第4話 賽銭泥棒

文字数 1,041文字

 最近の私のひそかな楽しみは、夜中に近くの神社にお参りしに行くことである。夜の寝静まった住宅街を歩くドキドキと、誰の気配も感じられない林を抜けて神社へと向かうちょっとしたスリル。代わり映えのしない平凡な日常を送る私にとっては、それがたまらなく魅力的だった。夜の一時頃、家族が熟睡している所を見計らって、パジャマ姿のままそっと家を抜け出す。空には厚い雲が垂れ込め月明かりも届かず、辺りは嫌に蒸し暑い。生暖かい風が肌にまとわりつくようだ。帰りに自動販売機でコーラでも買おうかなどと思いながら、私は街灯に照らされた道を音もなく歩いて行った。

 神社へと向かう林は、昼間とは違いどことなく薄気味悪い。ピリッと張りつめた冷えた空気を感じるのは、不気味さゆえか、神社特有のそれだろうか。あたりには鳩の鳴き声と、木の葉がこすれる音ばかり。少し歩くと石造りの鳥居と石畳が見えてくる。街中のどこにでもあるような小さな神社である。鳥居を抜けると、闇夜に紛れてなにかが動いているのが見えた。どうやら人影のようである。こんな時間に先客だろうか。私はなんとなく気づかれないように、そろそろと近寄った。それは初老の瘦せた小男であった。頭頂部は薄くなっており、ボロボロのみすぼらしい身なりをしていた。血管の浮いた骨ばった手に棒を持って、賽銭箱の中を漁っている。集中しているのだろうか、私の気配に全く気づいていない。私は初めて見るが賽銭泥棒だと直感した。そう思った途端、なんだかやるせない気持ちでいっぱいになった。なんで大の大人が、こんな時間に必死になって小銭を漁らなければならないのだろう。私はなるべく彼の仕事を邪魔しないように、参拝を終えようと思った。鈴をガラガラと鳴らすと、そのみすぼらしい小男はようやく気づいたのか素早くこちらを見た。そして驚いたように小さなうめき声をあげて、さっと一歩距離をとった。その動きは飢えてギラギラした野生動物を思わせた。僕は軽く会釈をすると、お賽銭箱に十円玉を投げ入れ、手を合わせた。

 ほんの数秒目をつぶっていただけのはずだが、気がつくと横にいたはずの小男は消えていた。少し辺りを探しては見たものの、どこにもいない。そもそも神社の周りは開けていて、隠れられる場所などないのだ。私は狐につままれたような気持ちで、神社を後にした。あれはいわゆる妖怪の類だったのだろうか。浮浪者の格好をした、何ともみすぼらしい貧相な妖怪。それにしても妖怪でも小銭を欲しがるなんて、世知辛い世の中である。
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