19. 死闘
文字数 2,233文字
赤い眼のケダモノに押し倒されたロザリオは、瞬く間に抵抗力を失ってしまった。二人の護衛も、ほかを相手にしていて余裕などなかった。
だが、ロザリオは生きていた。息をしていた。それで、ロザリオがぐったりしたまま目を開けてみると、転がったランプの明かりが映しだす地面の黒い人影が、剣を握り締めて武神さながらに戦っているのが見えた。
ロザリオは、ゆっくりと目線を上げていった。二人の護衛のうちの、どちらでもない。
そこにいるのは、長身の端整な若者だった。
そのあと、ほっそりとした黒い動物が、力強い跳躍 で頭の上を越えていった。
続いて、もう一つ人影が加わった。がっちりした体格の中年男性で、こちらも見事な剣の使い手だ。
私は運がいい・・・。意識が遠のいてゆくのを感じつつ、ロザリオは胸中でつぶやいた。
死闘が繰り広げられた。
脇 の下で獣が一頭死んでゆき、息つく間もなく、ギルは次を相手にした。だが次というのは、一度に三頭だ。軽く斬りつけただけではそれらは恐れもせず、矢継 ぎ早に突進してくる。剣を動かすことはできても、振り回して確実にしとめるのは難しかった。ギルはめまぐるしく身をかわし、獣の猛攻を、だんびらを盾 にして三度まで押し返した。ここで次が向かってきたなら、恐らくやられていたろう。
だが、次を食い止めたのは違う男だった。
どこからともなく、いきなり現れた助っ人に礼を述べる間もなく、ギルはまたその次を相手にしなければならなかった。
獣は怯 むことなく、立て続けに襲い来る。
それにもかかわらず、ギルの面上には余裕の色が浮かんだ。ずいぶん楽になったと。そうして自分のペースを取り戻すと、ギルはいっきに片をつけにかかった。
おぞましい獣の悲鳴がこだまし、地面がねっとりと黒く濡れ、間もなく静寂が訪 れた。
周囲をうかがいながら、シャナイアがミーアの手を引いて灯 りの方へ行った時には、全てが終わっていた。
その灯りの中には、何か複数の獣の死体と、人の姿があった。地面に倒れている若者、腿 を押さえて呻 いている男、疲れきった顔で呆然としている男。そして、息をきらせて呼吸が荒くなっているギルと、その隣で、同様に肩で息をしている戦い慣 れていそうな戦士。キースもいる。
「いい腕だ。」
その戦士は両膝 を押さえてうつむいたまま、ギルを横目に見て言った。
「あんたこそ。ありがとう、おかげで助かった。」
「歩き疲れた体にはこたえるよ。俺はカイザーだ。」
そう言って手を差し伸べながら、カイザーはまだ息苦しそうな表情で顔を上げた。すると疲れを忘れるほど驚いて、目を丸くした。今、隣にいる彼の顔をよくよく見たとたんに。
「あんた・・・。」
「似てるだろう。」と、ギルは先に言い、差し出されたままのその手を取った。「よく言われるんだ。俺は見たこともないがな。俺はギル。」
「ギルか。皮肉な名だな。かの王子はギルベルトって名だったと思うが。」
「ああ、ただのギルだ。格の違いが名前で分かるな。」
ギルは苦笑してみせた。
「腕はきっと匹敵するぜ。」
「どうも。」
それからギルは、死んだように横たわっている青年の傍 らに腰を下ろした。見た目には無事のようだがと、彼の肩に軽く手をかけてみる。
幸い、青年は意識を取り戻して目を開けた。
「こんな時間に出歩くのはよした方がいいな、お互いに。こんなのが出るからね。」
ギルはそう声をかけ、切り裂かれた体から黒い液体を垂れ流して地面に転がっている物体を指さした。
ロザリオはむくりと起き上がった。ギルが思ったとおり、奇跡的にも五体満足である。
「危ないところを助けていただき、かたじけない。この御礼は、のちほど改めて、必ず。」
そうして、命の恩人たちに頭を下げたロザリオは、それから護衛の一人のそばに膝 をついた。腿 を負傷した男の方だ。
「マルク、大丈夫か。」
「ロザリオ様、力不足で申し訳ございません・・・。」
男は辛 そうな声を押し出して答えた。
「シャナイア、見てやってくれ。」
ギルに言われるまでもなく、シャナイアは素早く行動していた。ランタンを向けてその男の傷口をのぞき込むと、焼き切られたように抉 れた傷から、生々しい血が光っている。
シャナイアは口に手を当てて眉根 を寄せた。
「これはひどいわ。カイルに診てもらった方が。」
「と、いうわけだ。どこへ向かっていたかは知らないが、今からでも診 てもらえる医者を知っている。その足では歩くのも辛いだろう。すぐ近くだから、まずはご一緒願いたい。」
ギルはそれから、カイザーに向き直った。
「あんたもいてくれると心強いが。」
カイザーは喜んでうなずいた。
「それなら好都合だ。あいにく、灯 りを切らしてしまってね。借りられるとありがたいが。」
「そのまま町へ行こうとしているなら、今夜はもう、よした方がいい。恐らく、これらはまだいる。泊めてもらえるはずだから、宿はそこで借りるといい。ただし、勝手に歩き回らないよう注意されるがな。」
「そこのお方。」と、ロザリオが口をはさんだ。「ありがとう。だが、医者なら私にも近くにあてがあるので心配ご無用。」
そしてロザリオは、もう一人の護衛に向かって言った。
「マルクをテオ殿のところへ。テオ殿はミナルシア神殿におられる。そして、私の意を伝えてくれ。」
「ロザリオ様、何を・・・。」
「私は先を急ぐ。早くカーフェイ殿に会わねば。」
「なりません、ロザリオ様。」
この会話を聞いていたギルとシャナイアは、目を見合った。
だが、ロザリオは生きていた。息をしていた。それで、ロザリオがぐったりしたまま目を開けてみると、転がったランプの明かりが映しだす地面の黒い人影が、剣を握り締めて武神さながらに戦っているのが見えた。
ロザリオは、ゆっくりと目線を上げていった。二人の護衛のうちの、どちらでもない。
そこにいるのは、長身の端整な若者だった。
そのあと、ほっそりとした黒い動物が、力強い
続いて、もう一つ人影が加わった。がっちりした体格の中年男性で、こちらも見事な剣の使い手だ。
私は運がいい・・・。意識が遠のいてゆくのを感じつつ、ロザリオは胸中でつぶやいた。
死闘が繰り広げられた。
だが、次を食い止めたのは違う男だった。
どこからともなく、いきなり現れた助っ人に礼を述べる間もなく、ギルはまたその次を相手にしなければならなかった。
獣は
それにもかかわらず、ギルの面上には余裕の色が浮かんだ。ずいぶん楽になったと。そうして自分のペースを取り戻すと、ギルはいっきに片をつけにかかった。
おぞましい獣の悲鳴がこだまし、地面がねっとりと黒く濡れ、間もなく静寂が
周囲をうかがいながら、シャナイアがミーアの手を引いて
その灯りの中には、何か複数の獣の死体と、人の姿があった。地面に倒れている若者、
「いい腕だ。」
その戦士は両
「あんたこそ。ありがとう、おかげで助かった。」
「歩き疲れた体にはこたえるよ。俺はカイザーだ。」
そう言って手を差し伸べながら、カイザーはまだ息苦しそうな表情で顔を上げた。すると疲れを忘れるほど驚いて、目を丸くした。今、隣にいる彼の顔をよくよく見たとたんに。
「あんた・・・。」
「似てるだろう。」と、ギルは先に言い、差し出されたままのその手を取った。「よく言われるんだ。俺は見たこともないがな。俺はギル。」
「ギルか。皮肉な名だな。かの王子はギルベルトって名だったと思うが。」
「ああ、ただのギルだ。格の違いが名前で分かるな。」
ギルは苦笑してみせた。
「腕はきっと匹敵するぜ。」
「どうも。」
それからギルは、死んだように横たわっている青年の
幸い、青年は意識を取り戻して目を開けた。
「こんな時間に出歩くのはよした方がいいな、お互いに。こんなのが出るからね。」
ギルはそう声をかけ、切り裂かれた体から黒い液体を垂れ流して地面に転がっている物体を指さした。
ロザリオはむくりと起き上がった。ギルが思ったとおり、奇跡的にも五体満足である。
「危ないところを助けていただき、かたじけない。この御礼は、のちほど改めて、必ず。」
そうして、命の恩人たちに頭を下げたロザリオは、それから護衛の一人のそばに
「マルク、大丈夫か。」
「ロザリオ様、力不足で申し訳ございません・・・。」
男は
「シャナイア、見てやってくれ。」
ギルに言われるまでもなく、シャナイアは素早く行動していた。ランタンを向けてその男の傷口をのぞき込むと、焼き切られたように
シャナイアは口に手を当てて
「これはひどいわ。カイルに診てもらった方が。」
「と、いうわけだ。どこへ向かっていたかは知らないが、今からでも
ギルはそれから、カイザーに向き直った。
「あんたもいてくれると心強いが。」
カイザーは喜んでうなずいた。
「それなら好都合だ。あいにく、
「そのまま町へ行こうとしているなら、今夜はもう、よした方がいい。恐らく、これらはまだいる。泊めてもらえるはずだから、宿はそこで借りるといい。ただし、勝手に歩き回らないよう注意されるがな。」
「そこのお方。」と、ロザリオが口をはさんだ。「ありがとう。だが、医者なら私にも近くにあてがあるので心配ご無用。」
そしてロザリオは、もう一人の護衛に向かって言った。
「マルクをテオ殿のところへ。テオ殿はミナルシア神殿におられる。そして、私の意を伝えてくれ。」
「ロザリオ様、何を・・・。」
「私は先を急ぐ。早くカーフェイ殿に会わねば。」
「なりません、ロザリオ様。」
この会話を聞いていたギルとシャナイアは、目を見合った。
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