1. 到着、始まりの町
文字数 2,301文字
「いやー、熱い、熱い。まったく、やんなっちゃうねえ。」
「止めろ、ミーア。変な口癖 つけるな。まったく・・・誰の影響だ。」レッドはしかめた顔をリューイに向ける。「お前か?」
「怒るぞ。俺がいつあんな喋り方したよ。いるだろうが、ほら・・・。」
そう言い返して、リューイが視線を変えた先にいるのは、黒髪の少年。
「熱い、熱い。まったく、太陽なんてさんさんと降り注いじゃって、熱気がむんむん・・・」
「あれか。」
「あれだよ。」
ニルスでの悪夢もまだ生々しいままに、ようやくヴェネッサの町へと帰り着いた一行。夏の盛りで、立ち込める熱気にあえぎながら、今は曲がりくねった細い道を進んでいる。森を抜けて行く近道だ。
町の門をくぐると、カイルのあとについて、彼らはイデュオンの森の方へ向かった。まずは、その祖父 ―― 彼らの出会いを予言した ―― に、最初の目的を果たしたことを報告するため。それは、神々の中心を見つけ出して、その気にさせることだった。とりあえず、カイルは伝えるべきことを懸命に述べ、分かってもらうことはできた。それに、ほかの仲間も見つけて説得できた。いちおうは。
その一人、レドリー・カーフェイは、いつも通りに見せかけながらも、実は、先ほどから滅入 り始めた自分に嫌気 がさしていた。
まただ・・・。どうしても思い浮かべて、悩まされてしまう。こんな曖昧 に見える態度は良くない。だが結局、はっきりさせられないまま帰ってきてしまった。そして、また始まる。今度はもっと長い旅になるだろう。決めなければならない・・・この先のことを。
レッドは、周りにいる仲間たちを順ぐりに見た。正直、離れられそうにない・・・という思いが強かった。ならば、いい加減に気持ちの整理をつけないといけないことがある。その時、どんな態度をとればいいのか・・・。
「やあねえ、こんなにケガ人ばっかり連れて歩いてたら、なんか喧嘩してきたみたいじゃない。」
ギル、レッド、リューイの三人を眺め回したあとで、シャナイアが言った。
この声によって、レッドはいったん引き戻された。
ニルスでの一件のせいで、レッドもリューイも、そしてエミリオまで、痛めた部位に手当てのあとをまだ残している。特にギルは、顔に大きな切り傷と、重傷を負った肩を縛っている包帯が、着衣の胸元からのぞいていてとりわけ目立っていた。
「あ、なんだその言い草は。俺たちは町を一つ救ったんだぞ。」
「まったくだ。」
すぐさま言い返したリューイに続いて、ギルが大きくうなずいた。
「ギル、二枚目が台無しだな。」と、レッド。
「残るかな・・・。」
ギルは肩をすくめてみせる。
「いいじゃない渋 くて。私は好きよ、そっちの顔も。」
「どうも。」
するとレッドがフッとふきだして、シャナイアの方を向いた。にやにや笑いを浮かべて。
「それにしてもおかしかったな、お前の本気泣き。」
シャナイアはカチンときて、横目にレッドをにらみつける。何のことを言われているかは、たちどころに分かった。
ニルスで、事をやりおおせた仲間たちが帰還した時のこと。それまでは、シャナイアもまた別の恐怖を体験していた。何よりも不安で死ぬほど怖かった。守らなければならない立場で、力が及ばない状況に必死で耐 えた。そんな時に、助けて欲しかった者たちの身も心配だった。そして、その全員が生きて帰ってきてくれた。
だからあの時、安堵 と喜びのあまり駆け出していたのである。そして気づいたら、自分よりも背の高い誰かの腕の中にいた。優しく髪をなでてもらいながら、「ただいま。無事でよかった。」とささやく声が聞こえた。どれもさりげなくて、上手かった。それで受け止めてくれたのが誰か分かった。子供のように声を上げて泣いてしまったのは、そのせいだ。
「お前って、ああやって泣くんだ。」
「そうそう、俺の胸にしがみついて ―― 。」
「泣かないわよ ! もっとしとやかに泣けるわよ ! あなた達、あれを知らないから笑えるのよ! 動く死体よ !斬 ったら斬ったで、バラバラになっても動くのよ、信じられる⁉」
ギルがレッドと一緒になってからかいだすと、シャナイアは本気でムキになった。
「はいはい。」
こっちは、ケダモノに虫のお化けに妖怪と、立て続けに相手していた。信じられるか?と言ったやりたいところだが、彼女のことも想像がついたし、体を張ってミーアを守ってくれたことには、レッドは実際、こうしているあいだも言葉では言い及ばない恩を感じていた。
シャナイアは、そこで、ふと気付いた。無遠慮 な笑顔で、まじまじと見つめてくるギルの視線に。まるでミーアに向けるような眼差しに、シャナイアは胸がドキドキするのが分かった、が、目をそらしはしなかった。
「な、なによ。」
「やっぱりいいな、君のそういうところ。」
「はっ⁉」
ギルは、ますます彼女の瞳をのぞきこむ。
「いや、可愛いな・・・と、思ってさ。ほんとは、俺の胸で泣いてた君も。」
そんなことを、ギルは少年のような無邪気な表情と声で言った。
「俺は好きだよ、そっちの顔も。」
敵 わない・・・。負けじと見つめ返していたシャナイアも顔を赤くして、プイと横を向いた。
一行は、ひび割れて倒れているブナの木を右手に見ながら、そこを通り過ぎようとしていた。
「雷かな・・・。」
リューイがそう呟 いたところで、レッドが急に思いついて足をはずませた。
「悪い、ちょっと寄りたいところができた。あとから行くから。」
レッドはそう言い残すと、誰かにその訳を聞かれる前に、さっさと走って行ってしまった。カイルが呼び止める間もなく。
「僕の家、知らないんじゃあ・・・。」
「止めろ、ミーア。変な
「怒るぞ。俺がいつあんな喋り方したよ。いるだろうが、ほら・・・。」
そう言い返して、リューイが視線を変えた先にいるのは、黒髪の少年。
「熱い、熱い。まったく、太陽なんてさんさんと降り注いじゃって、熱気がむんむん・・・」
「あれか。」
「あれだよ。」
ニルスでの悪夢もまだ生々しいままに、ようやくヴェネッサの町へと帰り着いた一行。夏の盛りで、立ち込める熱気にあえぎながら、今は曲がりくねった細い道を進んでいる。森を抜けて行く近道だ。
町の門をくぐると、カイルのあとについて、彼らはイデュオンの森の方へ向かった。まずは、その祖父 ―― 彼らの出会いを予言した ―― に、最初の目的を果たしたことを報告するため。それは、神々の中心を見つけ出して、その気にさせることだった。とりあえず、カイルは伝えるべきことを懸命に述べ、分かってもらうことはできた。それに、ほかの仲間も見つけて説得できた。いちおうは。
その一人、レドリー・カーフェイは、いつも通りに見せかけながらも、実は、先ほどから
まただ・・・。どうしても思い浮かべて、悩まされてしまう。こんな
レッドは、周りにいる仲間たちを順ぐりに見た。正直、離れられそうにない・・・という思いが強かった。ならば、いい加減に気持ちの整理をつけないといけないことがある。その時、どんな態度をとればいいのか・・・。
「やあねえ、こんなにケガ人ばっかり連れて歩いてたら、なんか喧嘩してきたみたいじゃない。」
ギル、レッド、リューイの三人を眺め回したあとで、シャナイアが言った。
この声によって、レッドはいったん引き戻された。
ニルスでの一件のせいで、レッドもリューイも、そしてエミリオまで、痛めた部位に手当てのあとをまだ残している。特にギルは、顔に大きな切り傷と、重傷を負った肩を縛っている包帯が、着衣の胸元からのぞいていてとりわけ目立っていた。
「あ、なんだその言い草は。俺たちは町を一つ救ったんだぞ。」
「まったくだ。」
すぐさま言い返したリューイに続いて、ギルが大きくうなずいた。
「ギル、二枚目が台無しだな。」と、レッド。
「残るかな・・・。」
ギルは肩をすくめてみせる。
「いいじゃない
「どうも。」
するとレッドがフッとふきだして、シャナイアの方を向いた。にやにや笑いを浮かべて。
「それにしてもおかしかったな、お前の本気泣き。」
シャナイアはカチンときて、横目にレッドをにらみつける。何のことを言われているかは、たちどころに分かった。
ニルスで、事をやりおおせた仲間たちが帰還した時のこと。それまでは、シャナイアもまた別の恐怖を体験していた。何よりも不安で死ぬほど怖かった。守らなければならない立場で、力が及ばない状況に必死で
だからあの時、
「お前って、ああやって泣くんだ。」
「そうそう、俺の胸にしがみついて ―― 。」
「泣かないわよ ! もっとしとやかに泣けるわよ ! あなた達、あれを知らないから笑えるのよ! 動く死体よ !
ギルがレッドと一緒になってからかいだすと、シャナイアは本気でムキになった。
「はいはい。」
こっちは、ケダモノに虫のお化けに妖怪と、立て続けに相手していた。信じられるか?と言ったやりたいところだが、彼女のことも想像がついたし、体を張ってミーアを守ってくれたことには、レッドは実際、こうしているあいだも言葉では言い及ばない恩を感じていた。
シャナイアは、そこで、ふと気付いた。
「な、なによ。」
「やっぱりいいな、君のそういうところ。」
「はっ⁉」
ギルは、ますます彼女の瞳をのぞきこむ。
「いや、可愛いな・・・と、思ってさ。ほんとは、俺の胸で泣いてた君も。」
そんなことを、ギルは少年のような無邪気な表情と声で言った。
「俺は好きだよ、そっちの顔も。」
一行は、ひび割れて倒れているブナの木を右手に見ながら、そこを通り過ぎようとしていた。
「雷かな・・・。」
リューイがそう
「悪い、ちょっと寄りたいところができた。あとから行くから。」
レッドはそう言い残すと、誰かにその訳を聞かれる前に、さっさと走って行ってしまった。カイルが呼び止める間もなく。
「僕の家、知らないんじゃあ・・・。」
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