第8話
文字数 4,232文字
夢喰いバク
おまけ ② 『 不審者バクちゃん 』
「穏やかな天気だ」
バクは珍しく、人間の姿になって人間の世界に来ていた。
どうやって人間の姿になるか、人間の世界に来るのか、といった疑問はここではどうでもいいこととしよう。
とにかく、バクは人間の観察をすることにした。
普段は髪の毛の色を変えて観察に向かうのだが、最近髪の毛が傷んでいるように感じていたため、何もせずに出かけた。
紫色のラフなカッタ―シャツに、下は定番のデニム。
傍から見ればそれほど変わったようには見えない。変わったように見えないのは一見見たときの印象であって、それ以外は何とも言えない。
目はアイスブルーのため、国外から来たと思われてもおかしくはなく、昼間から若者がプラプラ街中を放浪しているように見えるのだから、いたしかたないことなのだが・・・・・・。
バクは、職務質問、所謂“職質”を受ける羽目になった。
「君、ちょっといいかな?」
「・・・なんでしょう?」
街では不審者が出没しているらしく、バクは警官からみてその部類に入ってしまったのだろう。
「君は学生かな?学校は?」
「いえ、社会人です。今日は休みなんです」
ニッコリと善良な市民を装ってみたバクだが、身分証明するものを持っていなかったため、色々と聞かれる事になってしまった。
「君、本当に働いてるのかい?何処で?両親は何処に?」
「・・・なぜ僕のプライベートなことまで答えなければいけないんでしょう?あなたがたには関係ありませんよね?免許証は忘れてきてしまったんです。べつに運転しているわけでも、お酒呑んでるわけでもないじゃありませんか」
「答えられないワケでもあるのか?」
「答える必要がないから答えないだけです」
厄介なものに捕まってしまったと内心ため息をついていると、交番まで来るようにと言われてしまった。
ここで断ればもっと面倒なことになると考えたバクは、大人しく着いていくことにした。
―さて、どうしたもんか。
交番に着いて奥の部屋に案内されると、先程の質問の続きが始まる。
「名前、住所、生年月日、職業を教えてください」
名前はなんとでも作る事が出来るが、調べられるとなると、住所や生年月日と全てを一致させる人物を知らなければいけない。
まして、顔が全く違うのだから、そもそも誰かになりすますことが出来ない。
だが、やらなければいけない。
―このままだと、本当に面倒なことになるな・・・。
そこで、バクはいままで覗き見してきた人物の中から適当な人物を選び、全ての情報をフル活用することにした。
この場で凌げればいいのだ。ここから無事に脱出出来れば、それでいいのだ。
「片貝光輝、住所は横邑楽琉3丁目のブルースカイ団地、アパート鳥首Aの208です。1979年9月4日産まれで、リハビリ施設の職員です」
「なんでさっきは言わなかった」
「すみません。警察の方に声をかけられるなんて初めてで、つい警戒してしまいました。調べていただいて結構ですよ」
「いや、もう結構ですよ。これからは、素直に答えることをお勧めしますよ」
「・・・では、失礼します」
「なんで俺が不審者と思われなきゃいけない」
街を歩いていれば、自然と自分の姿があちこちでガラスに映って見えるが、バクは特に自分がおかしい身なりをしているとは思っていない。
実際、していない。していないのだが、身なり云々の問題ではないことを、本人はまだ気付いていない。
フラフラと不特定多数の目的に目をやりながら歩いていると、反対側から来た、見るからにチンピラの輩とぶつかってしまった。
「おい、てめぇ!なにぶつかってんだよ!どこに目ぇつけてんだよ!!!」
すでに滅びたと思っていた存在の登場に、バクは心なしか喜びを感じた。
「余所見をしていて・・・。目は、ここにちゃんとついてますよ」
冗談交じりにそう告げれば、チンピラの癇に障るのは分かると言うのに、バクはあえてお茶目に答えてみた。
思った通り、チンピラはバクの言動にキレ、路地裏へと連れて行かれてしまった。
あまり人目につかない路地裏には、極たまに人が通る程度で、ここで殴る蹴るの暴行をするには十分だ。
五人でつるんでいたチンピラのうち、リーダー格の一人がバクの顔をいきなり殴った。
避けることは可能だったが、ここは殴られたほうが良いという判断をしたバクは、無言で痛みに耐えた。
「ヘヘヘ・・・!!!てめぇみてぇな軟弱野郎が、俺達に喧嘩売ってんじゃねぇよ!!」
それから数発、バクはお腹や足を襲う激痛に耐えようとした。
最初は、そう思ったのだ。
だが、一発目で顔を殴られたバクは、冷静な判断をしつつ、冷静な判断をしたからこそ、彼なりの答えを導き出したのだ。
「俺が人間ごときに大人しく殴られる理由はないな」
「ああん?なんて言った?」
ぽつり、と呟いたからか、バクの言葉はチンピラたちに届くことはなく、一人が再びバクに向かってきた。
続いて、リーダー以外のチンピラがよってたかってバクに殴りかかってきた。
「ほら、怖いよーって言えよ!助けて下さーいって!!!ハハハハ!」
「このへんで俺らにたてつこうなんて、馬鹿な野郎だな!」
最初は気持ちよさそうに下卑た笑いで殴る蹴るを繰り返していたチンピラだが、途中で何かの違和感に気付いたようだ。
バクを殴っていたはずと思っていたが、いつの間にか仲間の一人が輪の真ん中におり、殴られていたのだ。
男達からすれば、それは不思議であった。
服装も髪型も全く違う仲間を、間違えて殴るなんてことないだろうと思っていたからだ。
「お、おい・・・。大丈夫か!?あの野郎は?何処行った!?」
「ここだ」
声が聞こえてきたのは、当然輪の真ん中からでもなく、だからといって輪の近くにいるわけでも無い場所からだった。
チンピラは一斉にそちらに顔を向ければ、リーダーの男の背中を足で踏んでいるバクの姿だった。
リーダーの男は地面に跪いていて、バクは足をどけて背中にどしっと腰を下ろした。
「てめっ!!」
なぜかすでにボロボロになっているリーダーに、チンピラは益々怒りを露わにするが、バクは凍りつく目でチンピラを一瞥する。
さきほどまでのバクの印象から一変したため、バクとその下にいるリーダー以外のチンピラは、足をその場から動かせなかった。
「弱者をいたぶって楽しいか。ゲスだな」
「んだと!?」
「自分より弱い相手を力でねじ伏せることでしか、自分の強さを確かめる術がないとは・・・。だからこそ、頼りにしている強い存在が負けてしまうと、一気に恐怖が押し寄せてくる。力だけで結びついている関係など、簡単に崩れて行く」
「何言ってんだ!それより、早くリーダーから下りろ!」
「麗しい友情、とでも言っておこう。だが、それがかえって足を引っ張り、命取りになる」
そう言った瞬間、バクはリーダーの男から下りて、チンピラの方に移動し、最初にタンカを切ってきた男を地面に叩きつけた。
輪にいた他の三人も次々に倒していけば、リーダーの男も呆然とそれを見ているだけだった。
「どうした?こいつらを助けに、俺を殴りに来ないのか?」
「ひィィッ・・・!!!」
バクを纏う、通常の人間とは異なる空気に気付いたリーダーの男は、倒れている仲間を見捨てて先に逃げ出してしまった。
「まったく。今日はゆっくり観察が出来ないな・・・ん?」
ブツブツと文句を言いながら放浪していると、ふと、バクの興味を惹くものが目にとまった。
ウィーン・・・ウィーン・・・ガシャン・・・
四角い大きな透明の箱に入っている沢山のおもちゃやぬいぐるみを、歪な形の銀色の物体が、なんとも頼り無さそうに揺れながら動いていた。
俗に言う“ユーフォーキャッチャー”というやつだ。
じーっと観察をしていると、取れそうで取れなく、悔しがっている人間が何人も何十人もいることに気付く。
「あんな握力の無さそうで、取る気力も無さそうなもので、取れるわけないだろう」
それに、中に入っているのは、バクにはよくわからないフィギュア(と呼ばれていた)ものや、結局普通に買った方が安いのでは?と思うお菓子類、それにデカイぬいぐるみなど。
きっと人間もそのことに薄々気づいてはいるものの、引き寄せられるものがあるのだろう。
そういう勝手な解釈をしたバクは、一度だけやってみることにした。
「ふん。時間の無駄なことを」
ウィーン・・・ウィーン・・・ウィー・・・ガッシャン・・・
「なんで取れない!!あと少しなのに!!!くそっ・・・!あの上の方でブラブラ揺れているものが俺の手の形なら・・・絶対にすでに取れてるはずだ!!!」
透明な板を大人気なく叩いて、中で人の気も知らずにぶら下がっているものを睨む。
何度も試した。何度も落とした。何度も発狂しそうになった。何度も子供に笑われた。
「屈辱だ」
一旦冷静になろうと外の空気を吸いに出ると、入れ違いに親子が入って行った。
すぐにバクが苦戦したゲームに飛び付くと、子供が父親にアレをとってコレをとってとせがんでいた。
その光景を見て、バクは鼻で思い切り笑った。
―そう簡単に取れるものじゃないんだ。
「やったー!パパすごい!!アレもほしい!!」
「待ってなさい」
「!!??」
力の限り振り返り、親子を見てみると、子供の手には早速おもちゃが握られており、父親は次のおもちゃを狙っていた。
鬼の形相で眺めていたバクに気付くこと無く、目的のおもちゃをゲットすると、親子はさらに奥のゲームの方へと進んで行った。
その頃、バクはガクッと力無く膝を地面につけていた。
―灰になった
夢が溢れる世界、バクは珍しく本を読んでいた。
『敗北感に打ち勝つには』と書かれた本に、付箋を貼りながら読むという、もはや頭が良いのか悪いのか分からないことをして・・・・・・。
先日の出来事が相当バクにはショックだったようで、あれからというもの、「自分は強い」「自分は出来る」「自分は最高」と言った、自己暗示が始まった。
「人間の進歩とはおそろしいものだ」