入学式編 7. 三叉槍の躱し方
文字数 1,759文字
ひよりが壁につるはしを突き立てる。つるはしが砕け、壁にひびが生じる。ゴゴゴと轟音と共にひびが縦に広がり、埋まった壁が崩れ落ちていく。
わたしとひよりは頷き、割れた暗闇に向かった。横一列、肩を寄せ合い、胸を張って歩く。閉じゆく道は振り返らない。
「にょにょぉおお」
戻った部屋には、向かい側に通路、真ん中に武装メンダコ、その後ろには宝箱が、先と同様に光り輝いていた。武装メンダコがわたし達に三叉槍を向ける。
先端は錆び、貫通力は低そうだった。それでも素直に痛そう。一突きでも受ければ、わたしは痛みで泣き叫ぶことだろう。
ひよりが三叉槍を追い越してメンダコに向かう。メンダコは伸び縮みする足で器用に槍を引き、ひよりに突き出した。ひよりは先手を読んでその突きを回避する。
一本目のつるはしを手に入れた時も、ひよりはそうして宝箱に近づいた。素手では、武装メンダコの兜は破壊できない。隙を見て、中身を奪って、逃げる。
今回もそうだ。
前回と違うのは、わたしがいること。
忍び足で、宝箱に接近する。メンダコが離れない。見つかるのは必至だよ。
ひよりが突進する。一撃目の槍を回避し、追撃を避けようと一歩離れる、そんなルーティンを投げ捨てて、メンダコに一層近づく。
「にょ、にょ、にょ、」
一本の足で操っていた槍に、もう二本、足が絡まる。目一杯引き、力を溜めに溜める。その隙で逃げるなんて、ひよりはしない。さらに近づく。
距離はもう目の前、メンダコの頬をプニプニできちゃうくらいだ。
「にょにょ~!」
射出速度は最大、武装メンダコの強烈な突きがひよりを襲う。
メンダコの眼光が強まるその一瞬を、ひよりは見逃さなかった。床が波打ち、膨らむタイミングに合わせて、上方に跳ぶ。
スカートが膨らみ、満開の朝顔!
三叉槍が空を貫く。
「にょ、にょ?」
メンダコは驚き目を瞬く。ひよりは着地と同時に三叉槍の柄、その深いところを掴んだ。脇に挟んで腰を低く構える。
「綱引きとゆこうか、メンダコさん?」
「にょろろ~!」
激怒、ぷんぷん、茹蛸みたいに体を真っ赤にする。耳(ひれ)が天を突き、頭から湯気が噴出した。もう二本、槍に足を絡めて、ひよりに対抗する。
うー、うーと、一人と一匹が腹筋に力を入れている最中だった。
宝箱が開かれる。
約15度の弧状の鉄製頭部に、垂直につながった木の柄。見紛うことはない。ちょっとぼろいけど、財宝は想定通りつるはしだった。
笑顔でひよりに合図する。
ひよりが表情を綻ばせる。
その言葉なきやり取りに、感づいたのだろうか。
「にょ!」
メンダコが振り返った。
日の目を見た財宝を知り、足元から白い煙が噴き出る。
「にょぉおおおお!」
今度はわたしにお怒りのようだ。
未使用の足が一本、わたしにびよーんと伸びてくる。直線ルート、速い。グローブがない、前より威力増し増しだ。狙いは顔面、鼻が潰れる。
鼻血を吹かして壇上には立てない。鼻栓して挨拶したら、あだ名は三年間、鼻栓女に決まりだ。
足が動かない。
「にょぉおおおお?」
メンダコがバランスを崩し、床に倒れ込む。足はわたしから逸れ、ぶっすりと天井に突き刺さった。潰れるどころか、鼻の骨、折れていたかも。戦慄する。
「こころ! 急いで!」
ひよりの一喝ではっとする。急がなくちゃ、走らなくちゃ。三叉槍には勝てない。唯一の出口、(3,2)に通ずる道を目指す。
ひ、ひよりは? 一人で通るわけには……。
視線を流すと、ひよりは手で脇腹を押さえ、膝をついていた。
思わず、つるはしを手放す。
生々しく鮮やかな赤い血が、ひよりの脇腹から、どくどくと流れ出ていた。
どうして……。
メンダコが転んだわけ。綱引き、していたから。一方が手を離せば、もう一方が仰け反るのは当然のことだ。同時に槍が引かれ、三叉槍特有の三叉の後端が、ひよりの脇腹を切り裂いた。
わたしのせいだ。わたしが、とろかったから――。
「この程度の怪我、ここじゃすぐ治るから! 気にしないで、あなたは先に行きなさい! メンダコが復活する前に!」
血が噴き出れば、ひよりの体が傾ぐ。懸命に立て直そうとしている。治るといっても、その痛みは本物じゃない。こんなときでもわたしの心配なんて、優し過ぎるよ。
助けなくちゃ。
わたしが、助けるんだ。