第6話 初戦は様子見さ!

文字数 1,890文字

 先週の火野先生の失敗は、校長先生は大きく取り上げなかったが、他の先生の間では大問題であった。先生の絶対性が揺らぐ。それは致命的だ。最悪の場合、生徒は先生のことを完全に舐めてかかるだろう。

「すまん。私としたことが…」

 火野先生は同僚に頭を下げた。

「オーホッホッホ。これだから古風なベテランは駄目なのよ」

 水谷(みずたに)先生。数学の担当で、かなりサディスティックな人だ。まだ二十代だが、完全に火野先生を見下している。

「なら私が、次の授業で完全に劉葉ちゃんを黙らせて差し上げましょう。彼がどんな悲鳴を上げるか、楽しみだわ!」


 二時間目が始まるまでまだ時間がある。僕は氷威、鈴茄、祈裡と作戦会議をしていた。

「校長にバレた以上は、同じ作戦は通用しない。ならば他の戦術を取らなければ!」
「でも何か、思いつくか?」
「全然ね」
「水谷先生のスカートめくるとかは?」

 祈裡が提案したが、それはすぐに却下。

「それはできない! 倫理を越えては、たとえ勝っても後世に非難されるだけだ!」

 しかし他にアイディアが思い浮かばないのも事実。一体どうすれば…。
 ガラガラと教室のドアが開いた。

「はいみんな。席について!」

 水谷先生がもうやって来た。

「先生、まだ授業には早いですが…」

 氷威が言い終わる前に、先生は鞭を取り出し、思いっきり振った。机に当たってビシッと音がする。

「ひえ!」

 これに怯えた氷威はすぐに席に着いた。

「ウフフフフ。先生が来たら、授業開始。当たり前でしょう?」

 先生は笑顔だが、鞭を構えている。ここは逆らわない方が良さそうだ。

「窓側の人。窓をちゃんと閉めてね」

 窓は閉め切られた。恐らくハチを警戒しているのだろう。でも今回は違う。
 僕が狙っているのは、生徒の完璧性の崩壊だ。国語の授業で、先生の絶対性を崩すことができるとわかった。ならば完璧絶対授業が掲げる、もう片方を。

「起立! 礼! 着席!」

 今日も戦いが始まる!


 先生はハイスピードで黒板に公式を書く。そして黒板が埋まるや否や、片っ端から板書を消す。

「先生!」

 織姫が手を挙げた。

「なあに織姫ちゃん?」
「い、今の公式、まだ写せてなかったんですけど…」

 先生は鞭を打った。

「っわ!」

 そして織姫の元へ歩く。コツコツとハイヒールの音がする。

「よいしょっと」

 織姫の机に腰かけた。

「織姫ちゃん? ちゃんと教科書開いてるじゃない? ノート取れなかった? なら教科書みればいいだけ。授業を一々止めないでく・れ・る?」

 また鞭を打った。

「は、はい…」

 先生はそう言うと、黒板の前に戻った。
 僕は織姫の行動を、心の中で称賛した。生徒は誰もが完璧じゃない。それを織姫は証明してみせたのだ。

 さて問題は、どうやってそれを知らしめるか。


 先生が毎回恒例のプリントを配った。難しい問題だ。

 これはチャンス! こんな問題、解けるのはクラスの一握りだけだ。大勢が間違えれば、完璧じゃないってことが嫌でもわかる。

「はいじゃあ十分」

 時間も短い。ならその一握りでも、解き終わるかどうか怪し…。

 待て。二時間目が終わるのは二十五分先の話だ。

 おかしい。何かがおかしい。プリントの回収なら、一分もいらないはずだ。なのにどうして、十五分余る…? こんなことをしたら僕が何か企むまでもなく、生徒の完璧性は崩れることになる…。


 先生が鞭を打った。もう十分経ったらしい。
 一番後ろの席の生徒がプリントを前に回そうとすると、先生がそれを止めた。

「じゃあみんな。答え合わせするよー」

 こ、答え合わせ? 先生は一問目の答えを、途中式から書き始めた。

「そう来たか!」

 心の中で叫んだ。

 先生は初めから生徒に全部解かせる気が無かった。授業中に答え合わせをして、そして回収し、採点する。シンプルな戦術だが、学校側には生徒が全員正解したと報告できる。してやられた!
 先生は答えを書いていく。黒板が埋まったが、今度は生徒の手が止まるまで消そうとしない。ご丁寧に、

「みんな書き終わった?」

 そう聞いてくる。そして全員が頷いてから、板書を消し始めた。
 答え合わせが終わると、ちょうど二時間目が終わる時間になった。先生はプリントを回収し、ささっと教室から出ていった。

「くそ! 先制攻撃を受けた!」

 僕は机をバンと叩いた。悔しさだけが心に残る。

 今日は、負けた。
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