第7話
文字数 3,808文字
夢喰いバク
おまけ ① 『 ミーハー少女にご注意を 』
「あー・・・いつ会えるのかな」
「?どうしたの?千晶」
某日某所、少女が二人、誰かの部屋の中でくつろいでいた。
一人は、手にマンガを持っており、髪の毛はショートボブくらいだ。部屋着と思われるTシャツ一枚に短パンを穿いている。
もう一人は、天井を仰ぎながらぼーっとしており、髪の毛はセミロング、青のワンピースを身につけていた。
ワンピースを着た少女が、こう続けた。
「あのね、最近夢に出てくる人がいるんだけど、超かこいいの!!!あの人、もしかして運命の人なのかな!?」
「千晶、何言ってんの?」
ワンピースを着た少女は“千晶”というようだ。
ほわーん、と恋をしている真っ最中のようで、友達がマンガを読んでいる隣で、さきほどからずーっと夢の話をしている。
「だってね、本当に格好いいの!俳優さんとかよりも好き!こう、夢に出てくるだけで、胸がドキドキしちゃう!!!」
「はいはい。千晶は相変わらず惚れっぽいのね」
「違うってば!今回は本気なの!」
千晶の話を右から左に流している友達は、マンガを読んで笑ったりツッコンだり、時には「かっこいー」と言っている。
自分の言っていることを理解してもらえない千晶は、納得していないようで、頬を膨らませている。
足をバタバタさせたかと思うと、目を瞑って寝ようとしていた。
「ちょっと千晶!寝るならベッド行きなさい!カーペットの上じゃ痛いでしょ」
「そうするー」
フカフカのベッドに横になっていれば、窓から入る太陽の陽の心地良さから、千晶はすぐに眠りについてしまった。
「ん?」
そのころ、バクは何か面白そうな夢がないかと、あちこち漂っていた。
色々な国から集められた夢は、バクにとっては御馳走が並んでいるだけであって、その中からどれが美味か選別するのは、バク次第。
そんなとき、ふとぼんやり見え始めた灯り。この時間帯に現れることは滅多にないはずの場所から、その灯りは漏れていた。
仄かな灯りだったが、徐々に色付き始め、ピンク色に染まった夢が気になり、覗いてみた。
「私の王子様―!!どこにいるのー!!!」
覗いた夢の中では、セミロングの髪の毛の少女が叫んでいた。
頭の上にはティアラ、首にはネックレス、耳にはピアス、口紅をつけて純白のドレスを着ている姿は、まるで“花嫁”。
思わず笑ってしまいそうになったバクだが、しばらく、大人しく見ていることにした。
少女は広い荒野をひたすら走り続けており、その間に乱れる髪の毛や服装になど気にせず、少女は叫んでいた。
ただ一言、「私の王子様」と。
「今日は会えないのかな・・・。でも、運命ならきっとまたいつかあえるわ!」
「誰にだ」
「だから、私の王子様・・・・・・え?」
ずっと独り事を言っていたせいか、少女はどこからともなく聞こえてきた声に気付くのが遅れてしまった。
ガバッと勢いよく顔を動かせば、そこには黒に染まった男がいた。
普通の対応としては、「誰」と聞くか、驚いてマジマジと観察するかなのだが、その少女が違っていた、というか変わっていた。
一瞬にして満面の笑みになり、バクに抱きつこうと飛び付いてきた。
さらり、とかわされたため、地面に顔面からぶつかってしまった少女を見て、バクは目をぱちくりさせる。
「わ、私の王子様!やっぱり運命なのね!!!」
「?王子様?運命?」
「そうですよ!あ、私、折鶴千晶です!あなたは?」
物好きもいるのだと思ったバクだが、面白そうなので、適当に合わせてみることにした。
「僕は・・・冴羽正樹さえはまさきと言います。僕も運命なんじゃないかと思っていました。こうしてまた会えるとは・・・・・・」
「どうします!?け、結婚とか・・・きゃー!まだ早いですよね!!」
こいつは馬鹿だ、と確信しつつも、バクは悩みの無い人間はこの世に存在するのだとも確信した。
千晶と名乗るこの少女に悩みがあるのだとしたら、他の人間には絶対に悩みがあるだろう。
そこから急に風景が変わり、大きな家が立ち並ぶ場所にいた。
「正樹さんは、どんな食べ物が好きですか?趣味は?兄弟とかいるんですか?どこに住んでるんです?」
「ハハハ。そんなに一気に質問されても、答えられませんよ」
爽やか好青年を演じ始めたバクに、千晶は気分上々。
五分くらいは千晶の妄想に付き合っていられたバクだが、次第に面倒臭くなり、心の中で舌打ちをし始めた。
そんなことをしらない千晶は、さらに妄想を続ける。
「子供は何人欲しいですか?私は最低二人は欲しいですね!いやだ!別に、そういうことじゃなくて・・・いや、そういうことっていうのがおかしいですね。ああ、ええと、正樹さんはかっこいいし、モテるんでしょう?きっと、わたしなんかよりも素敵な人が・・・」
いつまで続くのだろうか。いつまで話を聞かなければいけないのか。いつまでここにいなければいけないのか。いつまでこの少女は話をするのか。
バクにとってもはや千晶の夢に興味はなく、さっさと引き下げたいところであった。
口は未だになんとか笑みを保っているが、目は笑っていない。
その光景は言葉通り“目は口ほどに物を言う”。
「聞いてます?正樹さん!あ、もしかして、今彼女とかいるんですか?それでその彼女のこと想って・・・。なら、私って邪魔な女ですよね。正樹さんのこと、諦めたほうがいいですよね」
「諦める」とは言いながらも、バクの顔をじっと見つめていて、諦めたようには見えない。
諦めると言うよりは、相手の女からバクを奪い取ってやる、くらいの考えを持っているのだろう。
それを知っているバクは、千晶から顔を背けて眉間に深くシワを寄せた。
バクの表情が見えない千晶は、バクに彼女がいるものだと勘違いをし、大袈裟に肩をがっくり落として見せた。
一見、可愛らしい姿をしている千晶だが、その容姿を武器にしているのかもしれない。
「正樹さん?」
首を傾げてうるうるした瞳でバクの顔をのぞき込んできた千晶に、バクはくたびれた身体と精神で対応する。
「いいえ。彼女はいません。僕も、君と一緒にいたいです」
「ほ、ホントですかッ!!」
ニコッと笑って千晶の頬に手を添えると、幸せそうにバクを見て微笑む。
これからどんな言葉をくれるのだろうと待っていた千晶に、バクはとんでもない爆弾を落とした。
「んなわけねーだろ。勘違い甚だしい女だ」
「え・・・・・・?」
目の前にある笑みは変わっていないためか、千晶は最初聞き間違いだろうと思い、笑い続けたが、バクの姿が消えたために笑みは止まった。
消えたと思ったバクは、千晶から少し離れた位置に立っていた。
首をコキコキ鳴らして千晶を冷たい目でみると、バクは千晶にも聞こえるように鼻で笑い、こう続けた。
「お前の妄想付き合うのは疲れた。俺に惚れるのは仕方ないとして、なぜ俺がお前の運命になる?わけがわかんねー。今後一切俺はお前の夢には顔を出さない」
「ちょ・・・待ってよ!」
「黙れ」
バクの背後から黒い霧がかったものが現れ、千晶の周りを取り囲むように移動する。
千晶を包んだ黒い霧は次第に大きくなり、人の輪郭の形に近づくと、口と思われる部分が思い切り大きくなる。
そこから見える牙もまた大きく、千晶は息を飲んだ。
「キャー!!!!!!」
「・・・き?千晶!?」
「え?・・・あれ?」
「もー、どうしたのよ!最初は気持ち悪いくらいニヤニヤ寝てたのに、急に険しい顔して魘されてるんだもん。吃驚したじゃん」
目を覚ました千晶は、友達の部屋のベッドの上で寝ていた。
「大丈夫?」
「うん・・・」
「あ。例の王子様でも出てきたの?」
「王子様?」
「いつも言ってたじゃん!夢にカッコいい人が出てくる!運命だ!とかなんとか・・・。あれ?違うの?」
「・・・私、そんなこと言ってたっけ?」
頭がまだぼうっとしているせいか、それとも他の原因があるのか、千晶は友達の言っていることが信じられなかった。
今までは起きると充実感があったが、なぜか大きな穴が空いているように、足りない何か。
それが何かを考えてはいたが、結局答えに辿りつけなかったため、千晶はベッドから下りて友達と一緒にマンガを読み始めた。
それから一週間後
「聞いてー!!!この前電車で見掛けた、城稜学園の男の子でね、男らしくてカッコいい人見つけたの―!!!この五日間ずーっと同じ電車、同じ車両に乗ってて・・・。これって、運命よね!?もう決まりよね!?」
「千晶、あんたやっぱり相変わらずね」
「私が痴漢にあって、その人が助けてくれて・・・そのまま付き合う事になって!上手くいけば、結婚・・・なんて!!もうやーだー!!」
「・・・友達として受け入れるべきかしら。それとも警告すべきなのかしら・・・・・・」
友達の気持ちを知ってか知らずか・・・。千晶は相変わらず惚れっぽい性格のままで、妄想癖も留まる事を知らない。
バクの好きなものは”夢“。
バクが千晶に教えた偽名、逆から読むと・・・・・・?