第5話 着弾
文字数 2,176文字
一軒家には灯りがついていなかった。まだ、キアラは帰宅前なのだろうか。
「メダカ。ここは直接、近江キアラが帰宅するときに、一緒に中に入れてもらうのはいかがかしら。あなたが交渉して」
「よく言えるわね、ラズリ。あんた、この前わたしとキアラを異能力で緊縛して牢屋に入れたでしょう。キアラと遭遇したらわたしたち、爆弾の一発でもお見舞いされるわよ」
「今回はその爆弾が、問題なのでしたわね」
「爆弾を抱えている、ってのは良い表現だよ、まったくもう。おなかが満腹になるイメージがチョコレートを爆弾にするなんて」
「近江キアラ、モデル並みに痩せているでしょう」
「スタイル、いいよね」
「だから、拒食のイメージなのよ。食べたい、けど食べたら精神的に吐く。チョコレートで彼女が満腹になることはないのよ。すべてのチョコレートは爆発して、胃の中には納まらない。そういう、イメージなのですわ」
「うひー」
「〈ディスオーダー〉能力はすべてネガティヴなこころに由来するのですわ。それは、仕方がないことよ。メダカのディスオーダーがなにかはしらないけれども、あなたの能力はどうせ碌なもんじゃないのでしょう?」
「あはは……」
「まあ、いいですわ」
プラスチック容器の抹茶ラテをストローで飲むラズリと、缶コーラを飲むメダカに、一瞬、沈黙が訪れる。
ラズリはその場をもたせるために、沈黙を破る。
「来ませんわね」
「ラズリは、なんでみんなとこの街を脱出したいの」
「その話ですか」
「うん。その話の続き、聞きたいな」
「理由なんて単純ですわ。この街の〈ひと〉が、嫌いだから」
「嫌い? そーなの? そうは見えないけど。うまくやってそうだよぉ」
「うわべですわ、うまくつくろってるだけ。オトナは汚い。オトナに教育を受けたコドモも、だから汚い。汚いこの世界を、抜け出したいの」
「コノコ姉さんが、関係あるの? 自分だけ逃げれば済むんじゃない?」
「お姉さまと、涙子さんと、うちのバカ姉とわたし。それに、あなたも」
「わたしも?」
「そう。みんな、オトナに利用されている。今のこの任務だって、そうですわ。生徒会は〈研究所〉とつながっているし、〈研究所〉と〈居留館街〉の人々との関係性もある」
「居留館街……」
「空美坂の、山頂にある地区の名前ですわ。〈異形居留館街〉。フィクサーたちが住まう場所」
「フィクサー? 黒幕って意味だっけ? ふぅん、フィクサーかぁ。……ん? 帰ってきたみたいだよ、近江キアラ」
ダウンジャケットを着こんだ近江キアラが、一軒家の門の前まで来て、ポケットの中をごそごそやっている。カギを取り出すつもりのようだ。
「確保、しますわよ」
「そういう趣旨だったっけ?」
物陰から出てきて近江キアラに向かい、「ごきげんよう」と、スカートの裾をつまんでお辞儀をする金糸雀ラズリ。メダカはその横でひきつった笑みを見せる。
「許さないわ」
対して、氷のように冷たい瞳で、凍った声を出す近江キアラ。
「『許さないってなにが?』って顔してんね。許さないわよ。わたしが病棟でなにをされたか、教えてあげましょうか?」
ラズリが横にいるメダカを突き飛ばす。
「離れて! 攻撃してくるわ!」
「爆発しろッッッ!」
轟音。
吹き飛ばされたその地点に、チョコレート爆弾が着弾する。
熱風を噴き上げ、アスファルトがめくれ上がる。
吹き飛ばされたので横向きに転んでしまったメダカは、起き上がって態勢を直す。
「穏やかじゃないわねー。痛ててて……」
服の埃を払って、メダカはラズリを見る。
ラズリは攻撃をうまく避けたようだ。
怪我はしていない。
「わたしの身体には〈爆弾の種子〉が宿っているの! 〈モルモット〉なの! 新薬をいっぱい身体のなかに流し込まされたの! あなたたちのせいよ! バレンタインのチョコを渡すときに涙子さんを殺せばよかった! 邪魔したのは、あなたたちなのよ! あなたたちのせいで、計画は狂って、こんな〈種子〉を身体のなかにたっぷりとなかに流し込まされて……ッ。絶対に許さない!」
一瞬、メダカは戸惑う。悪いのは、この娘じゃなくて、被検体にした〈研究所〉で。そしたら、もしかして金糸雀ラズリが言っていたことも、その計画に正当性があって。
戸惑ったその刹那に、すでに近江キアラの攻撃が再開された。メダカは、それに気づけなかった。思考が停止してしまったのだ。
判断遅れ。
「バカ! 早く逃げなさ……」
チョコレートがメダカのおなかに着弾する。
「死ね。佐原メダカ……ッ」
爆撃は突然に。
チョコレートが爆弾になり、ゼロ距離でメダカを吹き飛ばす。
「メダカぁぁぁっ!」
爆音でラズリの声は届かない。
爆風でラズリからはメダカが見えない。
爆風で粉塵が拡散されラズリが目を瞑る。十秒後、視界がはれた、そのとき目を開けると、そこには佐原メダカは存在しなかった。
「メダカ……嘘。消し飛ばされた……の?」
「メダカ。ここは直接、近江キアラが帰宅するときに、一緒に中に入れてもらうのはいかがかしら。あなたが交渉して」
「よく言えるわね、ラズリ。あんた、この前わたしとキアラを異能力で緊縛して牢屋に入れたでしょう。キアラと遭遇したらわたしたち、爆弾の一発でもお見舞いされるわよ」
「今回はその爆弾が、問題なのでしたわね」
「爆弾を抱えている、ってのは良い表現だよ、まったくもう。おなかが満腹になるイメージがチョコレートを爆弾にするなんて」
「近江キアラ、モデル並みに痩せているでしょう」
「スタイル、いいよね」
「だから、拒食のイメージなのよ。食べたい、けど食べたら精神的に吐く。チョコレートで彼女が満腹になることはないのよ。すべてのチョコレートは爆発して、胃の中には納まらない。そういう、イメージなのですわ」
「うひー」
「〈ディスオーダー〉能力はすべてネガティヴなこころに由来するのですわ。それは、仕方がないことよ。メダカのディスオーダーがなにかはしらないけれども、あなたの能力はどうせ碌なもんじゃないのでしょう?」
「あはは……」
「まあ、いいですわ」
プラスチック容器の抹茶ラテをストローで飲むラズリと、缶コーラを飲むメダカに、一瞬、沈黙が訪れる。
ラズリはその場をもたせるために、沈黙を破る。
「来ませんわね」
「ラズリは、なんでみんなとこの街を脱出したいの」
「その話ですか」
「うん。その話の続き、聞きたいな」
「理由なんて単純ですわ。この街の〈ひと〉が、嫌いだから」
「嫌い? そーなの? そうは見えないけど。うまくやってそうだよぉ」
「うわべですわ、うまくつくろってるだけ。オトナは汚い。オトナに教育を受けたコドモも、だから汚い。汚いこの世界を、抜け出したいの」
「コノコ姉さんが、関係あるの? 自分だけ逃げれば済むんじゃない?」
「お姉さまと、涙子さんと、うちのバカ姉とわたし。それに、あなたも」
「わたしも?」
「そう。みんな、オトナに利用されている。今のこの任務だって、そうですわ。生徒会は〈研究所〉とつながっているし、〈研究所〉と〈居留館街〉の人々との関係性もある」
「居留館街……」
「空美坂の、山頂にある地区の名前ですわ。〈異形居留館街〉。フィクサーたちが住まう場所」
「フィクサー? 黒幕って意味だっけ? ふぅん、フィクサーかぁ。……ん? 帰ってきたみたいだよ、近江キアラ」
ダウンジャケットを着こんだ近江キアラが、一軒家の門の前まで来て、ポケットの中をごそごそやっている。カギを取り出すつもりのようだ。
「確保、しますわよ」
「そういう趣旨だったっけ?」
物陰から出てきて近江キアラに向かい、「ごきげんよう」と、スカートの裾をつまんでお辞儀をする金糸雀ラズリ。メダカはその横でひきつった笑みを見せる。
「許さないわ」
対して、氷のように冷たい瞳で、凍った声を出す近江キアラ。
「『許さないってなにが?』って顔してんね。許さないわよ。わたしが病棟でなにをされたか、教えてあげましょうか?」
ラズリが横にいるメダカを突き飛ばす。
「離れて! 攻撃してくるわ!」
「爆発しろッッッ!」
轟音。
吹き飛ばされたその地点に、チョコレート爆弾が着弾する。
熱風を噴き上げ、アスファルトがめくれ上がる。
吹き飛ばされたので横向きに転んでしまったメダカは、起き上がって態勢を直す。
「穏やかじゃないわねー。痛ててて……」
服の埃を払って、メダカはラズリを見る。
ラズリは攻撃をうまく避けたようだ。
怪我はしていない。
「わたしの身体には〈爆弾の種子〉が宿っているの! 〈モルモット〉なの! 新薬をいっぱい身体のなかに流し込まされたの! あなたたちのせいよ! バレンタインのチョコを渡すときに涙子さんを殺せばよかった! 邪魔したのは、あなたたちなのよ! あなたたちのせいで、計画は狂って、こんな〈種子〉を身体のなかにたっぷりとなかに流し込まされて……ッ。絶対に許さない!」
一瞬、メダカは戸惑う。悪いのは、この娘じゃなくて、被検体にした〈研究所〉で。そしたら、もしかして金糸雀ラズリが言っていたことも、その計画に正当性があって。
戸惑ったその刹那に、すでに近江キアラの攻撃が再開された。メダカは、それに気づけなかった。思考が停止してしまったのだ。
判断遅れ。
「バカ! 早く逃げなさ……」
チョコレートがメダカのおなかに着弾する。
「死ね。佐原メダカ……ッ」
爆撃は突然に。
チョコレートが爆弾になり、ゼロ距離でメダカを吹き飛ばす。
「メダカぁぁぁっ!」
爆音でラズリの声は届かない。
爆風でラズリからはメダカが見えない。
爆風で粉塵が拡散されラズリが目を瞑る。十秒後、視界がはれた、そのとき目を開けると、そこには佐原メダカは存在しなかった。
「メダカ……嘘。消し飛ばされた……の?」