第9話 ずっとここで

文字数 1,142文字

 あああうるさいうるさいうるさい頭が割れる割れる割れるやめろやめろあたしだってがんばってるんだなんでなんでなんで、あたしはふつうの幸せがほしかっただけなのに、なんでなんでだめなのなんでなの、ねえお父さん、いっしょに公園であそんでよ、お母さん、あたしの方見て笑ってよ。久子大好きだよ、かわいいねって言ってよ広志。ママだいすきって、ぎゅっとしてほっぺにチューしてよ優斗、ねえ、ねえ、ねえ!!

 久子は優斗のからだから、3人の血にまみれた包丁をゆっくりと引き抜いた。そしてすべらないように両手でしっかりと握って自分の首のつけ根にあて、ソファに横たわる優斗の亡骸の上に覆いかぶさるようにして、全体重をかけた。 ジ・エンド。

.........

「やばっネットに出てたアパート、ここじゃん」

「こわっ雰囲気ある、さすがザンサツアパート」

「やばいよね、もう完全廃墟じゃん窓とか割れてるし。ザンサツとかすっごい前しょ」

「ウィキにあるよ、夫と愛人、息子を刺し殺し自らも同じ包丁によりその場で自殺。だって、やっば」

「えーなにそれ狂ってるじゃんやばすぎ、お化けになって出るんじゃないの、一家そろってさあ、呪ってやるーって。あ、愛人て家族とちがうか」

「もう、気持ち悪いから早く行こうよ、電車来ちゃうよ」

「はいはーい、じゃ行こっか」

 あの事件からすでに二十年近くが経とうとしている。センセーショナルな事件であり、久子の生い立ちや広志の実家、優斗の幼稚園に愛人の交友関係など、ネタになりそうな話はないかとほうぼう探られ憶測が飛びかい、テレビタレント達が取ってつけたような悲痛な表情を浮かべながら、誰でも思いつきそうなコメントを並べていた。
 そんなこんなで、とにかくしばらくの間はマスコミを賑わせていたが、やはり他の重大な事件と同様に、やがて飽きられすっかり忘れられていった。

 アパートは住民が住まなくなって久しく、手入れもされぬまま長い間放置され、いたずらなのか劣化によるものなのか、窓ガラスも割れて危険な状態になっていた。近隣住民の苦情もあり、アパートはすでに近々解体される事が決まっている。

 だが久子は、部屋の隅に折り重なって転がる死体の幻影とともに、ここから外には決して出られない。

 そして今日もまた、終わりのない魔の時が、ひっそりと繰り返されるのであった。

 あなたとわたし
 終わりのないワルツを
 さあ今宵も踊りましょう
 だってわたし達の時間は、
 無限にあるのだから。
 けっして終わらない永遠の時間を
 わたし達は手に入れたのですから、やっと。

 血に染まって赤黒く光る絨毯の上で
 くるくるくるターンしながら抱き合って
 踊りましょうよ、ずっと
 ねえ、愛しいひと。
 いついつまでもずっと
 あなたのことが、大好きよ

(了)


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み