第2話 久子の生い立ち

文字数 1,285文字

 そう、あたしは幸せなんだ。やさしくて子どもをかわいがる夫、やんちゃだけどママ、ママと甘えてくる愛しい我が子。あたしの育った家とは大違いなんだ。

 父親と母親は記憶にある限り、いつもケンカしているか無視。あたしはひとり放っておかれて、おかげで妄想ばかりしている変な子どもになっちゃった。
 それでも殴られたりしたわけじゃないし、最低限の食事はあったんだから文句言っちゃだめだよね、もっと悲惨な家もいっぱいあるんだし。
 とにかくあの時代はもう終わったんだし、あたしは今ある家族との幸せを、大切にするって決めたんだから。

 父40歳、母38歳のときに産まれた久子は、待ちに待った待望の子どもである。はずであった。しかしその頃には父と母の仲はすでに冷え切っており、家の中に暖かさはまるで感じられなかった。
 結婚自体は12年前であったが中々授からず、母親は義母から孫はまだかといつも責められ、かといって父親は多忙を理由に夫婦生活に積極的とは言えず。肌の触れ合いはほとんど無く、そんな中で出来た久子はほとんど奇跡に近かった。
 しかし12年の間に父親の弟夫婦に3人の子が産まれており、義母の関心もすっかりそちらに移っていた。というわけで久子は、機会を逃して産まれてきた、あまり歓迎されない子どもであった。

 多忙なエリート社員だった父親はいつも家にいないし、母親は歳のせいか精神的なものか、常に疲れているようで、冷凍食品やスーパーの総菜など、簡単な食事を用意するぐらいの最低限の家事しかせず、あとはほとんど横になっていた。
 声をかけるとヒステリックに怒鳴られるので、幼い久子にはどうすることもできず、家に居る時はテレビを見たりお絵描きをしたりして時間を過ごしていた。

 父母は久子にあまり関心がないようだったが、体裁を整えるためか、はたまたロクに子どもを可愛がっていないという罪悪感からか、いわゆる「子供部屋にありそうなもの」は一通り揃えてあった。父親は一般的な中小企業に勤めるサラリーマンだったので、裕福というほどではないにしろ、妻子を養うには十分な収入があった。
 久子には一人部屋が与えられ、ベッドに勉強机、洋服ダンスに鏡台もあった。本棚には「日本昔ばなし」「世界の民話絵本」といった本が全巻セットで並べられ、遊び相手のいない久子はそれらを適当にひっぱり出しては眺めていた。

 物語の中では自分が主人公になり替わり、きれいなドレスを着てやさしいパパとママといっしょにごちそうを食べることができる。そしてすてきな王子さまが、久子のことをきっと迎えに来てくれるのだ。
 妄想の世界に浸りきって過ごしていた久子は、誰にもじゃまされない自分だけの世界を、いつもひとりで抱きしめていた。

 きょうはどこに行きましょうか
 山の上にあるすてきなお城にしましょうか
 それともごちそうが並ぶ
 あの宮殿にしましょうか

 きょうはだれと踊りましょうか
 ドレスのすそがさらさら衣ずれ
 王子さまの腕はたくましくあたたかい
 わたしをしっかり包んでくれる
 だから離さないでね
 わたしもけっして
 あなたのこと、離さないのですから

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