41. 三か月後に

文字数 2,126文字

「おお、そうじゃった。えー・・・。」
 テオは一つ咳払(せきばら)いをすると、旅立つ気まんまんでいる幼い少女に目を向ける。
「お嬢ちゃんにも残ってもらおうかの。」

 レッドはもちろん、ほかの仲間もみな唖然(あぜん)となる。

 ミーア本人も、言われたことの意味がぱっと呑み込めない様子。

「え・・・ええーっ!やだやだやだっ!絶対にやだっ!」

 ミーアは全身で全力の拒否。足をさかんに踏み鳴らし、駄々をこねだしてしまった。

「テオ殿、俺はミーアと離れるわけにはいかないんだ。」
 レッドもまた身を乗り出して、そう抗議(こうぎ)した。
「待てよ、レッド。」
 ギルが、そんなレッドの肩をつかんで言った。
「よく考えてもみろ。これまでのことを思うと、俺たちといるより遥かに安全だと思わないか。」

「先を急がねばならん。今、森の神がメルクローゼ公国におることは、ほぼ間違いないからの。」

 言われて見れば、そうかもしれない・・・とレッドは思い、ミーアを見つめた。ミーアも助けてくれと言わんばかりに見つめ返していたが、意外にも、レッドの方ではもう、エミリオに任せるとあっさり決心することができた。だが、これがエミリオ以外の、レッドも納得がいかないような程度の男なら、レッドこそ子供のように嫌だと言い張っているところだ。

 そんな横の騒々(そうぞう)しさを気にもせずに、このあいだ二人だけで向かい合って話をしている者がいる。

「リューイ・・・ありがとう。本当に・・・ごめんなさい。」
「あのさ、俺は約束守れてほっとしてんだから、謝るなよ。ほら、もう平気だしな。」

「あの、あのね・・・私・・・。」
 シーナはうつむいて、目じりを指でなぞった。それ以上は声にならなかった。
 その想いに気付かないまま、リューイは手を伸ばしてシーナを抱き寄せる。
「もう、何も心配いらねえから・・・。」

 シーナの方では、おかげでドキドキが止まらなくなってしまった。

 やがて、シーナは涙に濡れた瞳をゆっくりと上げていく。
 それを笑顔で待っていた彼のその目と、目が合った。

「さよなら、シーナ。」
 シーナも寂しそうにほほ笑み返した。
「さよなら・・・リューイ。」

 いつの間にか、この二人の様子をほかの者たちも黙って見守っていた。中でもシーナの恋心に自然と気付いたエミリオとギルは目を見合ったが、シャナイアもまた知っていた。なぜならこの数日間、シーナからリューイのことをやたらと質問されたからである。

「行こうか。」
 ギルが(うなが)した。

「じゃあ、三か月後にレザンの町で。」
 カイルが言った。

 レッドはミーアの(わき)をかかえ上げて、ひょいとエミリオの隣へ。無理やりだ。
「ミーア、いい子にしてるんだぞ。」
「・・・やだ。」

 ミーアはすぐに駆け戻って、レッドの足にしがみつこうとする。
 それでレッドは、ミーアが観念するまで、あと三回そんなことを繰り返した。

「三か月なんて、すぐよ。」
 シャナイアがそう言ってにっこりほほ笑みかけ、エミリオもまた、「少しの間だけ、私ではダメかな。」と、すっかり()ねてただただ無言のミーアをそっと抱き上げた。

 ミーアは首を振ったが、エミリオの首にしがみついて、まだべそをかいている。

 リューイだけが、今頃になってその様子のおかしさに気付いた。

「あれ、ミーア・・・なんで?」
「居残り組。」
 ギルが教えてやった。
「え・・あ、そう・・・。」
 理由を聞いていなかったリューイは、それをなぜかと思いながらミーアに目をやった。今にも泣き出しそうな不機嫌面(ふきげんづら)に。

 そうして一行は、グレーアム伯爵やその使用人、そしてテオとエミリオ、それから、ひどく悲しそうなミーアに手を振って背中を向けた。

「門まで私が送ろう。」
 急に思い立ったというわけでもなく、ロザリオは彼らと並んで歩きだした。立ち位置はリューイの隣。故意(こい)にだ。

「リューイ、ここへ戻ってくる気はないか。」
 いくらか思い切ったように、ロザリオは話しかけた。
「旅の最後に、また来ると思うけど。」
「いや、そういう意味ではなくて・・・この町はどうかな。」
「いい町だと思うよ。綺麗だし、食べ物も美味いし、これからはきっと平和だろうしな。」

「そうか。実はシーナのことなのだが・・・どう思う?」
「どうって・・・寂しがりやの泣き虫だな。けど、可愛いしいい子だ。」
 リューイは淡々とそう答えた。

 ロザリオは、ふっと笑った。

「一緒になる気はないか?いや、ぜひ。」
「無理だよ。」
「なぜ。」
「それって、シーナとずっと一緒に暮らしていくってことだよな。だったら、シーナは森に住めないだろ?俺はあそこしかダメなんだ。」

 ロザリオが首をひねる思いでいると、リューイは言った。 
「シーナも知ってるよ。」

 まだ少し肌寒く、霧がかかるもの寂しい朝だったが、最後にそう言ってほほ笑んだ彼の清々(すがすが)しい笑顔が、ロザリオに妹が(あわ)れだ・・・とは思わせなかった。今は悲しそうにしていたが、やがて、この青年の笑顔のような清々(すがすが)しく晴れわたる青空がやってくるように、きっとシーナも元気を取り戻すのだろう・・・心配はいらないと、そう思わせる力のある笑顔だった。 

 ロザリオも、少し残念な気持ちを込めてほほ笑み返した。

 ちょうどその時、ロザリオは庭園の門の下に立っていた。





――  END ――


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み