第1話 BARディアボロ

文字数 770文字

 朽葉珈琲店は夜になるとBARディアボロと名前を変え、営業する。

 むしろ珈琲店よりBARとしての方が有名だったりする。

 それもそのはず、朽葉珈琲店のある空美坂という坂道には、珈琲とお酒と音楽の名店が軒を連ねているのだ。ディアボロも、そのひとつで、ジャズの生演奏をするライブスペースになる日もある。

 

 ディアボロのステージで私立空美野学園高等部の生徒会長、御陵初命が歌う、午後八時。

 リズム隊の重い振動とウワモノの速弾き高音がクロスし、店内を包む。

 

「くっだらねぇな、何度観ても。あたしは帰る」

 手を付けてない料理の皿を残して、レジカウンターで清算して帰る生徒会副会長、空美野涙子。

「帰っちゃうんですかぁ、涙子さん」

 レジカウンターで、アルバイター、佐原メダカは涙目になる。残念そうな顔をして。

「あのゴスロリオンナ、もうしっかりと〈オタサーの姫〉になってるだろ。あの取り巻き連中に媚びうるとこのどこがジャズなんだよ?」

「ファンサービスなのではないですか、涙子さん」

「くだらねぇ」

 舌打ちしながら、その場を去る涙子の背中をメダカはしばらく追っていた。

「オタサーの姫、かぁ。わたしも一度くらいはなってみたいかも」

「それはやめるのだ、メダカちゃん」

「あ、コノコ姉さん」

「料理運び手伝ってほしいのだー」

 同じくバイトで働く朽葉家のひとり娘、朽葉コノコに促され、音楽の渦の中に戻っていく佐原メダカ。

「コノコ姉さん」

「なんなのだ、メダカちゃん」

「わたしも、ちやほやされたいです」

「ふむー。バカは休み休み言えな?」

「ひどいですぅ」

「トレンチを持って仕事仕事、なのだ!」

「はーい」

 

 二月下旬。寒さここに極まる季節を、メダカはバイトをして過ごす。
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登場人物紹介

佐原メダカ(さはらめだか)

 朽葉珈琲店で働く元気いっぱいの女の子。

御陵初命(みささぎはつめ)

 生徒会長でジャズミュージシャン。

金糸雀ラズリ(かなりあらずり)

 学園の風紀委員。コノコのことが好き。コノコを「お姉さま」と呼ぶ。

近江キアラ(おうみきあら)

 〈研究所〉の被験体になってしまった少女。

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