第69話 生き写し

文字数 2,081文字

キアナルーサを見送り、王がホッとため息をついた。
どこか、心の底で、山を乗り切ったような気持ちが安堵をもたらした。
この秘密は、墓まで持っていくつもりだ。
キアナルーサを継承させると、王である自分が決めたのだ。
誰がそれに意見をしても揺るがない、それが事実なのだ。
今更あの、教養も無い子を呼び寄せてどうするというのか……国を乱すだけだ。

頬杖して、チラリとこちらに耳を傾けるレスラカーンを見た。

「レスラカーンよ、おまえは父を継ぎたいか?」

急に声をかけられて、声の方に顔を向ける。
父の手を離し、杖を降ろして背筋を伸ばした。

「はい、目が見えないことに甘えて参りましたが、このたびの事件で目が冷めました。
見えなくともできることはあると思います。
私は父を継いで、王子のお手伝いをしとうございます。」

ふふっと王が微笑み、レスラに手を伸ばす。
サラカーンが息子の手を引き、その手を王の手に引き寄せた。
王はレスラの細い手をしっかりと包み込むように握り、ギュッと力に手を入れる。

「おまえは生まれたときから目が見えぬ。
おまえにとって目が見えぬは自然なことであろう。それは些細な障害でしかないと私は考えている。
どうか、キアナルーサの力になってやってくれ。」

「こ、これは伯父上様、なんともったいないお言葉。
未熟者ですが、誠心誠意尽くします。」

「期待している。下がって良い。
このたびは大儀であった。」

「はい。では伯父上様、父上、失礼いたします。」

レスラカーンが杖をついて父に導かれ、部屋を出る。
戻ってきたサラカーンに、王がようやく息をついた。

「レスラはしっかりした青年になったな、おまえがうらやましい。」

「何を言われる、兄上。キアナルーサもたくましく育ったではないか。
息子は、ずいぶんと甘やかしてきたから心配だよ。

……キアナルーサは、我らに怒りを感じているのだろうな。」

とうとう口に出し始めた王子に、サラカーンがため息をついて漏らした。

「あの子は思っていることであろう、何故たかが色違いで子を捨てたのかと。
せめて……あの子なりとも普通に生まれてきてくれたことを、神に感謝するしかない。」

遠く昔を後悔するように、王が目を閉じる。
兄の辛い様子に、弟が小さな声でささやいた。

「まさか、あそこまで兄上に似ているとは……生き写しかと、目を疑いました。
あれを見ては、我らの子供の頃を知るものがうわさするのも仕方なかろう。
ましてラグンベルクがいらぬことを……」

「ベルクは……あれは養子に行くことは不本意であったろうからな、本城をかき混ぜて笑っていることであろうよ。」

「私から、言動を控えるように手紙を送っておいた。兄上もあまり思い詰められますな。
使用人として育った子が、たとえ魔導師になろうと何ができましょうぞ。
教養も無く、荒れた子に違いない。
私ができるだけ王子を守り立てるように計らいましょう。
……しかし、何故今、あの子に登城をお許しになられたので?」

聞かれて王が、傍らのグラスを取り、水を一息に飲んだ。
兄弟だから、聞けたのだろう。
秘密を知る誰もが、リリスの容姿を見てそう思った。

何故、今更許したのか。

かつてアトラーナで一番の美丈夫と言われた王と、ベスレムの白百合と歌われた后の美貌。
それにますます似てくるリリスの整った顔立ち。
キアナルーサが両親に似ていないからこそ、余計に際立ってしまう。
だからこそ、王や王妃の知らないところでセフィーリアの家におけるリリスの監視や指導は育つごとに厳しくなり、徹底的に身分の低さを叩き込むことで王家に目を向けないようにした。
そう、サラカーンは配下の者を送って、長い間監視し、仕向けたのだ。
だがそれも、素性を知る精霊達に壊されようとしている。

「他意はない。ザレルの申し出を受けただけだ。」

「しかし、キアナルーサも言っていましたが、一部の貴族にあの子を押して傀儡としようとする動きもあるようですよ。
気の早いことだ、兄上はまだこうして元気でいらっしゃるのに。」

「そういうものだよ、貴族というものはな。」

「まったく、世継ぎ争いがなければよいが……
とりあえず、あの子をレナントへやったのは正解でしょうな。」

険しい顔の弟に、王がやれやれとため息をつく。

「世継ぎ争いか……
長く平和の続いたこのアトラーナの貴族など恐るるにたりぬ。それに翻弄される世継ぎなど、王たる資格はない。
強さを顕示し、国を導き人を導く精神力を示す。だからこそ、ドラゴンを巡る慣習が残っているのだ。
ラーナブラッドの存在意義は、それを指し示す物。
キアナルーサはドラゴンに認められた者だ、必ず立派な世継ぎとなろう。」

「確かに、旅先でベルクが謀反を起こしかけたときも、怖い思いをしながら不問としたあの判断は器の大きさを感じさせます。
13才であの旅は相当きつい物ですが、争いを収めたあの判断に間違いは無かった。
たいした物です、王としての先見がある。とっさの判断には的確に対応できましょう。」

「王道を歩く子に横道はない。あの子にもすでに迷いはなかろう。
この件も、いずれ時間がたてば忘れるだろう。」

ため息混じりに目を閉じ、天を仰いだ。
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