入学式編 9. 努力なくして成功なし

文字数 1,639文字


 尻餅をついて痛がれば、子ども部屋だった。

 壁紙は生成り色で、いくらでも落書きできそうだ。飾られたたくさんの人形は、メンダコ、チンアナゴ、ラブカで、深海水族館のようだった。
 勉強机は二つ、椅子の引かれた形跡はない。おもちゃやゲーム機が床に散らばっていた。

 ダンベルが立てかけられ、ランニングマシーンが端で唸っている。43インチのテレビのそばには、ホラー映画のDVDが開かれていた。受信料、払っているのかな?
 別室に続く扉がいくつかあって、その一つに「脱出ゲーム」と木製のボードがかかっている。

「お互い、災難ね」

 ひよりが文庫本片手に、足を組んで回転椅子に座っていた。

「ひ、ひよりちゃん! また会えた!」
「なに喜んでいるのよ」
「だって……」

 しゅんと肩を落とすと、ひよりは誤魔化すように言った。

「とりあえず、巻物、見てみれば?」

 わたしはそうすることにした。

『メンダコの遊び場11層目「努力なくして成功なし」
 全パラメータを5以上にせよ。
 最大値は10』

 巻物を奥まで開くと、現在のパラメータが確認できた。

 体力→(1)
 気力→(2)
 器用→(1)
 知力→(3)
 親愛→(7)

 ※通常時における値

 わたしはがっくりとくる。納得出来る数値で、現実を見せつけられた気がした。

「ひよりちゃんは?」
「あと一つ」
「すごいなぁ。わたしなんて、うぅ、まだ4つもあるし、1とか2とかだし……」

「誰にでも得手不得手くらいあるでしょ」

 すました態度に惚れ惚れとする。ひよりの不得手をまるで想像できない。

「私も手伝うから」

 文庫本を閉じ、ひよりは立ち上がった。五キロのダンベルを軽々と持ち上げ、チョコレート菓子はいかが? と教室で話すように差し出してくる。

 一人でやるよ、悪いよとわたしは主張したが、ひよりは譲らなかった。

「私の為でもあるから」

 こうして、わたし達の修行が始まった。

 〇〇〇〇〇〇〇〇

 筋トレして、走って、戦闘室でメンダコと戦った。
 座禅して、五本の指の間に連続で針を刺し、お化け屋敷で絶叫した。
 知恵の輪を解き、繋ぎ折り鶴を折り、脱出ゲームで柔軟な発想を獲得しようと試みた。

 わたしの数値はすくすくと伸びていく。

 こんな風に、現実の学力や体力も伸びていけばいいのに。
 わたしは苦笑いした。

 読書をしていると、ピコーンと変な音がした。天井まで続く本棚がガガガと揺れ出して、横にずれていく。本棚の奥の隠し扉には、木製のボードがかかっていた。その文字曰く、終わった方はこちら。

 パラメータを確認すれば、5以下だったすべての要素が5まで上がっていた。すごくぎりぎりだけど、ルールはルール。わたしはひと安心する。

「おめでとう」

 回転椅子で文庫本に目を走らせながら、ひよりが祝福してくれる。

「う、うん! これも全部、追加でもう一分とか、下手くそとか、知らない我慢なさいとか、すぐ横で戒めてくれたひよりちゃんのおかげだよ……!」
「そう。なら良かった」

 濡れた目を袖で拭いて、尋ね返す。

「ひよりちゃんはどう?」
「やっぱりダメね」
「え?」

 言葉は軽かった。

「先に帰ってて。ここ、居心地良いし、一週間泊まっていくから」
 わたしは迷わず言った。
「手伝うよ。どうすればいい?」

「どうしたって無理よ。自分のことだもの、よく知っている。本でも気長に読みながら、一週間待ったほうが利口ね」
「なら、」
「あなたは行きなさい」

 出鼻を挫かれる。ひよりは文庫本から顔を覗かせた。

「クラスに馴染むんでしょ? 助けられる友達になるんでしょ? 急いで鍛えたから、多分、放課後には間に合う。高校生活を満喫してきなよ」

「それじゃ……」

「入学式、興味なかったし。メンダコと戯れるほうが私には適任なの。これが、私の望み」

 ひよりははっきりと言った。

「あなたには、あなたの願いがあるのでしょう?」

 わたしは頷く。

「わたしの願いは、ひよりちゃんと一緒に、学園生活を楽しむことだよ」

 すらすらと出た言葉に、わたし自身、驚いていた。

 想像する。
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