第2話 負けるものか!

文字数 2,219文字

「起立! 礼! 着席!」

 日直の芹澤(せりざわ)織姫(おりひめ)が授業、いや戦争開始の挨拶をした。ここから四十五分間、僕と先生の、一時間目の授業戦争が始まる!

「さて今日は、走れメロスの続き。みんな、予習はしてきたよね?」

 もちろんだ。予習は情報戦。予め内容を把握していれば、対処はしやすい。
 先生が教卓に置かれたチョークを手にする。それは当たり前だ。でも、それは果たして本物のチョークかな? 実は白いクレヨンだったりして…。

 しかし先生の取った行動は…。何と自前でチョーク入れを準備していた。

「く!」

 もう既に二回、先手を取られた! 朝のうちに考えて仕掛けていた作戦は、ことごとく失敗に終わる。

「おっと今、喋ったのは誰だい? 記録しておかなければね」

 宮城(みやぎ)正忠(まさただ)が手を挙げた。そして先生の許可が出て、初めて発言が許可される。

「劉葉君です!」

 正忠は先生に協力的だ。僕は彼を心地良くは思わない。だって彼はまるでスパイのような働きをする。対戦相手に利益をもたらす行為。いわば売国奴だ。

「劉葉くん? わかってるよね? 一点減点」

 くそ! 早速被弾した…!


 僕は自分で言うのもアレなんだけど、頭は良くも悪くもない。学業成績を見れば、通信簿には悪いことしか書かれない。でも、この戦争における僕の考える作戦には絶対の自信がある。だから良い方向――つまり作戦を考える上では、いかに先生を出し抜くかは、五万と考えられる。もっとも朝一では失敗こそしたが、作戦は他にもある。
 板書される一文字一文字に目を配る。先生の誤字を探すのだ。この授業体制では先生側にも絶対主義が求められている。つまりそれが揺らげば、それだけでも十分戦況は有利になる。
 しかし相手はベテランの火野先生。そう簡単に漢字を間違える人ではない。

 こういう時、僕はすぐに他の作戦を遂行する。まず手を挙げた。

「何だい、劉葉くん?」
「昨日の続きは…そのページからではありません! 少なくとも二ページは進んでましたよ」

 揚げ足を取る。恥をかかせることも作戦の一つだ。


 この時間の戦争の作戦。それは古風だ。ベテランの火野先生からすれば、古風な作戦は相性が悪い。それは百も承知だ。あえて古風で挑む。先生の尖った鼻を折ってやる!

「これは、昨日の復習だよ、劉葉くん」

 先生は黒板に四文字熟語を書いた。

「さてこれは、何て読むかな?」

 指名された僕は、答える。

「じゃちぼうぎゃく、です!」

 この戦争では、復習も怠らない。先生はどんな攻撃をしてくるかはわからない。だから復習も怠らない。

「うむ。正解…」

 よし! 今度は先生に弾が命中した! これで五分五分。戦況は振り出しに戻った。


 授業は進む。今音読をしているのは、剣持(けんもち)鈴茄(すずな)。鈴茄は一字一字、慎重に読む。彼女もこのクラスの戦友の内の一人。事情は詳しく説明はしてないけど、彼女は僕と戦ってくれると約束してくれた。

「ちょっとストップ。鈴茄くん、今なんて発音した?」
「ばくりゅう、ですけど…」

 先生が黒板に濁流と書く。

「これはね、だくりゅうと読むんだ」
「なら先に、読み仮名がふってない漢字は正しい読み方を言ってください!」
「なんだねその態度は?」

 勇敢に立ち向かってはくれる。でも彼女も、被弾してしまった…。

「すみませんでした…」

 一度間違えるともうチャンスは与えられない。それもこの授業制度の特徴だ。完璧じゃない生徒は、次々と切り捨てられていく…。

 授業に戻る。

「で、メロスなんだけども…」

 先生はそれ以上言わなかった。無駄話をしていると学校にバレたら、叱られるからだ。先生がそんなのでは、生徒に示しがつかない。
 しかし僕としては、是非とも続けて欲しかった。授業外での攻撃、いわば非武装地帯への爆撃になるが、先生にダメージを与えるチャンスが欲しかった。

「太宰治について、彼が他に手がけた作品で、何か思いつかないかね?」

 クラスのみんなが手を挙げる。僕も挙げる。答えを知っているからではない。挙手しなければ理解していないとみなされる。それはつまり、完璧じゃないってことだ。
 指名された生徒が、次々に解答していく。

「人間失格です」
「斜陽…」
「津軽」

 みんな正解だ。そして有名なものが出そろってくると、みんな手を下げる。
 でも僕は下げなかった。

「他にもあるかね、劉葉くん?」

 先生は笑いながら僕を指名した。

「ロマネスク、春の盗賊、きりぎりす等があります!」
「…そんなあまり有名じゃないの言ってもね…」

 確かに僕が今言った作品は、ウィキペディアに項目すらない。マイナーと割り切っても仕方ない。太宰さんには怒られるけども。

「メジャーじゃないから不正解というのは、作者に対して失礼です!」

 反論は減点の元。でも言い包められるわけにはいかない。どんな些細なことでも、僕は正義を貫く。小さな戦争でも、僕は勝つ!

「………劉葉くんが正しい」

 先生が折れた。良し! また弾を当ててやったぞ。

「でも今のはテストには出さないから、覚えなくていいよ」

 逃げ道をいきなり作ってきた。戦略的撤退か、認めよう。深追いはリスクがある。
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