第7話

文字数 3,680文字

 大塵は一夫の態度に不審を覚えた。妙に馴れ馴れしく、刹那のプライベートや森を知っている。刹那の言う事情を知る警察官なのは分かったが、知り合いにしては年が離れている。「事件で協力したのか」大塵は刹那に仮説を尋ねた。
「父だ」刹那は一夫の後をついていった。
 大塵は驚き、二人の後をついていった。
 警察官が森の前で番をしている。扉は開きっ放しになっていた。「すみません」警察官は一夫に声をかけた。
「何だ」
「立入禁止です」
 一夫は苦笑いをした。自分が言い出した命令を律儀に守っている。上に従うのが組織の基本だ。代わりに状況に応じて対処出来ない。見張りの警察官の態度に苛立った。「なら、お前が俺達の代わりに調べてくれるか」
「いえ」見張りの警察官は一歩下がった。一夫の周囲に不穏な空気を感じた。「上が入るなと言っています」
「上の人間を現場で見かけたのか」
「いえ」
「見てないんだったら、喋らない限り知る由はねえ。バレなきゃいいんだ」
 見張りの警察官は黙り込んだ。
「お前も来い、見分には人手がいる」
「でも」
 一夫は素早く腰の警棒を取り出し、警察官に殴り掛かった。刹那と大塵は驚いた。警察官は思わず目を閉じ、間もなく開けた。一夫は顔の側面で警棒を止めている。
「お前は俺の脅しで立ち入った。だからお前に責任はない。作文を書くのも、給料が減るのも俺だけだ。上に言っとけ」一夫は警棒を引っ込めた。
 見張りの警察官は渋々頷いた。
 大塵は一夫と警察官とのやり取りを見て、呆れを覚えた。余りに強引な警察官はドラマの中にしかいない、と脳の片隅に植え込んでいた。
「行くぞ、付いて来い」一夫は森の中に入っていった。刹那と大塵、警察官達は後に続いた。
 踏み潰した草は意外に丈夫で元に戻っていたが、代わりに刺さったピンポールが目印になっていたので迷わなかった。警察官達は周囲の状況確認に神経を使っていた。刹那や大塵、一夫は慣れた調子で歩いていた。
 丘に着いた。
 刹那達は慎重に登り、開けた場所に来た。リュックや穴は放置したままで、周囲には掘った土の山が積もっている。
「発掘と言うより、工事だな」一夫はインスタントカメラを構え、写真を撮った。フラッシュが光り、1分程経過し、写真が出てきた。
 刹那は興味深そうに特異な形状のカメラを観察している。「変わったカメラだ」
「すぐに写真が出来るが扱いが面倒くさくてな、しかもすぐぶっ壊れる。最近の機械は繊細過ぎて困る」
 刹那は苦笑いをし、リュックの中に入っている懐中電灯を取り出した。一夫の性格からして、機械をすぐ壊すのは容易に想像出来た。
「骨は」
 刹那は穴の前に立ち、懐中電灯で穴の中を照らした。
 一夫は穴の中を覗き見た。2m程の深さがある。木の根は奇麗に避けている。一番下に白い頭蓋骨の一部が見えていた。
「取り出せるか」
「問題ない」刹那はスコップとリュックを手に取った。
「中を撮ってくれ」一夫は刹那にインスタントカメラとフィルムを渡した。「使い方は分かるか」
「カタログで見た」刹那はカメラを受け取り、延々とこねくり回した。変形するロボットの玩具を初めて触る子供と同じ興奮を覚えた。
「早く撮って来い」大塵は刹那を急かした。
「分かったよ」刹那は、渋々カメラと懐中電灯をリュックに入れて背負った。木の根を足場にして穴の中に降りた。底に着くとカメラを取り出してフィルムを入れて撮影した。写真を撮る度、スロットから写真が出てくる。現像屋に出さなくとも写真が出てくるのに興味を覚えた。出てきた写真はリュックの両脇にあるポケットに入れた。撮影を終え、袋を取り出して頭蓋骨を掘り出した。頭蓋骨は鉄片の部分のみで、割れた骨董品と同じく砕けていた。今必要なのは解析に使える分かりやすい骨だ。残りの骨は無視して道具をリュックに入れた。再び桜の木の根を足場にして登り、一夫達の前に来た。「取ってきた」近くに遺物収集箱があるのを見つけ、リュックから袋を出して遺物収集箱に置いた。
 刹那はポケットに入っている写真とカメラ、残ったフィルムを取り出した。「ありがとうございました」
 一夫は刹那からカメラと写真、フィルムを受け取り、袋に入った頭蓋骨と桜を交互に見た。「怨念の正体か。呪いがかかってるのか」
 大塵は笑みを浮かべた。「死体に触った程度で呪いはかからない。でなければ、葬儀屋と考古学者は皆早死にしてる」
「骨は署で回収し、鑑定に出せばいいんですね」警察官は一夫に尋ねた。
「大学に回せ」一夫は警察官を一括した。
 警察官は驚いた。人の骨を民間人に渡せというのか。
「発掘物は大学で鑑定する物だ」一夫は刹那の方を向いた。刹那は目をそらした。
「不明の発掘物は、警察が鑑定の上返すのが規則だ」
「役所に回すと、手続きが面倒くせえんだ。だったら即座に鑑定する大学の方が敏速だ。おかしかったら警察に回ってくるんだから、構わねえよな」
 警察官は頭蓋骨の破片を見つめた。何も答えてくれない。「始末書が増えますよ」
「俺の不始末は俺が買う。お前が買ってくれるのか」一夫は警察官を見た。戸惑っている。「嫌なら心配するな。お前らは引き続き、現場の検証をしてくれ」
「はあ」警察官は曖昧に答えた。面倒を避ける為には、了承以外の選択肢はない。
「俺は」刹那を引っ張った。刹那は驚いた。「お話がある」
「すみません」警察官の一人が、一夫に声をかけた。「関係者を無用に連れ出すのは」
「事情聴取だと言っておけ」一夫は吐き捨てた。
 一夫は刹那を連れて森を出て行った。
 警察官達と大塵は、一夫と刹那の後姿を呆然とした状態で見ていた。
「警察ってのは、皆適当なのか」
「いえ」警察官は適当に返した。
「調査しますか」
 警察官の言葉に、大塵は頷いた。
 一夫と刹那は森を出て庭に出た。「上手く掘ったな」
「桜の根が避けていた」
「発見して欲しくて絡みを避けたのか、桜が嫌ったのか。偶然にしては都合がいいな」
「偶然はない」刹那は言い切った。何かを訴える為、発見を望んでいたのではないか。
 一夫と刹那は庭を出て、道路を歩いてバリケードを超えた。地元の人達が集まっている。
「普通は時間が経てば引くのによ、よっぽど嫌ってるんだな」
「皆でやらかしたんだ、表に出したくないのは分かる」
 一夫は刹那の言葉に唸った。刹那は人々が森を嫌っている理由を知っている。
 脇に止めてあるパトカーの前に来た。「お前は骨が誰なのか、分かっているんだな」一夫は刹那に尋ねた。学者とは根拠がなければ何も主張出来ない、臆病な生き物だ。裏を返せば、行動するには根拠がある。元を突き詰めれば解決への道が開ける。
 刹那は頷いた。「資料館にコピーがある」
「コピーか」一夫はパトカーの運転席を開けて乗り込んだ。「お前は後ろに乗れ、助手席は相方の特等席だ」
 刹那は後部ドアを開けて乗り込んだ。
 パトカーは間もなく走り出した。
 刹那は後部座席から、ダッシュボードを眺めていた。大量の機械やメーター類が並んでいて、男の子の欲望をそそる。
「資料館の場所は」
「親は子供の勤務場所位、把握しているもんだ」
 刹那は一夫の言葉に安堵した。場所を知っているのなら問題ない。
 一夫はフロントガラスを通して景色を眺めた。「随分経つが、何も変わってないな」
「急に変わるなんて無い」
「買い出しは」
「父符まで行って来る」
 一夫は苦笑いをした。「取り残されちまうぞ」
 刹那は黙った。都会ではスーパーマーケットが開いているのに、未だに町で開いたと言う話は聞いていない。
「地主は」
「呼び出して話を聞く。地主が殺した可能性は」
「今の所はない、としか言えない。証拠なら周辺の土を解析すれば分かる。近年に殺して埋めたなら、周囲と異なる年代の反応が出る」刹那は言い切った。土は掘って埋めれば表層の土と混ざる。均一化した周辺の地層と異なる反応が出れば、近代に掘り返したか埋めたかが分かる。「大体、人を埋めたなら調査の許可を出さない」
「だな」一夫は頷いた。刹那が推測と分析に長けているのは知っている。だからこそ、無闇に反論出来ない。
 パトカーは国道に出て暫く走った。横乃瀬川の橋の前を曲がり、資料館に着いた。入り口に停まった。
 二人は同時に降りた。刹那は先に資料館に入った。
 一夫は車に鍵をかけて資料館に入った。冷たい空気と埃っぽい匂いが入り込んできた。慣れない感覚に咳き込んだ。
 刹那が入り口で待っていた。「常設展の奥に資料がある」
 二人は受付に向かった。
 受付の人は、一夫の姿に戸惑った。「警察の方ですか」
「資料が必要だと言っているので連れてきた。部屋を借りる」
 一夫は受付に近づき、警察手帳を見せた。「警察の者だ、捜査に関する資料を確認する為に来た。入場していいかな」
「はい、分かりました」受付の人は淡々と答えた。
 刹那は常設展示室の奥に向かった。
 一夫は刹那の後をついていった。常設展の展示物を珍しげに眺めた。「全部お前らが集めたのか」
「寄贈を受けたのもある」
 一夫は笑みを浮かべた。親にとって、息子の成果は自分にとっての誇りでもある。
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