第12話 召使いメイス

文字数 2,581文字

「また後で会おう。」

「はい、失礼いたします。」

パタンとドアが閉じ、リリスが階段を数歩降りたところでつんのめった。
足がガタガタ震え、全身の血が下がったように感じてめまいがする。
大見得を切っておきながら、こんな所で情けない。
同じ魔導師として少し気を許していただけに、自害を突きつけられるとは思わなかった。

まして、戦争になったら真っ先に戦場にいけなどと……

いまだ父である王の、首を落とせという声が耳について離れない。

ああ……確かにここは、私がいてはいけない所なのですね、ヴァシュラム様。

顔を覆ってその場に座り込み、少し気分が良くなることを待った。

「……何故ここまで……」

ルークの声がかすかに聞こえる。
あの方は、確かあのゲール様の弟子だと母上は言われてなかったかな。
ゲール様は先見の長けた方。
星の位置から星占を、あのほかの魔導師様と……

「……あの子はリリサレーンの再来……」

ビクンと顔を上げた。

ゲールの声が、途切れ途切れに聞こえてくる。
恐ろしい言葉が次々と聞こえ、リリスはたまらず震える足を踏ん張り、急いで階段を下りていった。

「お話しはお済みで……大丈夫ですか?お顔の色が真っ青です。」

迎えてくれた少年が、小さく震えるリリスの手を取り背を撫でてくれた。

「ええ、大丈夫です。申し訳ございません。」

「こちらへおいで下さい。部屋は王子のお近くと聞いております。
しかしそのまま王子の元へ行かれてはご心配をおかけしましょう。
何か温かい飲み物を準備いたしますので、客間の方へ。」

客間と聞いて、リリスが驚いて首を振る。
客間に行く身分ではないし、これ以上この魔導師の塔にはいたくない。
でも、この少年の優しさがひどく心にしみる。

「大丈夫です。それに……私も召使いの……身分で……」

顔を上げたリリスの目から、せきを切ってポロポロ涙が流れる。
それを見て、少年は優しく微笑み奥にある別の階段へと誘った。

「ではリリス様、私の部屋に行きましょう。最下の狭く暗いところですが、意外と落ち着くのですよ。
お疲れのようですから、少し休まれるといい。
魔導師様方は恐いおじさんに見えたでしょうか?大丈夫、皆お優しい方ばかりですよ。」

「あ……いいえ、その……リリスとお呼び下さい。」

戸惑うリリスを、少年はグイと手を引き奥の狭い階段を下りて行く。
かすかに薬草の香りがして、ひどく懐かしく気持ちが落ち着いていった。

「さあさあ足下に気をつけて、こちらの塔は狭く見えるでしょう?でも良くできているのです、魔導師様方もこちらに住んでいらっしゃるんですよ。ここは魔導師の塔と呼ばれています。
私はそのお世話をしているんです。
ああ、私の名はメイスと申します。」

一番下のフロアにつき、見回すと薄暗い廊下に明かり取りの窓が一つ。
並ぶドアからは薬草や食物の色々な匂いが混ざって漂っている。
部屋に案内されるとそこは、質素なベッドに小さな椅子とテーブル、そして数冊のノートや本が並ぶ壁に小さな本棚があるだけの殺風景でそれは狭い部屋だった。

「隣が貯蔵庫や薬草室で……臭いでしょう、大丈夫?
私のベッドで申し訳ありませんが、横になられますか?」

勧められてベッドに座ると、足の震えがだいぶおさまっている。
今ウトウトすると、恐ろしい夢を見そうで恐い。

「ありがとうございます。この香り、なんだかとても懐かしゅうございます、メイス様。」

「様はおよし下さい、リリス様。私は召使いですよ。」

「私こそ、魔導師ではありますが、本当は召使いなのです。様はおよし下さいませ。」

2人、顔を合わせてクスクス笑う。
メイスは部屋を出て茶器を持ってくると、ハチミツをおやつに部屋でお茶を入れてくれた。

「これ、ほんの少しですが、いただいたのです。舐めると甘くて美味しいですよ。
私はお茶に入れるのが好きなんです。」

小さな皿のハチミツを、さじですくってぺろりとなめる。
さわやかな甘さが、口に広がり息をついた。
そういえば、向こうの世界は物は沢山あふれているけど、ハチミツ一つでも味が違う。
アトラーナの食事を取ると、身体の調子がとても良くなる。

「さあ、元気が出るお茶ですよ、どうぞ。」

温かなお茶も、ハーブが入ってメイスの配慮がうかがえる。
なんて優しい方だろうと、リリスは顔を上げニッコリ微笑んだ。

「ああ、本当に染み渡るようです。気持ちが落ち着きました。」

「良かった。やっと笑いましたね。
この部屋、何もないでしょう?本当に、ここはただ眠るだけの場所で……眠るだけの……
私は流行病で早くに親を亡くしたもので、自分の物はそこにある本だけなのです。」

「私も孤児で物心付いたときより働いて参りました。自分の物など似たような感じです。
でも、私の師はたいそう可愛がって下さいましたから、それだけ幸運だったかもしれません。」

メイスがひざまずき、リリスの手を取った。
何のちゅうちょもなく、微笑むその顔にリリスの方が戸惑ってしまう。

「お友達になれそうな気がします。ね、いかがですか?」

「えっ!で、でも、本当にいいのですか?恐くないのですか?」

「アハハ、もう慣れました。それにババ様が、年下は大事にするようにと言ってましたから。」

「年下?私の方が背は高いのに?」

「おや?リリスより僕の方が背が高いと思うよ。」

張り合うように、ピョンと2人が立ち上がる。
リリスも背が低いとはいえ、この2年ほどあまり旅に出なかったし、向こうの世界の豊富な食生活で凄く背が伸びた気がする。
自信を持って並び、愕然とした。
やっぱりリリスの方が、背が低い。

「ほら、私は16になるんですよ。」

「ああ……だったら私が下です。だって15だもの。」

リリスがガッカリ、ベッドにヘタッと座り込んだ。
メイスがリリスの膝にそっと触れて、ポンポン叩く。

「ほら、震えてたの止まったね。」

「あ、本当だ。ありがとうございます……メ…イス……」

様を飲み込んだ。人様を呼び捨てにするなんて、なんて勇気がいるんだろう。
メイスの顔を覗うと、いやな表情を見せる気配は無さそうでホッとした。
嬉しくて、心臓がドキドキする。

「気にしないで。また、遊びに来てくれる?」

「は……はい」

気恥ずかしそうなリリスにメイスが隣に座り、一緒にお茶を飲んで話しをする。
メイスは両親が生きていた頃のことや、ここへ来た頃のことなど、リリスも小さい頃旅によく出ていたことを話し、しばらく語り合った。
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