八、タイムカプセル

文字数 2,104文字

 あの旅行から十九年が経った。結局星岡にお礼なんて何もできないまま、僕たちの一泊二日の旅は終わった。
 予想通りみんなの生活はさほど変わらなかったが、タイムカプセル用の作文は全員が提出した。みんなが何を書いたのか。それはわからない。掘り起こしてみないと。
 僕がタイムカプセル委員に選ばれたのは、一軒家だから。つまり、みんなが引っ越して散り散りになっても、僕だけは連絡がつくからだ。
 ――タイムカプセルを掘り出すにあたって、僕は仕事の合間を縫ってクラスメイト全員の連絡先を調べた。中には残念ながら連絡がつかないやつもいたが、運よく合宿した五人には全員連絡がついた。
 今日はハレの日。ちょっとしたイベントということで、新聞社も写真を撮りに来ている。小学校のグラウンドには大勢の元・生徒。その中から合宿仲間を探し出す。
 一番に見つけたのは秋津だった。シャープな顔つきで、銀縁メガネをかけているところなんか、なぜだか『らしいな』と思ってしまう。秋津との関係は、今でもたまに酒を酌み交わす親友といったところか。親は親、子は子だ。子どもは親の所有物ではない。だから僕たちは勝手に仲良くなった。ただ問題は、今日のタイムカプセル開封式で、アメリカ国籍のこいつの作文がきちんと見つかるかどうかだ。多様性云々言う世の中なんだ。見つからない
わけがないと僕は信じている。
 次に見つけたのは入江だ。彼女は雰囲気も顔つきもさほど変わってなかったからすぐにわかった。結局入江は卒業するまで親の仕事の手伝いをしていた。しかし、意外なことがあった。白川が入江を助けたのだ。白川は『ご学友』ではない入江を、合宿を通して気に入ったらしい。そこで取った行動が、『自分の親を使う』という、荒業だ。白川の母親が、入江の母親に忠告したらしい。『あなたのしていることは、一種の虐待ですよ』と。入江の母は、それから自分で別の場所に教室を移動させたのだが、クレームが多く、すぐに廃業となった。母親は今までクレーム対処をしていた入江に謝ったと風の噂で知った。
 朝井は、小学校時代こそは高身長だったが、今は僕と同じくらい。Tシャツにジーパンという、星岡を思い出すラフな格好だ。あのあと、星岡の紹介してくれた学生が、定期的に祖母や妹の介護に来てくれることになり、夏休み明けから全出席。看病していたときをカウントしないならば、皆勤賞も狙えるほどだった。朝井自身も少しヤンキーっぽいところがあったが、根は面倒見の兄貴キャラだったので、クラスになじむのも案外早かった。
 さて、三人は見つかったが、白川だけが見つからない。……どこだ?
 探していると、子どもの手を引きながら、もうひとりの子の手を握り歩いてくる恰幅のいい女性が近づいてきた。
「ちょっと、みんな! 私を仲間外れにしないでよ~!」
 笑いながら近づいてきたのは、白川だった。白川はあの合宿のあとから一人称が『涼子』から『私』に代わり、『ご学友』たちとは付き合わずにひとりになることが多かった。卒業後は私立の女子校に通うことになったらしかったから、もしかしたら取り巻きがいなくてもひとりでやっていけると思ったのかもしれない。そして今では二児の母だ。
 重機でタイムカプセルを掘り出すと、密封された缶のようなものが出てくる。中身を取り出すと、学年やクラスごとに分けられる。
 委員の僕は、みんなに作文を渡す係だ。残念ながら全員には渡せなかったが、配り終えると合宿組のみんなの元に駆け寄る。
「ねぇ、みんなはどう書いたの?」
「それは教えられないな」
 秋津が笑うと、みんなもうなずく。仕方なく僕は、あのときに書いた三十歳の自分への手紙に目を通す。
『戸叶輝様 お元気ですか? 病気などしていませんか? 今の僕は最高の気分です。だって、夢を見る必要なんてないってわかったから。どんな大人になっててもいいんだよ。三十前で死ぬかもって、思ったことも否定しません。だって、きっと大丈夫だって思うから。だから安心して、好きに生きたらいいと思うよ。PS・星岡先生は元気かだけ、気になるかも。いつかちゃんとお礼言ってね』
「生意気だな、昔の僕は――」
 僕はあの頃の僕からの手紙をくしゃりとすると、ズボンのポケットにねじ込む。そして、みんなに声をかけた。
「さ、現校長に挨拶に行こう! きちんとしたお礼、言ってないでしょ?」
 みんなが強くうなずく。
 僕らはわいわい騒ぎながら、校長室へと向かう。きっと待っていてくれるはずだ。長髪で穴の開いたジーパンをおしゃれに履きこなす校長が。
 雨の日の過去の僕よ、元気ですか? 三十歳の僕は、君の予想通りつまらない大人になったと思う。でもね、星岡先生は嘘をついていない。覚えているかな、千葉のライブハウスのお客の中に、宇宙飛行士がいるって話。
 僕の今の仕事は、宇宙飛行士なんだ。きっとこのことを知ったら、先生は喜ぶかな? それとも、予想通りだったって笑うかな? 未来はさ、きっといつも予測通りにはいかないんだ。だからこそ、今を楽しめ――!

                                     【了】
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