入学式編 6. 諦めは第三の選択肢

文字数 1,890文字


 希望は残っている。

 今回のお助けアイテム・つるはしは、つるはしらしく壁を掘ることができる。使用回数は一度のみ、部屋と部屋の間に、通路を開通する。

「斜めはダメみたいだけど、私のゴールは右隣だから、一回分あればクリアできそう」

「そ、そっか。うん、もちろん、そうだよね。ひよりちゃんが見つけたんだもの。一週間後、ま、また、わたしと、仲良くしてくれれば――」

「馬鹿ね。見捨てるわけないでしょ」

 その言葉に歓び、むしろ期待していた自分に、またもがっかりする。
 独り立ち、難しいな。

 脱出できるルートを模索する。顔を寄せ合う。ち、近い。長い睫毛が目の前で、シュッとした眉がイケメンで、ドキドキしてしまう。触れそうで触れない膝頭が気になり、いまいち集中できない。

「ひ、ひよりちゃんは、どこで攫われたの?」

 うっかり世間話を始めてしまう。
 ひよりは付き合ってくれた。

「校門」
「あ、良かった。式、参加する気になってくれていたんだ」
「別に。通りがかっただけ」
「そ、そっか。早合点して、ごめん……」

 肩がしゅんと落ちる。ひよりは気遣い屋だった。

「謝らないで。悪いことしてないじゃない」
「機嫌を損ねたかもって。怪我しているのに、一人だけなら脱出できるのに、わたしみたいなお荷物がいるのに、そのうえ変なことまで言って……」

「気にしていないから。不機嫌そうに見えたなら、それは、その、デフォルトっていうか、」
「そうなの?」

 わたしに問われて、ひよりは気まずそうに話した。

「なんていうか、ずっと、メンダコ優先だったから。中学も休みがちだったし、メンダコ潰しているほうが性に合っていたし……。
 社会性? 社交性っていうの? 下手くそなのよ。同年代の子と話すのだって、久しぶりで勝手が……」

「ひよりちゃん凛々しいから、周りがほっとかないと思うけど」
「遠巻きには見られていたけど、怖がられていただけ」

「そ、そんなことないよ! 憧れの先輩に一歩引いちゃうのと同じだよ! 絶対そう!」

 力説する。確信があるから、どもらない。その勢いに、ひよりは明確に驚いていた。ぽかんとした顔がカワイイ。

「そう……」
「うん! わたしが保証するよ! あ、でも、わたしの保証じゃ意味ないかな……」
「どうしてそこで悲観的になるの」

 ひよりは穏やかに言った。
「ありがと」
 力の抜けた一言は、ひよりの本心だってわかって、すごく嬉しかった。

 規則正しく壁が鼓動する。景色は変わり映えなく、時間の経過が判然としない。急がないと式が始まってしまう。

 妙案は見つからない。

「諦めましょう」

 ひよりは巻物を放り捨てた。仰向けに倒れる。

「一週間待ちましょう。狭いけど、仲良く融通しましょ」
「そ、そんな……」
「こころだけでもって考えたけど、あなたのゴールへの道、私が全部潰しているの。現状の装備だけだと、どうしようもない」

 う、うう。またわたしのことを優先して……。

「可能性があるとしたら、見落としね。私は全部出したつもり。ねえ、こころ、あなた何か、どんな些細なことでもいいから、何かないの?」
「何か、何か……」

 視界をぼかして、これまでの軌跡を振り返る。連れてこられて、奮起して、現状を把握して。
 ひよりがつるはしを回す。頭部が床をひっかく。頑張って一歩目を踏み出して、二つ目の部屋に来て、武装メンダコにびっくりして。

 つるはしを立てて、指先一本でバランスを取る。ひより、すごい。

「もしかして、あの箱の中身は――」

 閃く。
 視界が明瞭になる。
 ひよりと目が合えば、わたしは恐る恐る告げた。

「いけるかもしれない」

 〇〇〇〇〇〇〇〇

 状況を整理する。

 遊び場の全体像は3×3の正方形。行列表記で書くと(高校の範囲は予習済み)、現在地は(1,2)と表記できる。

 スタートをS、ゴールをEとすると……。

 わたし: S(2,3)→(2,2)→(1,2)→(1,1)→E(2,1)
 ひより: S(2,1)→(1,1)→(1,2)→(2,2)→(1,2)→E(1,3)

 これが互いに想定したルート。(1,2)で遭遇して立往生。

 もし、あの宝箱の中身がもう一本のつるはしだとすれば、埋まった(2,1)(2,2)を開通し、(2,2)でつるはしを回収、(3,2)に向かい(3,1)(3,2)間を開通すれば……。

 わたし: S'(1,2)→(2,2)→(3,2)→(3,1)→E(2,1)
 ひより: S'(1,2)→(2,2)→(3,2)→(3,3)→(2,3)→E(1,3)

 これで一筆書き、脱出できる。

 残る課題は、武装メンダコ、その一点に集約された。
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