第3話 爆弾を抱える少女
文字数 2,833文字
朽葉珈琲店。この喫茶店は、行き場のない佐原メダカの寝床にもなっている。二階の空き部屋を利用しての下宿スタイルだ。
もとは民泊にする予定だった部屋を、朽葉珈琲店の一人娘、コノコが強引に押し切って、佐原メダカの寝室にすることに成功したのだ。
だが、下校時間も過ぎてしばらく経った頃、二階にあるメダカの寝室はたまり場になっていた。
「あぁん、もう! 珈琲店で話をするんじゃなかったんですかぁ? わたしの寝室に踏み込んで来るなんて聞いてないですー!」
「かたいことは言わないでいいのだー」
「いいのだー、じゃないです、コノコ姉さん! 涙子さんが! 涙子さんが部屋におあがりになられるというのなら、この汚部屋の片づけもしたというのにッ」
「気にすんなよ」
涙子は部屋をちらちら見渡しながら言う。
「気にしますーッ!」
メダカがウキー、とサルのようにがなる。
「メダカちゃん。当の涙子ちゃんにキレてたら本末転倒だよ」
「コノコ姉さんもそういうときだけ常識人ぶって正論を吐くのはやめてください!」
「畳にせんべい布団なのな。しかもたたまずに万年床。加えて下着の部屋干し、と」
「いぃぃぃいいやああぁぁぁ!」
涙子の言葉に耳をふさぐメダカ。
「それはそうとして、店を一週間休んでいいのだ」
「は? なに言ってんすか、コノコさん。んん? はっ! 戦力外通知ですか! わたし、もっともっと頑張りますからバイト辞めさせないでくださいいいいい」
「違うのだ、メダカちゃん。店を休む代わりに、涙子ちゃんのお手伝いをしてほしいのだー!」
「お、お手伝い……。わたしが涙子さんの……お手伝いをッッ! はい! 喜んで!」
「いや、なにも聞かないうちに手伝うって決めちまっていいのかよ。今回に限っては、適任なのはおまえだと〈研究所〉が判断したからな。拒否権ないのは確かなんだが」
ちょっとウジウジした口調の涙子。
メダカは涙子の手を取り、
「涙子さんのためなら火の中水の中! 火中の栗を拾ことも致しましょう!」
と、熱く応じる。
涙子は思わずメダカから目をそらす。後ろめたいらしい。
「御陵会長から事態の説明を受けた。実はな、佐原メダカ。爆弾娘が、退院した」
「爆弾娘、とは?」
「近江キアラ。チョコレートを爆弾に変える〈サブスタンス・フェティッシュ〉能力者」
物理攻撃を扱える異能を〈サブスタンス・フェティッシュ〉と呼ぶ。
それに対して、心・空間に関する異能を〈ディペンデンシー・アディクト〉と呼ぶ。
この異能を総称して〈ディスオーダー〉と呼ぶのである。
それが、〈この世界〉の基礎。
天性の異能力者である佐原メダカにとっては、分類も名称も関係なく感じるのかもしれないが……。
空美野涙子は、そんな風に思う。
「一週間の間、放課後に佐原メダカには近江キアラの住む部屋まで通ってもらう」
「はい?」
「通い妻なのだー」
「茶化すな、朽葉。そうじゃねぇ。これは人類の滅亡に関わる重大な任務なんだ」
メダカは頭の上にはてなマークを浮かべる。
「はい?」
「あの爆弾娘、〈研究所〉の仕業で本当に〈爆弾を抱え込んだ〉らしい」
頭を整理するように、メダカは言葉にする。
「えっと。近江キアラは〈コールドスリープ病棟〉に入院したんですよね。コノコ姉さんも、一時期入院していたという、その隔離病棟に」
「うーんとね、メダカちゃん。あの病棟は治外法権で、モルモットにされるんだよ、〈研究所〉の。実験のために、ゆるく〈コールドスリープ〉で半眠半覚の状態にされてねー」
「うっ、エグい」
「近江は〈研究所〉の〈新薬〉の開発のための治験で、強力な爆弾を製造できる状態にされてんだ。新薬の血中濃度は一週間で半減する。それまでの間、『お守り』が必要なんだよ。強力な爆弾をつくって爆発させたら、大量破壊兵器どころの騒ぎじゃないらしい。街どころか国が吹っ飛ぶレベルらしいぜ」
「一体なんでそんなものを」
メダカには理解ができない。
涙子は続ける。
「データは取ったらしい。成功かどうかは知らねーが。爆弾を抱えて日常生活を送れるか、の実験を行い、血中から薬が抜けて爆弾つくりの異能が通常レベルに戻れば、それで治験は終わりだ。だが、見張っておく必要がある。刺激を与えずに。そのためには、同級生を装った佐原メダカが近づくのが良いだろう、と相成ったわけだ」
「『相成ったわけだ』じゃありません。あのひと、わたしは大嫌いなんです!」
「そう言うなって」
「だいたいなんでその〈研究所〉ってところの手助けをしなくちゃならないんですかぁ!」
「〈うち〉の不始末みたいなもんだからな」
「うちの? 涙子さんが、なにか関係があるんですか」
コノコが噴き出す。
「メダカちゃん。涙子ちゃんの苗字は?」
「空美野」
「この街の名前は?」
「空美市」
「わたしたちが通ってる学園の名前は?」
「私立空美野学園」
「と、いうことなのだー」
「え? 全然わかりませんけど。からかってるんですかぁ、コノコ姉さん」
ぷんすか! と発音するメダカに、まあまあ、落ち着いて、と朽葉コノコはなだめる。
「私立空美野学園は空美野家、つまり空美野涙子ちゃんの家でやっている学校法人なのだー」
「はぁ。ん? え? マジ?」
「〈研究所〉も空美野大学付属病院もそこのコールドスリープ病棟と呼ばれるところも涙子ちゃんの家で経営してるところなのだー」
「マジ?」
「マジなのだ。そして空美市はもともと空美野家が支配していた土地だったから空美市って地名なのだー」
「ええええええええ! なんだってえええぇぇええぇえッッ」
テーブルに置かれたカップから珈琲を飲む涙子は、ため息を吐く。
「空美野家って言っても一族は一枚岩じゃないけどな。でも、理事長の空美野宗厚は、うちの親父だ」
「本当に王子様だったんですね、涙子さん!」
「あたしは女だけどな。王子なんてガラでもねーし」
そこで思い出したように、コノコは、
「ラズリちゃんもこの任務は一緒だから、仲良く頑張るのだ」
と、笑う。
涙子も思い出したように、補足する。
「金糸雀ラズリ。風紀委員のエース。あたしと朽葉にとっては、金糸雀ラピスの妹、と言った方がしっくりくるんだがな」
「ラズリ……あの風紀委員に姉がいるんですか?」
「あはは。メダカちゃん。ラズリちゃんもいい子だよ。ラピスちゃんの妹だし」
「んー、なんかわからないですけど、これ、要するに生徒会命令なんですよね?」
涙子は珈琲をすすって、
「その通り」
と、首を縦に振った。
「で、どこなんです、あの爆弾魔の居場所は」
もとは民泊にする予定だった部屋を、朽葉珈琲店の一人娘、コノコが強引に押し切って、佐原メダカの寝室にすることに成功したのだ。
だが、下校時間も過ぎてしばらく経った頃、二階にあるメダカの寝室はたまり場になっていた。
「あぁん、もう! 珈琲店で話をするんじゃなかったんですかぁ? わたしの寝室に踏み込んで来るなんて聞いてないですー!」
「かたいことは言わないでいいのだー」
「いいのだー、じゃないです、コノコ姉さん! 涙子さんが! 涙子さんが部屋におあがりになられるというのなら、この汚部屋の片づけもしたというのにッ」
「気にすんなよ」
涙子は部屋をちらちら見渡しながら言う。
「気にしますーッ!」
メダカがウキー、とサルのようにがなる。
「メダカちゃん。当の涙子ちゃんにキレてたら本末転倒だよ」
「コノコ姉さんもそういうときだけ常識人ぶって正論を吐くのはやめてください!」
「畳にせんべい布団なのな。しかもたたまずに万年床。加えて下着の部屋干し、と」
「いぃぃぃいいやああぁぁぁ!」
涙子の言葉に耳をふさぐメダカ。
「それはそうとして、店を一週間休んでいいのだ」
「は? なに言ってんすか、コノコさん。んん? はっ! 戦力外通知ですか! わたし、もっともっと頑張りますからバイト辞めさせないでくださいいいいい」
「違うのだ、メダカちゃん。店を休む代わりに、涙子ちゃんのお手伝いをしてほしいのだー!」
「お、お手伝い……。わたしが涙子さんの……お手伝いをッッ! はい! 喜んで!」
「いや、なにも聞かないうちに手伝うって決めちまっていいのかよ。今回に限っては、適任なのはおまえだと〈研究所〉が判断したからな。拒否権ないのは確かなんだが」
ちょっとウジウジした口調の涙子。
メダカは涙子の手を取り、
「涙子さんのためなら火の中水の中! 火中の栗を拾ことも致しましょう!」
と、熱く応じる。
涙子は思わずメダカから目をそらす。後ろめたいらしい。
「御陵会長から事態の説明を受けた。実はな、佐原メダカ。爆弾娘が、退院した」
「爆弾娘、とは?」
「近江キアラ。チョコレートを爆弾に変える〈サブスタンス・フェティッシュ〉能力者」
物理攻撃を扱える異能を〈サブスタンス・フェティッシュ〉と呼ぶ。
それに対して、心・空間に関する異能を〈ディペンデンシー・アディクト〉と呼ぶ。
この異能を総称して〈ディスオーダー〉と呼ぶのである。
それが、〈この世界〉の基礎。
天性の異能力者である佐原メダカにとっては、分類も名称も関係なく感じるのかもしれないが……。
空美野涙子は、そんな風に思う。
「一週間の間、放課後に佐原メダカには近江キアラの住む部屋まで通ってもらう」
「はい?」
「通い妻なのだー」
「茶化すな、朽葉。そうじゃねぇ。これは人類の滅亡に関わる重大な任務なんだ」
メダカは頭の上にはてなマークを浮かべる。
「はい?」
「あの爆弾娘、〈研究所〉の仕業で本当に〈爆弾を抱え込んだ〉らしい」
頭を整理するように、メダカは言葉にする。
「えっと。近江キアラは〈コールドスリープ病棟〉に入院したんですよね。コノコ姉さんも、一時期入院していたという、その隔離病棟に」
「うーんとね、メダカちゃん。あの病棟は治外法権で、モルモットにされるんだよ、〈研究所〉の。実験のために、ゆるく〈コールドスリープ〉で半眠半覚の状態にされてねー」
「うっ、エグい」
「近江は〈研究所〉の〈新薬〉の開発のための治験で、強力な爆弾を製造できる状態にされてんだ。新薬の血中濃度は一週間で半減する。それまでの間、『お守り』が必要なんだよ。強力な爆弾をつくって爆発させたら、大量破壊兵器どころの騒ぎじゃないらしい。街どころか国が吹っ飛ぶレベルらしいぜ」
「一体なんでそんなものを」
メダカには理解ができない。
涙子は続ける。
「データは取ったらしい。成功かどうかは知らねーが。爆弾を抱えて日常生活を送れるか、の実験を行い、血中から薬が抜けて爆弾つくりの異能が通常レベルに戻れば、それで治験は終わりだ。だが、見張っておく必要がある。刺激を与えずに。そのためには、同級生を装った佐原メダカが近づくのが良いだろう、と相成ったわけだ」
「『相成ったわけだ』じゃありません。あのひと、わたしは大嫌いなんです!」
「そう言うなって」
「だいたいなんでその〈研究所〉ってところの手助けをしなくちゃならないんですかぁ!」
「〈うち〉の不始末みたいなもんだからな」
「うちの? 涙子さんが、なにか関係があるんですか」
コノコが噴き出す。
「メダカちゃん。涙子ちゃんの苗字は?」
「空美野」
「この街の名前は?」
「空美市」
「わたしたちが通ってる学園の名前は?」
「私立空美野学園」
「と、いうことなのだー」
「え? 全然わかりませんけど。からかってるんですかぁ、コノコ姉さん」
ぷんすか! と発音するメダカに、まあまあ、落ち着いて、と朽葉コノコはなだめる。
「私立空美野学園は空美野家、つまり空美野涙子ちゃんの家でやっている学校法人なのだー」
「はぁ。ん? え? マジ?」
「〈研究所〉も空美野大学付属病院もそこのコールドスリープ病棟と呼ばれるところも涙子ちゃんの家で経営してるところなのだー」
「マジ?」
「マジなのだ。そして空美市はもともと空美野家が支配していた土地だったから空美市って地名なのだー」
「ええええええええ! なんだってえええぇぇええぇえッッ」
テーブルに置かれたカップから珈琲を飲む涙子は、ため息を吐く。
「空美野家って言っても一族は一枚岩じゃないけどな。でも、理事長の空美野宗厚は、うちの親父だ」
「本当に王子様だったんですね、涙子さん!」
「あたしは女だけどな。王子なんてガラでもねーし」
そこで思い出したように、コノコは、
「ラズリちゃんもこの任務は一緒だから、仲良く頑張るのだ」
と、笑う。
涙子も思い出したように、補足する。
「金糸雀ラズリ。風紀委員のエース。あたしと朽葉にとっては、金糸雀ラピスの妹、と言った方がしっくりくるんだがな」
「ラズリ……あの風紀委員に姉がいるんですか?」
「あはは。メダカちゃん。ラズリちゃんもいい子だよ。ラピスちゃんの妹だし」
「んー、なんかわからないですけど、これ、要するに生徒会命令なんですよね?」
涙子は珈琲をすすって、
「その通り」
と、首を縦に振った。
「で、どこなんです、あの爆弾魔の居場所は」