第8話 男
文字数 1,189文字
なんだこの女? あたま悪そう。そりゃあたしだって良くはないけどさ、こいつよりはマシなんじゃないの。でもきれいな胸してるわ。あたしだって子ども産む前はこれぐらいきれいだった、サイズも大きかったし。広志もほめてくれたんだから。
あああ女って損だ。いいことなんてぜんぜんない。愛する男の子どもを産んで、髪ふり乱して子育てしてるうちに体のラインは崩れ、夫は若い女に走る。
なんなのよ。ふざけんじゃないわよ。だいたい男がいるからおかしくなるんだ。お父さんがちっとも帰って来ないから、お母さんがあたしに怒鳴り散らすんだ。男なんて最初からいなきゃいい。この世から消えちまえばいいんだ。消えちまえ消えちまえそうだ消さないと。
久子はソファで寝ている優斗を見に行った。優斗は起きて、ソファの上でぼんやり座っていた。
子どもながらにただならぬ気配を察したのか、広志ゆずりの大きな目をぐっと見開いて、久子を見つめている。お父さん、男、広志、男、優斗、男、(男の存在が諸悪の根源)
久子は優斗の細い首を左手でつかむと、右手で包丁を優斗の薄い胸に突き立てた。大きな目をさらに見開いて、声も出せずに血に染まっていく優斗。
……優斗? 優斗!!
驚いた久子は胸に刺さった包丁を抜こうとしたが手がすべって力が出ず、震えながら真っ赤に染まる優斗の細い小さなからだを抱き上げた。
「優斗、優斗! なんでなんでどうしよう、うん大丈夫大丈夫、お医者さん行こうね。村田先生、この前行ったでしょう覚えてる? 先生やさしいおじちゃんだったでしょう。だから大丈夫。帰りにシールくれたじゃん、トラックのシール。大丈夫大丈夫、お注射痛いけどがまんがまん。先生がちゃんと治してくれるんだから。お薬飲んでお家で寝てようね。ママといっしょにね。そうだ、優斗の好きなプリン買ってかえろう。ね。そうしよう。ママもいっしょに食べよっかな、ママもプリン大好きなんだ。うんそうしようそうしようね」
優斗の見開いた目は、もはや何も映さないガラス玉となっていた。それはあまりにも明らかで、すべてが終わったということをはっきりと表していた。
「優斗、優斗、優斗!」
久子は子どものように、大声を上げながら泣きじゃくった。堰を切ったように、身体の中にあるすべての想いが溢れ出て止まらなくなった。もうどうしようもなくて、なにがなんだかわからなくて。
優斗が産まれた時のこと、はじめて歯が生えてきたとき、つかまり立ちができたとき。ママしゅき、って言えたとき。口のまわりをぐちゃぐちゃにしながら、プリンを食べてニッコリ笑う可愛い笑顔。それらの映像がまさに走馬灯となって、久子の脳内をぐるぐるぐるぐるエンドレスで回る。
奥の寝室は静まり返っている。
いまはもう何もかもが、静寂の中。
「カンカンカンカンカン」
そして静けさをやぶるように、またしても響き渡る踏切の音。
あああ女って損だ。いいことなんてぜんぜんない。愛する男の子どもを産んで、髪ふり乱して子育てしてるうちに体のラインは崩れ、夫は若い女に走る。
なんなのよ。ふざけんじゃないわよ。だいたい男がいるからおかしくなるんだ。お父さんがちっとも帰って来ないから、お母さんがあたしに怒鳴り散らすんだ。男なんて最初からいなきゃいい。この世から消えちまえばいいんだ。消えちまえ消えちまえそうだ消さないと。
久子はソファで寝ている優斗を見に行った。優斗は起きて、ソファの上でぼんやり座っていた。
子どもながらにただならぬ気配を察したのか、広志ゆずりの大きな目をぐっと見開いて、久子を見つめている。お父さん、男、広志、男、優斗、男、(男の存在が諸悪の根源)
久子は優斗の細い首を左手でつかむと、右手で包丁を優斗の薄い胸に突き立てた。大きな目をさらに見開いて、声も出せずに血に染まっていく優斗。
……優斗? 優斗!!
驚いた久子は胸に刺さった包丁を抜こうとしたが手がすべって力が出ず、震えながら真っ赤に染まる優斗の細い小さなからだを抱き上げた。
「優斗、優斗! なんでなんでどうしよう、うん大丈夫大丈夫、お医者さん行こうね。村田先生、この前行ったでしょう覚えてる? 先生やさしいおじちゃんだったでしょう。だから大丈夫。帰りにシールくれたじゃん、トラックのシール。大丈夫大丈夫、お注射痛いけどがまんがまん。先生がちゃんと治してくれるんだから。お薬飲んでお家で寝てようね。ママといっしょにね。そうだ、優斗の好きなプリン買ってかえろう。ね。そうしよう。ママもいっしょに食べよっかな、ママもプリン大好きなんだ。うんそうしようそうしようね」
優斗の見開いた目は、もはや何も映さないガラス玉となっていた。それはあまりにも明らかで、すべてが終わったということをはっきりと表していた。
「優斗、優斗、優斗!」
久子は子どものように、大声を上げながら泣きじゃくった。堰を切ったように、身体の中にあるすべての想いが溢れ出て止まらなくなった。もうどうしようもなくて、なにがなんだかわからなくて。
優斗が産まれた時のこと、はじめて歯が生えてきたとき、つかまり立ちができたとき。ママしゅき、って言えたとき。口のまわりをぐちゃぐちゃにしながら、プリンを食べてニッコリ笑う可愛い笑顔。それらの映像がまさに走馬灯となって、久子の脳内をぐるぐるぐるぐるエンドレスで回る。
奥の寝室は静まり返っている。
いまはもう何もかもが、静寂の中。
「カンカンカンカンカン」
そして静けさをやぶるように、またしても響き渡る踏切の音。