文字数 798文字

哲郎はフィットのキーをオンにした。ビープ音が無機質に鳴った。口の中が煙草であれてきた感じがしてきて、歯を磨きたくなってきた。
さっぱりするためにお茶でも買いたいところだが、矢島のことを考えると、急いでここから離れざるをえないと思った。哲郎はシフトレバーをDレンジに引き、発車した。
CDプレイヤーの時計を見ると5時42分だった。正確な時刻表は知らないが、始発の次の電車が走っていてもおかしくない時間だと思った。歩道に、ちらほら人が増えている。会社員風の男がカバンを持って歩いているのを見ると、こんな土曜日の早朝に出勤するのはかわいそうだと、哲郎は思わず同情して自分も気分が滅入ってきた。
矢島の事故車があるところまで近づくと、矢島の車の周りに2人、別の人影が見えた。服装からの印象は同じくらいの歳の男性だった。
哲郎は事故現場の一つ先の交差点をU字に曲がって、矢島がいる交差点に向かった。矢島がいる場所まで到着し、哲郎はハザードを出して停まる準備をしたが、矢島が車の周りに集まってる内の1人の顎を殴ったのを見て哲郎は血の気が引いた。矢島は続け様にもう1人の顎に肘打ちを当てこみ、矢島の周りにいた2人の若者は地面に倒れ込んだ。
哲郎はフィットに乗ったまま、助手席の窓を開けて大声で矢島に喋りかけた。
「なにしとんねん!」
「しゃーないやろ、こいつらが喧嘩売ってきてんから」
「もう無理。帰るからな!」
哲郎は助手席の窓を閉めたが、矢島がフィットに向かって走っていき、助手席の窓を叩いて喋った。
「しゃーないやんけ!」
哲郎は無視して発車した。すると、後ろで何かが弾ける大きな音がした。哲郎はアクセルを緩めずそのまま踏んだ。バックミラーを確認すると、リアガラスに大きな穴が開いてるのが目に入った。
「あのボケ!」
哲郎は左手でハンドルを思い切り叩いた。もう矢島との縁はこれきりだと確信した。

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