第5話 広志

文字数 939文字

「カンカンカンカンカンカン」

 あああうるさいな、また踏切の音。このアパート安普請だから、窓締めきってもすごく聞こえるんだよね。はやくもっといい部屋に越したいなあ。優斗も大きくなってきたし。部屋数もあってもっと広いところにね。そろそろ二人目も考えたいし。パパに相談しなくちゃね、パパに。

 夫である広志(ひろし)との付き合いはけっこう長い。最初に会った時はあたしも広志も高校生だったもんね。なつかしいなあ。制服着てさあ。友達のお兄ちゃんだった。広志かっこよかったんだよね、あたしも可愛かったけどねっ。まあいろいろあったけど、結婚して子どももできてふつうの暮らし。ふつうがいちばん。

 もう二十八歳だしね、いつまでも子どもじゃないんだから。勝手な事してたら駄目だよ。なにより、優斗のパパじゃないの。いつまでもフラフラしててどうするの。みんなそろそろ家買ったりしてるんだよ、あたしたちいつまでこんな木造アパートにいるの、肩身がせまいよあたしだって。いたっなんでぶつの! 最低! ひどいひどいひどいあたしだってがんばってるのに!
 なによ女のとこ行くんでしょう、知ってるんだからあたし。見たんだからね。携帯。ちょっとやめてよ、叩かないで、優斗が泣いてるじゃんいたいっやめてやめてやめてーっ!

 広志は荒々しくドアを閉めると暗い夜の中へ出て行ってしまった。久子は優斗を強く抱きしめながら、声を上げて激しく泣いた。最近はいつもこんな感じ。なんでなんでなんで。前はこうじゃなかった。いつも優しい広志。あたしのわがままも、笑って聞いてくれたじゃん。

 広志がおかしくなってきたのは、結婚以来4回目の転職で、今のセールスの仕事に変わってからだ。

「歩合制だから、頑張れば頑張っただけ給料が増える。前みたいに工場で延々と同じ作業をしてるのと違って、やりがいがあるんだ」

 ……などと言い張り切っていたのは、最初のうちだけ。元来、口が上手いタイプでもなく従って成績も上がらず、家でもだんだんと不貞腐れたような態度を取るようになっていった。当然のことながら給料も上がるどころか下がる一方。そのうち土日も仕事だなんだと言いながら久子と優斗を置いて出かけることが増え、給料が下がるのと反比例するように久子の不満だけが増えていった。


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