文字数 1,463文字

哲郎はフィットを停めているコインパーキングまで戻り、100円を払って近くのコンビニに向かった。矢島のもとから離れて考えると、やはり助ける気になれなかった。3万円をもらっても面倒だ。
哲郎はコンビニの駐車場に到着すると、大きくため息をついた。コンビニのゴミ箱にモンスターの空き缶とアメスピの空き箱を捨てた。そして、レジに行き、緑のアメスピとアイスカフェラテを買った。
哲郎はアイスラテのカップに3つシロップを入れて、マシンにセットした。そのあいだ、哲郎は新しいアメスピのフィルムをめくって、銀紙を取り出して捨てた。
アイスラテを持ってコンビニを出て、ガラス越しに本棚の裏を沿って進み、灰皿に向かった。哲郎はアイスラテをストローで飲み、アメスピに火をつけた。
哲郎は昔、自分が矢島に助けてもらった恩があるか、考えを巡らせてみた。高校の頃、矢島は喧嘩が学校で一番強かった。だから、仲がいいだけで守られているような感じはしたが、改めて考えると、それ以外に矢島が自分のためになにかしてくれたかとかいうことを思い出せなかった。むしろ、万引きやバイクの盗難に巻き込まれたり、喧嘩に巻き込まれたり、そんなことしか思い出せなかった。
しかし、友達なのは間違いない。10代の頃はそういったスリルが楽しかった。だが、そろそろ結婚相手を探そうという気が起きてくる年齢になった今、10代の頃と同じような無償の友情で矢島を助けるのは、馬鹿正直に義理を果たすような、自分に害のある約束を断る勇気をもたない、決断力のなさを体現する愚かな行為に手をそめている、そんな感じがした。
哲郎は3分の1まで吸ったアメスピを見て、どれくらいまでなら矢島を待たせても怒られないか考えた。とりあえず、アイスラテを片手に迎えに行くのは矢島が嫌な気を起こすだろうから、アイスラテは飲み干してから現場に向かおうと思った。
アイスラテを飲んでいる時、哲郎はわずかな便意に襲われた。アメスピを吸って灰皿に落とし込み、アイスラテのストローを音が鳴るまで吸い込んだ。そして、飲み残しを捨て、店内のトイレで用を足すことにした。
哲郎は便座に座りながら矢島に電話をかけた。
「もしもし」
「ロープ準備できたで」
「ごめん、めっちゃ腹痛くなったから、今トイレ行ってんねんな」
「嘘やろお前」
「マジで。コーヒー飲んで煙草吸ってたら行きたなってもうて、しかたない感じなんよな」
「どうでもええから、早よしてくれる? そろそろヤバいて」
「急ぐわ、ほな」
哲郎は用を足し終わると、ハンドソープを念入りに両手に塗り込み、手をクロスさせて、爪を手のひらでこすり、手のひらの表と裏を丁寧にこすった。自動の蛇口に手をかざし、手のひらをこすって、ハンドソープを流した。そして、エアータオルで水滴をほぼ完璧に飛ばした。
哲郎がコンビニの外に出ると、出入り口の近くに公衆電話があるのが目に入った。
−−もう、おれが通報したろかな。
ふと、哲郎は思った。だが、さすがに自分が通報するのは矢島を裏切る感じが強く、気が咎めた。正直なところ、哲郎はわざと、もたもた寄り道をしたりして、その間に誰かが通報して、矢島が捕まってくれていることを願っていた。
ポケットの中のスマホが震えた。矢島からの電話だった。
「お前、ええ加減せえって。きてもらってて悪いねんけどや」
「今トイレ出たから、すぐ行くわ」
「待っとるからな」
哲郎は自分で通報しないことを決めた。ここからは運命に任せよう。そう思ってフィットに乗り込んだ。
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