第5話

文字数 3,758文字

 森の中は木々が密生し、伸びる枝と生える葉が光を遮っていた。地面では草が膝丈程に伸び上がり、蔦やドクダミが覆っている。
 刹那と大塵は木の隙間を縫い慎重に歩を進めた。10m程度歩く度にピンポールを地面に突き刺し、巻き尺で距離を図っては周辺の光景をカメラに収めて野帳に記していく。時間が掛かるが未開の場所だ。地道に進めるより他にない。奥にある丘の近くまで進んでいき、地面にピンポールを突き刺した。地面にある何かにぶつかった。木槌で軽く叩いて深く刺そうとするが、刺さらない。
「何があった」
「地面に石が入ってる」刹那はリュックを降ろし、軍手とスコップを取り出した。何が埋まっているのか、遺跡か岩盤なのかは分からない。軍手をはめ、スコップで掘り進めた。スコップの先端が硬い物体に当たった。手で丁寧に掘っていく。間もなく水平な岩が出てきた。
「簡単に引っかかるんだな」
「基礎か階段か、意図的に埋めたんだ」大塵は現れた岩を見た。自然の岩盤にはない、水平に切り出した形跡がある。
 刹那は丘を見た。岩で舗装した形跡だと確信した。リュックを担いで丘に向かった。
「計測は」
 刹那は大塵の言葉が耳に入らない。自分の目的で頭が埋まっている。
「待てよ」大塵はは刹那の後をついていった。
 刹那は丘の前で立ち止まった。周辺は森と同じく木や草が全体を構成していて、苔や蔦が覆った状態で直方体の岩が転がっている。「写真にあった場所だ」
 大塵は周辺を見回した。刹那の言葉通り、写真にあった光景と似ている。
 刹那は岩の前に向かい、手で地面を掘った。間もなく石の部分が現れた。石の周辺を掘った。石が重なっている。「階段だ」
 大塵は刹那の元に近づき、掘った形跡を見て眉を潜めた。階段状に埋まった石は、近代の人工物を意味している。
 刹那は丘を登っていった。先に何があるのか興味が湧いた。草で所々滑るが、歩行に支障をきたす程ではない。地面に張る蔦に足を掛け、丁寧に登っていった。
「待てよ」大塵は刹那を追いかけた。
 二人共丘を登りきった。日が差し込み、木々は然程生えていない。代わりに黄緑色に輝く草が全体を覆っている。
 刹那は黙々と草をかき分け、奥へ向かった。
 大塵は刹那の行動を疑いつつ、後をついていった。何かが取り憑いているのではないかとさえ感じた。ルビコン川を迷いなく渡る者は死を恐れないか、死にたがりしかいない。
 奥に向かった。枝垂れ桜の巨木が1本だけあった。淡い桃色の花が咲き乱れている。
 大塵と刹那は、鬱蒼とした森と異なる桜の美しさに驚いた。
「桜を守る為に立入禁止にしてたのか」大塵は刹那の方を向いた。刹那は桜を見つめていた。「知ってたのか」
「昔、人づてに聞いた。伝承からして、八想神社に移転した桜の残りだ」
「一本だけ残したのか」
 刹那は顔をしかめた。八想神社の桜は領域を塞ぐ結界を兼ねている。1本だけ残すのは不自然だ。
「わざと残したってのか」
 刹那は桜の木に近づき、恐る恐る触った。冷たい地肌の感触だけが手を通して伝わるだけだ。安堵したと同時に不審を覚えた。結界は囲い込む関係上、線で起動する。1つの点では起動しない。桜を1本だけ残すのに、何の意味があるのか。
「桜の下に何か埋まってるって言うなよ」大塵は冗談混じりに言った。
 刹那は大塵の言葉に閃いた。桜は穢れを退ける性質を持つ。桜の根本に不浄な何かがあり、封印する為に残したのだ。不浄な力が残っているなら痕跡がある。「穢れを封じるために残したんだ」桜を中心に周り、幹や枝を観察した。
「人工物の痕跡が見つかった。教育委員会に報告して調査の申請を出しに行こう」
「まだだ」刹那は半周程回って立ち止まった。足元に草が薄い場所がある。軽く手で掘った。砂に近く、簡単に掬えた。次に周辺の土を掘った。湿り気と草の根で固く彫りにくい。性質の違いに違和感を覚えた。リュックを降ろし、スコップを手に取り掬った。簡単に土が掬えた。木の根は本来無秩序に伸びていく。掘った場所の周辺だけ根が張っていない。今掘っている場所を桜や草が嫌っているのだ。理解し、徹底的に掘り進めた。土は不自然なまでに柔らかく、地盤や根、粘土質の土にも引っかからない。かゆい部分を延々と掻きむしるのと同じ心地よさを覚え、周りが見えなくなる程に集中して掘り進めた。
 大塵は刹那の行動に驚き、近づいた。「何やってんだ」
「根が避けている」刹那は大塵を払い除け、延々と掘り進めた。掘ってくれと訴えているかの如く、柔らかい。
 大塵は刹那の態度に唖然とした。主観で決めつけるなど、学者の判断ではない。
 刹那は我を忘れて穴を掘った。スコップでは彫りきれず、リュックに差したシャベルを手に取り深く掘り進めた。自分の体が埋まる程になったが、止まらずに掘っている。
 大塵は、刹那の行動をおかしいと感じつつ見守った。刹那の言葉通り、木の根や埋まっている石は掘った場所を綺麗に避けている。土壌モノリスに見える程だ。
 2m程掘り進んだ。刹那は余りに簡単に地面が掘り進むので、快感となっていた。泥に塗れた姿は、学者と言うより工事関係者だ。更に掘り進める為、スコップを地面に差し込んだ。重く固い反動を覚えた。根に当たった感覚と違う。思わずスコップを引いた。
 大塵は刹那が掘る作業を止めたのに安堵した。「やっと終わったか。根っこに当たったか」
「違う、懐中電灯を落としてくれ」
 大塵はリュックから懐中電灯を取り出し、刹那のいる所に放り投げた。
 刹那は懐中電灯を受け取り、スイッチを入れて足元を照らした。抵抗の正体に驚いた。「お前の話、本当だったな」
「何の話だ」
「桜の木の下にはって話だ」
「本当かよ」大塵は穴を覗き込んだ。黄色くなった頭蓋骨が、素焼きの陶磁器の欠片と共に土から覗いている。発掘を行っている関係上、骨を見るのに慣れている。但し既に調査を行っている古代遺跡での話で、試掘で見つけた経験はない。
「誰か殺してたか。警察だな」
「呼ぶ前に周囲を調べる。カメラを頼む」大塵はリュックを置いてビニール袋と手袋とカメラを取り出し、刹那に渡した。
 刹那は一通り受け取った。手袋をして骨の周辺を撮影した。調査の主導権が警察に行く前に一通り調べておく必要がある。
「警備員呼んで電話しないとな。周辺の調査は一旦中止だ」大塵は刹那に声をかけた。
「分かった」刹那は了承し、穴から出てきた。大塵にカメラを渡し、リュックに一通りの荷物を入れて担いだ。
「戻る」桜のある場所から去った。ピンポールは差したままにし、穴は埋めずに放置した。通報後、警察と来る羽目になるからだ。
 二人は黙々と森を抜けた。行きに草をかき分け、踏みしめた場所を通るので楽だった。森を抜け、庭に出た。日は頂上に達していた。
 庭から門にいる警備員の元に向かった。
 警備員は二人に気づいた。「お二人共、随分早いですね」
「埋蔵物について警察に連絡する必要がある。電話はあるか」刹那は警備員に要求を話した。
「電話ですか」
「止まっているのか」
「電話も水道も止めています」
「参ったな」刹那は渋い表情をした。
「車に自動車電話ならあります」
 刹那は警備員の言葉に驚いた。「入れてるのか」
「すぐに警察に連絡する必要があるので、会社の車に必ず入れてるんです」警備員は二人の位置を見た。警備員から見て、門から内側に入っていた。「まず出て下さい。森と門に鍵を掛けないといけません」
 刹那と警備員の言葉通り、大塵は門から外に出た。
「待っていて下さい」警備員は中に入った。
「なかった時には何の手段を取った」大塵は刹那に尋ねた。
「店にある公衆電話を使う。地元の人間に電話を貸して貰えないからな」
「素直に貸してくれるか」大塵は呆れ気味に返した。刹那の言葉は、理想以前に只の願望だ。実際に貸してくれる訳がない。
 暫く経った。警備員が戻ってきた。「すみませんでした。案内します」道路を歩いていった。
 刹那と大塵は警備員の後をついていった。
 駐車場は道路を曲がった所にあった。砂利で舗装した地面の上に2、3台の車が止まっている。
 警備員は会社のステッカーが貼ってある車に向かい、運転席のドアに鍵を差して開けた。
 刹那は中を除き見た。黒い受話器が座席の隣に置いてある。
「使って下さい」
 刹那は受話器に手を伸ばし、手に取った。受話器にダイアルボタンが付いている。
「警察位にしか連絡しないなら、電話より無線の方が安上がりな気がするがな」
 警備員は苦笑いをした。会社の方針で決まっているので、何とも回答出来ない。
 刹那は、子供が玩具に初めて触れる手付きで自動車電話を触っていた。カタログか海外ドラマの世界でしか目の当たりにしていない逸品だ。
「早く電話しろ」大塵は刹那を急かした。
 刹那は、大塵の言葉に苛立ったが抑えた。手帳を胸ポケットから出して電話番号を打ち込んだ。
 大塵は眉を潜めた。警察署にかけるだけなら、『110』と3桁の数字を入れるだけで足りる。態々手帳を参照する理由はない。「番号が違うぞ」
「知り合いに、話が分かる警察官がいる」
「本当かよ」
 刹那は電話をかけ、受話器を耳に当てた。話は事情を理解出来る人間なら通じやすい。
「もしもし、警察ですか。刑務課の霧崎一夫をお願いします」
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