第2話 恋愛アレルギー

文字数 1,251文字

 私は筋金入りの恋愛嫌いである。現実の恋愛はもちろん、映画やアニメ、漫画などの作品に至るまでである。いわゆるラブコメやラブストーリーに属するものははなから見ないし、普通のミステリー小説やバトル漫画などであっても、ほんの少しでも恋愛要素があるとわかったら、途中でも見るのを止める。大好きなハンバーグに、ふと誰ともわからない髪の毛が入っていることに気づいた時のような、嫌悪感に耐えられなくなってしまうのだ。そうやって十七年ほど生きてきてわかったことがある。この世にある文化的な作品のその多くに、恋愛要素が含まれているということだ。これは尋常なことではない。人生において恋愛が占める時間というのは、一体どれほどだろう。人によって様々であろうが、多分ほとんどの人間が大した時間ではないはずだ。そしてその大抵が、大して美しくもない結果で終わるだろう。それを賛美し、ほめそやし、恋愛によって世界が色鮮やかに見えるようになっただの妄言を吐く。その傲慢で乱暴な物言いに、私は辟易してしまう。かれらは自分が自己中心的であることにすら気づいていない。

 焼けたアスファルトと、照りつける太陽に挟まれて息が苦しい。私は汗でじっとりと濡れたシャツをはためかせた。真夏の雲一つない青空の下に、観光客がわらわらと集まっている。お目当てはもちろんこの手つかずの大自然と清流だ。毎年の光景である。よくもまあ電車もろくに通っていない僻地へと足を運ぶものだ。無断で路上駐車している車の列に、バスが動きにくそうにしている。バス運転手のおじさんは、毎年夏に来る観光客の車が邪魔だと言っていた。ただ面と向かって邪魔だとは言いにくい。なにせこの町を支えているお客様たちである。だからだれも文句を言わない。私は混雑を尻目に下り坂を降りて行く。傲慢な奴らだ、と内心毒づきながら。

 道路の脇にある小さな坂道を降りると、沈下橋が見えてくる。私はかつてここが大好きだった。沈下橋はその名の通り、川の水量が多いと、沈んで姿を隠してしまう。人工物なのに自然に抗おうとしない謙虚さは、人工と自然という対立するはずのふたつを、見事に景観の中に溶け込ませている。橋と川が特別近いときなんかは、靴を脱いでキラキラと太陽の光が反射する水面に足をそっと浸す、そのひとときがたまらなく好きだった。この沈下橋が観光客に人気のスポットになりつつあることを知ったとき、いいようのない不快感に胸が詰まったことを覚えている。まるで自分だけが知っているどこまでも広がる雪原に、足跡をつけられたような。それからというもの、川に足を浸すことはしなくなってしまった。私は沈下橋をゆっくりと渡る。真夏の太陽が作り出す濃い影が水面に映る。それは絶え間なく流れる川に映っているにもかかわらず、変わらずくっきりと形を保ったままだった。

 水の底に潜む大蛇よ、水面に映る私の影を飲み込んで、水の底まで運んでおくれ。そしたら世界は色彩も、奥行きさえも失って、手に届く乾いた果物で腹を満たせるようになるだろう。
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