厳しい顔で皆を制した。
そしてリリスを見下ろし、フウッと息を吐くと微笑んだ。

「だが、お前は半数を護ったのだ。大儀である、よう働いてくれた。
お前がいなければ、全滅は免れなかったろう。礼を言う。
リリスよ、術に長け、戦える魔導師はこのアトラーナには非常に少ない。
お前が無事なことは何よりであった。」

公の言葉は、言葉の端々を取れば、確かに都合の良い言葉かも知れない。
でも、彼の言葉は染み入るように傷ついたリリスの身体を癒やし、ねぎらいの言葉に胸のつかえが下りる気がした。

「ありがとうございます。そのお言葉で私は救われました。
リリスは力の限りお館様のために、そしてこのアトラーナのために戦うとお誓いいたします。」

「よい、お前はまだ子供だ、国を背負うには心身共にまだ未熟。そのことを忘れるな。
私のためになどと言う言葉、あと3年ほどしてまた聞こうぞ。
さて、少々お前から聞きたいことがある。
旅の途中、戦った魔導師についてだ。」

「はい。」

「お前は子供だが、場数を踏んでいると聞く。
旅で出会った魔導師で、何か気が付いたことはないか。」

「は……」

リリスが膝を付き、ふとうつむき考える。
そしてうなずいた。

「魔導師は2人。奇妙なことに、すっぽりとかぶったローブの奥にはただ紅い目が光るばかりで、顔がないのです。」

「顔が、無い?」

「はい。普通我らは精霊の力を借りて術を使うため、彼らに語りかける言葉をつづります。
ですが違うのです。
ただ、そう……彼らの言葉が直接大きな力となります。」

ガタンと杖をつき、1人の魔導師が立ち上がった。

「馬鹿な、(ことわり)もなく力を振るうなどあり得ない。」

「本当なのです、1人は大きな闇の塊を生み出し、それはあらゆる物を飲み込んでいきました。
そして、振り上げる杖からは黒い塊が……それは触れると……肩が……」

ふと触れて、ピリピリとした痛みにゾッとする。
あの時、激しい痛みと共にズルリと腕が抜け落ちるような感覚を覚えた。
実際、そうであったに違いない。
しかし、リリサレーンの力はそれさえ綺麗に癒やしたのだ。

「いかがした?」

「いえ、なんでもありません。
もう一人は、ただ杖を振り下ろし……破砕せよと。
すさまじい力でございました。」

「で、お主はどうやって倒したのだ?それ程強力な魔導師、聞くところによるとそなたが1人で倒したと聞く。」

ギクリと手が震えた。
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