第2話 泣けるラブストーリーを知らない

文字数 1,788文字

 日曜日に二人で出かけることになった。二人で玄関に向かうと、リビングから慌てて莉里の両親が出て来て「え?」と言った顔でお互いを見合わす。
「だって、だれも律を連れて出てあげないでしょ?」と莉里は二人に言った。
 いたたまれなくなって、下を向く。
「でも…」と莉里の母親が何か言おうとした時「じゃあ、家族で出かける?」と堂々と二人に訊いたのだった。
「いや、それは…」と莉里の父親が言う。
「ちゃんと、夕方には戻ってくるから」とドアを開けて、俺の手を引いた。
 莉里の長い髪が揺れて、光をすっと落とす。ドアを閉めてから、莉里が深くため息を吐く。
「大丈夫?」と言ってから、にっこり笑って「ごめんね」と莉里が言う。
「ううん。なんか…いいのかなって」
「え? 私がりっちゃんと行きたかったんだから。行こう」と手を繋いだまま歩こうとする。
「莉里ちゃん。あの…」と手を外して欲しいというフリをすると慌てたように「ごめんね」と手を離した。 
 本当は手を繋いでいたかった。柔らかいぬくもりを感じていたかった。
 でも学校で転校してきたせいか、つまらないいじめをされていた。サッカーボールをわざとぶつけて来たり、上靴を隠されたりした。
 莉里と手を繋いでるところを見られたら、なんて言われるか分からない。
(でも…言われてもいいか)と思った。
 それより手を繋いでいる方がはるかにいい気がした。すでに離された手をまた握ることができなくて、少し残念に思う。
「りっちゃん、私、見たい映画があるの」と莉里は笑う。
「いいよ。何でも」
 莉里は本当に素直で綺麗だった。初めて、女の子を綺麗だと思った。

 莉里が見たいという映画は悲しいラブストーリーで最後に恋人が死んでしまうという、泣かない人は冷たい人だというようなストーリで、莉里はきっちり泣いていた。
 これは当分、席を立つのは難しいだろうか、と思って、エンドロールを眺める。恋人が死ぬのが分かっていて、二人きりで海で結婚式を挙げる。映像は綺麗だったな、と思ったが、作り話と分っているし、自分と剥離しているストーリーに泣けることはなかった。
 いつかそんな風に泣けるような恋をすることがあるのだろうか、と不思議な気持ちになる。
「りっちゃん…ごめん」と鳴き声で言われる。
「うん。よく…分からなくて。恋愛とか…まだ」
「うん。そうだよね」と言いながら、ハンカチでずっと目を押さえている。
「莉里ちゃん」
「なに?」とついには顔をハンカチで覆う。
「あんまり泣いたらさ…綺麗な顔が台無しだよ」
 きっと目が腫れるだろうし、ハンカチで擦った皮膚は赤くなるだろうと思って言うと、ハンカチが落ちる。思ったよりひどい顔じゃなくて、目は赤いけれど、驚いた顔をしている。落ちたハンカチを拾いあげると「ありがとう」と言いつつも、ハンカチを受け取らない。
「どうかした?」
「それ、さっきの映画の台詞。覚えてたの?」
 偶然の一致か、見ていたから無意識で記憶されていたのかもしれないけど、何だかそう言っては申し訳ないような気がして
「うん。そう。いいシーンだったから」と適当に言う。
 すると莉里は笑顔になった。
「そうそう。素敵なシーンだった」
 そのシーンがどんなシーンだったか覚えてないけど、頷いておいた。
 映画を見た後、アイスを食べて、ちょっとクレーンゲームをする。二人ともへたくそで、何一つ取れなかった。
「うーん。取れそうな気がしたんだけどなぁ」と莉里が言う。
「欲しかったの?」
「うん。りっちゃんが良く眠れるようにって」
「え? もう大丈夫だよ」と頬を膨らませると、その頬を人差し指の腹で優しくタップされる。
「眠れなかったらいつでも呼んでね?」
「本当に大丈夫だって」
 そう言ってくれたことがすごく嬉しくて、でもだから拗ねたような言い方になってしまった。
「えー。淋しい。私が淋しいの」
 莉里はそう言って、口を尖らせた。二つ上なのに、何だか可愛いと思ってしまった。
「ありがとう」と言うと、急に抱きしめられた。
「りっちゃん、本当にかわいい」
 柔らかいものが顔に当たる。
「家に来てくれてありがとう」
 そんな言葉聞く余裕がなくなる。
「莉里ちゃん」と言って体を押した。
「りっちゃん? 嫌だった」
 莉里は天然だった。素直で優しくて、そして鈍感で可愛い。
 恋が何なのか分からない。
 でも一緒にいたいって思った。誰よりも、一緒にいたい。
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