第21話 花の香り
文字数 1,856文字
翌日早朝、一行は簡単な食事を済ませ朝もやの中を早々に出発した。
リリスは揺れる馬車の中で、傷に癒しの呪文を送る。
昨夜川の水で洗っている時、水の精霊が癒やしてくれたおかげで、一応傷は開かず出血も止まっている。
「どう?」
「はい、激しく動かさなかったら開くことはないでしょう。
レナントに着いたら、お医者様に縫って頂いた方がいいのかもしれませんが。」
「また痛い目に遭うねえ。もう、あのバカ戦士!」
「ふふ、そうですね。縫ってる間、ワンワン泣き叫んだらつついて下さい。
さて、朝を迎えたばかりですが、少し休みましょう。」
昨夜よく眠れなかったので、眠れる時に仮眠した方がいいと思う。
馬車はひどい揺れの上に腕にも痛みがあるが、横になるとやはり疲れがあるのかリリスはすぐに眠ってしまった。
一行は森のレナントへ続く山道を、早足で列を成して進んで行く。
この山を越えると、レナントの中心部はもうすぐだ。
高台にある城も見えてくるだろう。
しかし、しばらくしてずいぶん進んだところで先頭を進む一行の案内人が、いつもと違った印象に次第に首をかしげる。
朝もやがどんどん濃くなり、何度も同じ場所を回っているような気がするのだ。
歩みが遅くなり、前後の馬が寄ってざわついた。
「リリス、何か様子がおかしいよ。」
ヨーコにつつかれて眠い目をこすり、リリスが目を覚ました。
「なに……?なんでしょうか?」
「何か、同じとこグルグル回ってるんじゃないかって。」
「同じところを?」
道はあって無いようなものだ。わだちもなくただ歩きやすい開けている場所を進み、所々にある道しるべを見つけては間違いの無いことに安心する。
こんな多人数での移動は、山を知る道案内は必ず同行する。
だから道を違えるのは珍しいのだ。
ヨーコがリリスの肩に留まり、馬車から身を乗り出す彼と一緒に辺りを見回す。
何か、いいようのない甘い香りが漂って、クンクン鼻を立て、思い出したようにリリスは横を行く戦士に叫んだ。
「戦士様!魔物の花に惑わされております!風を呼びますので風に向かって風上へ走って下さい!」
「なに?!それは確かか?」
「この香り、ラベンナという方向を狂わせる花の香りです。東の国の魔術師が目くらましに使うと聞いたことがあります!お早く!」
「あいわかった!皆、魔導師がいるかもしれん!注意せよーーっ!!」」
叫びながら戦士が樹の間を走り、先頭へと急ぐ。
「ヨーコ様、風を呼びますから飛ばされぬよう馬車の中でお待ち下さい。」
「わかった。リリス!気をつけて!」
リリスは馬車の中を走り、ミュー馬を操る御者の横に立って両手を高く掲げる。
「風よ!風よ!我が声を聞け!
レナントの風よ!この地に漂う、我らを惑わせし花の香をすみやかに消し、迷いし我らの行くべき道を指し示せ!
フィード・フェナ・ファルファ!
フィード・レン・ラナファルト!」
リリスの手から風が巻き起こり、遠くから風の音が近づいてきた。
ゴォォォォオオオオオ!!
「頭を下げよ!風が来るぞ!」
ビョオオオオ!!
「うおっ!」
どこからか声が上がり、それと同時に突風が右斜めから吹き荒れた。
あれほど濃かったもやが晴れ、山道をはずれているのが目に見える。
「風上に向かって走るぞ!」
「おお!風上へ!」
「おお!」
声が上がり、一気に馬たちが走り出す。
しかし回りの木がグニャリと動き、馬や兵士達を絡め取った。
「な!なんだこれは!」
「うおお!」
剣を振り、木を切ろうとする手にもツタが巻いてくる。
リリスの乗る馬車にもそのツルははい回り、隣にいる御者の男を捕まえリリスの足に這い上がってきた。
「なんだこりゃあ!ひいっ、た、助けてくれ!」
御者の男が思わず恐怖にリリスの袖を掴む。
リリスは構わず手で印を結び、呪文を詠唱しながら微動だにしない。
とうとう袖が肩から裂け、男はようやくそこで手を離した。
「……ラクレル・レン・ルーナ、命を育む大地の王、ヴァシュラムドーンの精を受けし木々の精霊よ、心鎮め我が声を聞け。我が名は風のリリス。
ラクレル・レン・ラーナ、よこしまな者の声より解放され、静粛なる世界の元に大いなる抱擁を持って我らを見守りたまえ。
ヴァシュラ・セラ・レ・ルーン!我が声を持って、静粛なる者よ解放されよ!」
ザアアア………
突風が吹いて森をゆらし、急激に伸びたツタが急に力を失い地に落ちた。
兵達がそれを振り払い、急いで開けた道へと出る。
「助かった!」横で小さく震えていた御者も、あわてて馬を走らせる。
まだ、まだだ。
術者が近くにいる!
リリスは動き始めた馬車の御者台の上に立ち、術者の姿を探した。
リリスは揺れる馬車の中で、傷に癒しの呪文を送る。
昨夜川の水で洗っている時、水の精霊が癒やしてくれたおかげで、一応傷は開かず出血も止まっている。
「どう?」
「はい、激しく動かさなかったら開くことはないでしょう。
レナントに着いたら、お医者様に縫って頂いた方がいいのかもしれませんが。」
「また痛い目に遭うねえ。もう、あのバカ戦士!」
「ふふ、そうですね。縫ってる間、ワンワン泣き叫んだらつついて下さい。
さて、朝を迎えたばかりですが、少し休みましょう。」
昨夜よく眠れなかったので、眠れる時に仮眠した方がいいと思う。
馬車はひどい揺れの上に腕にも痛みがあるが、横になるとやはり疲れがあるのかリリスはすぐに眠ってしまった。
一行は森のレナントへ続く山道を、早足で列を成して進んで行く。
この山を越えると、レナントの中心部はもうすぐだ。
高台にある城も見えてくるだろう。
しかし、しばらくしてずいぶん進んだところで先頭を進む一行の案内人が、いつもと違った印象に次第に首をかしげる。
朝もやがどんどん濃くなり、何度も同じ場所を回っているような気がするのだ。
歩みが遅くなり、前後の馬が寄ってざわついた。
「リリス、何か様子がおかしいよ。」
ヨーコにつつかれて眠い目をこすり、リリスが目を覚ました。
「なに……?なんでしょうか?」
「何か、同じとこグルグル回ってるんじゃないかって。」
「同じところを?」
道はあって無いようなものだ。わだちもなくただ歩きやすい開けている場所を進み、所々にある道しるべを見つけては間違いの無いことに安心する。
こんな多人数での移動は、山を知る道案内は必ず同行する。
だから道を違えるのは珍しいのだ。
ヨーコがリリスの肩に留まり、馬車から身を乗り出す彼と一緒に辺りを見回す。
何か、いいようのない甘い香りが漂って、クンクン鼻を立て、思い出したようにリリスは横を行く戦士に叫んだ。
「戦士様!魔物の花に惑わされております!風を呼びますので風に向かって風上へ走って下さい!」
「なに?!それは確かか?」
「この香り、ラベンナという方向を狂わせる花の香りです。東の国の魔術師が目くらましに使うと聞いたことがあります!お早く!」
「あいわかった!皆、魔導師がいるかもしれん!注意せよーーっ!!」」
叫びながら戦士が樹の間を走り、先頭へと急ぐ。
「ヨーコ様、風を呼びますから飛ばされぬよう馬車の中でお待ち下さい。」
「わかった。リリス!気をつけて!」
リリスは馬車の中を走り、ミュー馬を操る御者の横に立って両手を高く掲げる。
「風よ!風よ!我が声を聞け!
レナントの風よ!この地に漂う、我らを惑わせし花の香をすみやかに消し、迷いし我らの行くべき道を指し示せ!
フィード・フェナ・ファルファ!
フィード・レン・ラナファルト!」
リリスの手から風が巻き起こり、遠くから風の音が近づいてきた。
ゴォォォォオオオオオ!!
「頭を下げよ!風が来るぞ!」
ビョオオオオ!!
「うおっ!」
どこからか声が上がり、それと同時に突風が右斜めから吹き荒れた。
あれほど濃かったもやが晴れ、山道をはずれているのが目に見える。
「風上に向かって走るぞ!」
「おお!風上へ!」
「おお!」
声が上がり、一気に馬たちが走り出す。
しかし回りの木がグニャリと動き、馬や兵士達を絡め取った。
「な!なんだこれは!」
「うおお!」
剣を振り、木を切ろうとする手にもツタが巻いてくる。
リリスの乗る馬車にもそのツルははい回り、隣にいる御者の男を捕まえリリスの足に這い上がってきた。
「なんだこりゃあ!ひいっ、た、助けてくれ!」
御者の男が思わず恐怖にリリスの袖を掴む。
リリスは構わず手で印を結び、呪文を詠唱しながら微動だにしない。
とうとう袖が肩から裂け、男はようやくそこで手を離した。
「……ラクレル・レン・ルーナ、命を育む大地の王、ヴァシュラムドーンの精を受けし木々の精霊よ、心鎮め我が声を聞け。我が名は風のリリス。
ラクレル・レン・ラーナ、よこしまな者の声より解放され、静粛なる世界の元に大いなる抱擁を持って我らを見守りたまえ。
ヴァシュラ・セラ・レ・ルーン!我が声を持って、静粛なる者よ解放されよ!」
ザアアア………
突風が吹いて森をゆらし、急激に伸びたツタが急に力を失い地に落ちた。
兵達がそれを振り払い、急いで開けた道へと出る。
「助かった!」横で小さく震えていた御者も、あわてて馬を走らせる。
まだ、まだだ。
術者が近くにいる!
リリスは動き始めた馬車の御者台の上に立ち、術者の姿を探した。