文字数 1,257文字

哲郎はパワーウィンドウのスイッチを操作して前後4枚の窓をドアバイザーが被る分だけ開けた。胸ポケットからアメスピを取り出して一本くわえた。Googleマップのルートを設定したスマホをホルダーに固定し、Zippoでアメスピに火をつけ、ゆっくり吸い込み煙を吐いた。
哲郎は左手でサイドブレーキをおろし、シフトレバーをDレンジに引いた。火が触れないようにタバコを指に挟んだままヘッドライトをオンにして発進し、ハンドルを切った。アパートの駐車場を出ると、ボディに当たる雨の音が車内に響いた。
哲郎はワイパーをオンにした。時計を見ると現在4時7分。スマホに目をやると、ドン・キホーテまでの予定到着時間は4時19分だった。そこから買い物をして、事故現場まで行くことになると、いくら早くても、矢島がいる現場に到着するのは5時10分前後くらいになるだろうなと運転しながら哲郎は考えた。
–−もし、矢島の車が福元浄水のバーミヤンの前で停まったままだったら?
普通に考えて通行の邪魔だし、人の目を引く。どこかの敷地の駐車場に移動したりしていない限り、誰かに通報されて、警察に取り調べを受けている可能性もあるなと哲郎は思った。
電話では矢島は事故のことについて警察に『言うた』と言っていた。しかし、それなら警察署や交番で通り調べを受けていて電話する暇もないはずだから、本当は警察に事故を報告していないだろうし、自分が牽引している途中で警察に止められてしまったら、もしかすると共犯になるかもしれないと哲郎は考えた。
哲郎はドン・キホーテの駐車場に到着した。窓を開けて駐車券を受け取ると、ゲートバーが跳ね上がった。哲郎は全ての窓を閉め、なるべく店内への出入り口に近い場所にバックして駐車した。
哲郎はドアを閉めてリモコンで施錠し、ノブを引っ張って施錠を再確認した。早足で自動ドアを通り、店内に向かう階段を降りて、カー用品のコーナーで牽引ロープを探した。だが、哲郎は二周カー用品コーナーすべての棚を見て回っても牽引ロープをみつけられなかった。
哲郎はスマホを取り出し矢島に電話した。
「もしもし」
「どない?」
「牽引ロープないねんけど」
「いや、マジであるから。なんか緊急のハンマーとかあるあたりにあんねん」
哲郎は緊急脱出用のハンマーや三角表示板が置いてある一角に牽引ロープを見つけた。分かりにくいパッケージだった。実のところ、矢島が適当な嘘をついていると思ったので、牽引ロープが本当にあるとは思ってなかった。
「あったわ。てか、車は? 移動させたん?」
「してない。いつくらい着きそう?」
「5時15分くらいちゃうからな」
「マジか。なる早で頼むわ」
「頑張るけど、車、ええ感じのとこ移動させといた方がええかもな」
「やってみてんけど、1人やとなかなか動かんねんな。ちょっと頑張るわ」
「ほな後で」
「はい」
哲郎は牽引ロープとモンスターエナジー2本をカゴに入れた。会計の際、店員に聞かれなかったが、駐車券を出すのを忘れなかった。
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