第7話 パラドキシカル・ドロップアウト
文字数 1,653文字
「あー、いいところ、奪われちゃったのだー」
「コノコお姉さま!」
光も風もなくなり、静寂に包まれるそのなか。
朽葉コノコは静寂を打ち破るように言う。
その声は、この亜空間を解除したとでもいうように。
「言葉の術式は、本来わたしの〈ディスオーダー〉の領域なんだけど、メダカちゃんなら仕方ないよねー」
砕けたアスファルトの地面にうつぶせで倒れている近江キアラと、同じく倒れている、佐原メダカ。
「起爆スイッチは消えたのだー。よって、爆弾は今後、爆発しないのだ」
「簡単に言ってますけどコノコお姉さま。お姉さまの〈ディスオーダー〉でもないのに、佐原メダカは、どうやってそんなことができたのです? それに、消し飛んだかと思えば吹き飛んだ身体が収斂してもとに戻った風に見えたのですが……」
「説明、面倒なのだ。め、ん、ど、う、なのだー」
「いえ、ご説明していただかなければならないかと」
「ふむー」
「……お姉さま? 面倒だからって涙子さんに説明を振るのは、なしですからねっ」
「〈佐原メダカ〉という存在は、都市伝説やフォークロアが実体化した〈幻〉で、存在自体が〈ディスオーダー〉なのだ。消し飛んでもこの街のフォークロアの力場が条件を満たす限り、佐原メダカという存在は存在し続けるのだ。だから、メダカちゃんは蘇ってきたように見えるのだー」
「佐原メダカは、存在自体が〈ディスオーダー〉……」
「幻と言っても、今となっては意思を持つひとりの人間がメダカちゃんなのだ。よって、メダカちゃんのルールがキアラちゃんにも適用され、言い換えれば街を破壊されたくないという〈トポス〉のその力場が望む通り、キアラちゃんは街を壊す手段を失ったのだ。その行使として、〈トポス〉が生んだ亜空間に引きずり込まれて、起爆スイッチである〈言葉〉を失った。それがさっきのプリズム亜空間状態での出来事なのだー」
「街は、街を壊されたくないと望んでいて、それが〈トポス〉という力場の〈ルール〉として適用された、と?」
「ボードゲームの〈ボード〉が破壊されちゃ、ゲームはできないって理屈だと思うのだ。なので、あるべき姿に復元する作用が働いたのだ」
「……と、したら、〈秩序〉は〈壊せない〉…………?」
ラズリは唇をかむ。空美市の〈ルール〉を嫌う自分もまた、近江キアラと同族に思えてきたからだ。
「お姉さま」
「ん? なんなのだ?」
「いえ。なんでもありませんわ」
金糸雀ラズリには、近江キアラがこれからどうなるのか、それを尋ねることはできなかった。
「痛たたたた……」
メダカは、無事だったラズリに安心し、そして駆け付けた朽葉コノコの姿を確認し、うつぶせの状態からゆっくりと起き上がる。
そして、言う。
「一週間、お店休めるなら、有給休暇扱いですよね」
「そんなことは、一言も言ってないのだー!」
「確かに、これはパラドキシカルになるわね」
金糸雀ラズリは、倒れている近江キアラを眺めながら、メダカにも語った自分の計画について、そう思う。
「『お薬の運び屋をやってもらう』ね……。お薬を無事回収させてしまうことになるけど……これも大人たちの計画通りなのかしら」
だとしたら……。ラズリは唇を噛んで、拳を強く握った。
「許せない」
わたしもまた、『許せない』人間の一人だ。確認する金糸雀ラズリは、しかし無力感を募らせる。
この街とどう戦い、逃げるというのか。
問題は山積みだった。目の前にいる朽葉コノコの笑顔を壊さないようにするためにはどうすればいいのか、全く答えは出ないままで、金糸雀ラズリは進む。
自分に答えを出せないでいるのは、この場にいる全員なのではあるが。それでも、人生は続くし、続けたいとも思うのだった。
〈了〉
「コノコお姉さま!」
光も風もなくなり、静寂に包まれるそのなか。
朽葉コノコは静寂を打ち破るように言う。
その声は、この亜空間を解除したとでもいうように。
「言葉の術式は、本来わたしの〈ディスオーダー〉の領域なんだけど、メダカちゃんなら仕方ないよねー」
砕けたアスファルトの地面にうつぶせで倒れている近江キアラと、同じく倒れている、佐原メダカ。
「起爆スイッチは消えたのだー。よって、爆弾は今後、爆発しないのだ」
「簡単に言ってますけどコノコお姉さま。お姉さまの〈ディスオーダー〉でもないのに、佐原メダカは、どうやってそんなことができたのです? それに、消し飛んだかと思えば吹き飛んだ身体が収斂してもとに戻った風に見えたのですが……」
「説明、面倒なのだ。め、ん、ど、う、なのだー」
「いえ、ご説明していただかなければならないかと」
「ふむー」
「……お姉さま? 面倒だからって涙子さんに説明を振るのは、なしですからねっ」
「〈佐原メダカ〉という存在は、都市伝説やフォークロアが実体化した〈幻〉で、存在自体が〈ディスオーダー〉なのだ。消し飛んでもこの街のフォークロアの力場が条件を満たす限り、佐原メダカという存在は存在し続けるのだ。だから、メダカちゃんは蘇ってきたように見えるのだー」
「佐原メダカは、存在自体が〈ディスオーダー〉……」
「幻と言っても、今となっては意思を持つひとりの人間がメダカちゃんなのだ。よって、メダカちゃんのルールがキアラちゃんにも適用され、言い換えれば街を破壊されたくないという〈トポス〉のその力場が望む通り、キアラちゃんは街を壊す手段を失ったのだ。その行使として、〈トポス〉が生んだ亜空間に引きずり込まれて、起爆スイッチである〈言葉〉を失った。それがさっきのプリズム亜空間状態での出来事なのだー」
「街は、街を壊されたくないと望んでいて、それが〈トポス〉という力場の〈ルール〉として適用された、と?」
「ボードゲームの〈ボード〉が破壊されちゃ、ゲームはできないって理屈だと思うのだ。なので、あるべき姿に復元する作用が働いたのだ」
「……と、したら、〈秩序〉は〈壊せない〉…………?」
ラズリは唇をかむ。空美市の〈ルール〉を嫌う自分もまた、近江キアラと同族に思えてきたからだ。
「お姉さま」
「ん? なんなのだ?」
「いえ。なんでもありませんわ」
金糸雀ラズリには、近江キアラがこれからどうなるのか、それを尋ねることはできなかった。
「痛たたたた……」
メダカは、無事だったラズリに安心し、そして駆け付けた朽葉コノコの姿を確認し、うつぶせの状態からゆっくりと起き上がる。
そして、言う。
「一週間、お店休めるなら、有給休暇扱いですよね」
「そんなことは、一言も言ってないのだー!」
「確かに、これはパラドキシカルになるわね」
金糸雀ラズリは、倒れている近江キアラを眺めながら、メダカにも語った自分の計画について、そう思う。
「『お薬の運び屋をやってもらう』ね……。お薬を無事回収させてしまうことになるけど……これも大人たちの計画通りなのかしら」
だとしたら……。ラズリは唇を噛んで、拳を強く握った。
「許せない」
わたしもまた、『許せない』人間の一人だ。確認する金糸雀ラズリは、しかし無力感を募らせる。
この街とどう戦い、逃げるというのか。
問題は山積みだった。目の前にいる朽葉コノコの笑顔を壊さないようにするためにはどうすればいいのか、全く答えは出ないままで、金糸雀ラズリは進む。
自分に答えを出せないでいるのは、この場にいる全員なのではあるが。それでも、人生は続くし、続けたいとも思うのだった。
〈了〉