30. 呪いの源へ

文字数 1,760文字

 その妖術師の邸宅は、明かりは点いていたが異様にひっそりとしていた。恐らく、使用人たちも、この異常事態に巻き込まれて逃げ出して行ったのだろうと思われた。

 さすがにジャックは、ほかの者に比べるとはや息があがりかけている。
「おい、レッド。昼間も言ったが、俺は長くはもたないぞ。昔の感覚はすっかり忘れちまった。」
「実戦で取り戻せたろう?さっきまで、さすがに見事だったぜ。復帰したらどうだ。」
生憎(あいにく)だが、そのさっきから足がもつれかかってるんだよ。」

 ジャックは現役の頃、見事な大剣の使い手だった。自他共に認める凄腕(すごうで)で、今ジャックが手にしているのも、その頃に愛用していた剣を(きた)え直したものだが、それを思いのまま豪快に振り回す姿は、レッドに、同じ戦場で共に戦った日のことを(しの)ばせた。

 彼らは開け放たれた門扉(もんぴ)をくぐり、館の玄関扉の前に立った。

「怪物どもに、みんなの居所(いどころ)をかぎつけられる前に片付けなきゃあならん。」

 ギルがそう言った直後に騒々(そうぞう)しい足音や殺気立った気配がドドドッとやってきて、大きな両開きの扉がバタンと開いた!
 中から黒い生き物がドッと流れ出してきたのである。赤い目をらんらんと光らせ、恐ろしい(うな)り声をしきりに上げる魔物の群れが。

「こんな敵、二度とご免だからな。」
 スエヴィは抜かりなく身構えながら、レッドに文句を言った。
「そう言うな。何かあったら、よしみでまたよろしく頼むよ。」
「俺を捜さないでくれ。」
 二人は戦いながら、少しだけ軽口(かるくち)を叩き合った。

 魔物は真紅の目玉をギラつかせ、力強い跳躍でまさに(いのしし)のように猛進してくる。姿形まで巨大な猪のようだが、そのずんぐりとした見かけによらず、あっという間に死角へ回り込む動きは驚くほど素早い。

 しかし慣れてきた今は、一人にならなければ、その動きに対応するのは難しいことではなくなった。急所を突くことも思うほど難儀(なんぎ)でもない。特にレッドやギルは、経験しているだけに瞬時に見極(みきわ)めることができた。

 ジャックが大きく下がった。下がりながら大剣を振り回した。魔物が一体(はじ)き飛ばされ、すかさず別の一体が横から飛びかかってきた。近くにいたレッドが俊敏(しゅんびん)に反応し、その脇腹を力いっぱい突いた。激しい動きの中でも、手元が狂うことがない。

 弾き飛ばされた方は体勢を整えるのに時間をとり、スエヴィが素早く駆け寄ってとどめを刺した。時間をかけずに。

 もう一人の大剣使い、ギルは、手当たり次第に魔物を叩きつけている。大剣を鈍器(どんき)として使うことにほとんど(てっ)した。次々と(にぶ)らせることが目的だ。そうして、レッドやスエヴィが仕留めやすくするチャンスを作った。

 自然と息の合った連携攻撃が上手くいき、しばらくして数が減ってきたと目で見て分かるようになると、ギルは冷静に状況を把握した。現場にいながら、すぐに次が出てこない。リサの時(※)とは違い、襲撃に引きがある。呪いの性質や、それによる魔物の数や行動パターンは様々なようだ。
 いくらか迷ったが猶予(ゆうよ)はなく、ギルは意を決した。この(すき)にいけるか・・・。

「カイル、俺たち二人で、呪いとやらを解きに行くぞ。」
「ギル・・・。」
 レッドが止めようとしたのが分かったが、ギルは、「時間がない。いざとなれば、こいつ(カイル)を頼る。お前たちは容疑者の確保を。」

 ギルはカイルを連れて屋敷へ突入した。

 ほかの者たちは、力を振るい起して激闘を続けている。戦力が減っても気力が湧くのは、共に戦う者の実力と、残っている魔物の数を考えれば、あとどれくらいで終えられるかの見当がついたからだ。

 そして数分後、予想通りにひとまずこの場を片付けることはできた。

 レッドは疲れきった様子のジャックを見て、彼には休憩が必要だと判断した。それで、スエヴィに言った。
「二人はここにいてくれ。」
「了解。」
 スエヴィは、以前と同じ調子で従順に答えた。こういう場では、隊長としてのレッドの姿をありありと彷彿(ほうふつ)させられる。

「俺は容疑者を捕まえに行く。カイザー、付き合ってくれるか。」
「無論、引き受けた仕事だ。」

 レッドとカイザーが離れると、ジャックは腰を下ろした。だが気を抜くことはなく、傭兵(ようへい)だった頃の記憶のままに、剣を地面についてすぐさま立ち上がれる姿勢をとった。





※ 『第5章 シオンの森の少女』 ― 「闇の中の死闘」



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